#70.19「倒しても、終わらない」
「やった! 開いたよ、キョーくん!!」
チャピが振り返った。
嬉しそうな顔だった。
「…………」
「キョーくん?」
胸の奥がざわつく。
まただ、理由は分からない。
でも、この先に行きたくない。
何かが起きる……そんな気がする。
後ろにいたノアを見た。
ノアは世界樹の入り口を見ている。何かがそこにいるみたいに。
「……ノア」
「はい?」
「…………」
いつもの笑顔、なのに……その顔を見た瞬間、右手に嫌な感触が残った。
なんだ?俺、この手で何か――。
「キョウマ様?」
「いや……ノア。この中に何かいるか?」
「中……ですか?」
ノアがまた世界樹の開いた穴を見る。
しばらく黙ったまま、目を細めた。
「……何となく……いるような気がします」
「何がいるんだ?」
「そこまでは分かりません。」
ノアが困ったように笑う。
でも、いる。
なぜか分からないが、俺もそう思った。
「……行こう」
「キョーくん、大丈夫?」
「ああ」
ルミナスを握り直す。
「ただし、ノアは俺たちから離れて付いてこい」
「……はい?」
ノアが首を傾げた。
「離れるんですか?」
「ああ」
「なぜでしょう?」
「分からん」
「…………」
「そんな顔するな。本当に分からないんだよ」
自分でも意味が分からない。
何かいる、それにノアを近づけちゃいけない。
でも――。
「俺が呼んだら、すぐ来てくれ」
「…………」
ノアが俺を見る。
「……承知しました。我が君」
ノアがいつもの薄ら笑いを浮かべる。
……なぜだろう。
その笑顔を見て、少しだけ胸が軽くなった。
俺たちは世界樹の内部へ入った。
壁も天井も床も、全部が木。
ところどころに淡い緑色の光が浮かんでいる。
チャピを先頭に進む。
俺とレナ。少し離れてノア。
しばらく進んだ。
「…………」
「キョーくん?」
「待ってくれ」
右に横道がある。よく見ないと見落としそうな、小さな道。
「どうしたの?」
「…………」
見たことがある。
いや。
初めて来たはずだ……なのに。
「右だ」
「え?」
「右に行こう」
チャピが首を傾げる。
「でもその道……精霊王様に続いてないと思うよ?」
「…………」
確かにそうだ。あの道の先に精霊王がいるとは思えない。
じゃあ、なんで。
右に行かなきゃいけないと思った?
「悪い。ちょっとだけ付き合ってくれ」
「う、うん」
右へ進む。また分かれ道。
今度は迷わなかった。
左。その次は右。
「……道、知ってるの?」
「知らん」
「じゃあどこに進んでるの?」
「俺が聞きたい」
進むたびに胸が苦しくなる。
嫌な汗が出る。
――こっちだ。
―――絶対にこっちに何かある。
そして――。
「止まれ」
小さく手を上げた。
……声が聞こえる。
「……もう少しですねぇ」
女の声だ。
その声を聞いた瞬間。
全身に鳥肌が立った。
知ってる。
俺は、この声を知っている。
そっと奥を覗くと女がいた。
黒いドレス。
その周囲を、黒い何かが漂っている。
黒い汚れ。
床から染み出した黒い汚れが、女の周囲へ集まっていた。
女が手を動かす。
それに合わせて、黒が動いた。
「……あの汚れ」
チャピの顔色が変わる。
「魔族……?」
分からない。
でも、あいつだ。
「ノア」
後ろへ向けて、小さく手を出す。
「そこにいろ」
「…………」
「俺が合図するまで絶対に出てくるな」
ノアは女を見たまま何も聞かなかった。
ただ、小さく頷いた。
ルミナスを握る。
「チャピ、レナ」
「うん」
「分かった」
三人で奥へ出る。
女がこちらを見た。
「……あら?」
笑った。
「これはこれは。お客様かしら?」
「お前、何してる」
「何、と言われましても」
女が黒い汚れを指先に絡ませる。
「少し、お掃除を」
「それは俺の仕事だ」
「…………」
女の笑顔が止まった。
「それに」
ルミナスを構える。
「お前のは掃除じゃねえ」
床を蹴った。
黒が一斉に襲ってくる。
ルミナスを振る。
白い光が弾ける。
その光に触れた黒が消える……だが。
「多すぎるだろ!!」
消しても、消しても次が来る。
「ふふっ面白い。穢れを消せるのね」
「余裕かましてる場合か!」
もう一度振る。
白い光が女へ向かう。
だが黒が壁になった。
光と黒がぶつかる。
「くっ……!」
届かない。
チャピの風が黒を吹き飛ばす。
そこへレナが飛び込んだ。
女が後ろへ跳ぶ。
「鬱陶しいですね」
声が変わったとたん黒が膨れ上がる。
まずい!
「レナ!下がれ!!」
「っ!」
間に合わない!
黒がレナへ伸び、触れそうな距離まで近づく。
その瞬間チャピが風を叩き込んだ。
黒の軌道が僅かに逸れる。
「レナ、大丈夫か!」
「大丈夫よ!」
女はほとんど動いていない。
こっちは三人なのに押されてる。
「ほら」
女が指を動かすと、四方から黒が伸びる。
「うわっ!?」
身体を捻る。
頬を黒が掠めた。
「っ!!」
力が抜ける……いや、痛い。
「キョウマ!!」
「俺はいい!前を見ろ!!」
女が掻き消える。
「――後ろ!」
レナの声に振り返ると、チャピの目の前に女がいた。
「え――」
黒がチャピを包もうとしている。
その光景を見た瞬間。
頭の中が真っ白になった。
嫌だ!それは……駄目だぁ!!
「ノアァァァァ!!」
ノアの名を叫んだとたん女の動きが止まった。
「デレクティア!」
ノアが飛び出した。
初めて、女の顔から笑顔が消えた。
「ノクターリア!?」
ノアの蹴りが女の腹に突き刺さった。
「がっ――!?」
女が吹き飛び、壁へ叩きつけられた。
「きさま……!」
声が変わった。
さっきまでの余裕が消えている。
「ノクターリア……!きさま、何を――!」
女が黒を放つが、ノアはそれを避ける。
速い。
目で追うのがやっとだ。
外れた黒が壁を抉る。
ノアの蹴りが女の腕に入る。
女の黒がノアの肩を掠める。
互いに一歩も引かない。
俺たちが入ったら邪魔になる。
でも、絶対に隙ができる。
ルミナスを握る。
女が黒を集め、巨大な塊が出来る。
「死ね!!ノクターリア!!」
黒い塊が放たれると、ノアが横へ跳ぶ。
女の視線が完全にノアを追った。
今だ。走る。
女は気づいていない。
あと五メートル。
三メートル。
「――っ!?」
女が振り返った。
遅い!
「ルミナス!!」
振り抜くと、白い光が女を包んだ。
「ぎゃああああああああああああああっ!!」
女の身体から黒が消える。
周囲から、一気に。
「な……んで……」
女が俺を見る。
「なんで……人間が……」
「知らん」
もう一度、ルミナスを握る。
「俺は掃除してるだけだ」
振り抜いた。
光の中、女の姿が白に呑まれる。
そして――。
粒になって消えた。
「…………」
静かになった。
黒い汚れも消えている。
「……終わった?」
チャピが呟いた。
「多分」
レナが剣を下ろす。
ノアも動かない。
俺は大きく息を吐いた。
「……やった」
勝った……今度こそ。
何故かそんな気がした。
その時だった。
ゴポッ。
「…………」
何か聞こえた。
「何?」
チャピが周囲を見る。
ゴポッ。
音がすると壁から黒い染みが溢れ出す。
床からも、天井にも。
黒い染みが浮かぶ。
「嘘……」
ゴポッ。ゴポッ。ゴポッ。
四方から黒い汚れが溢れてくる。
黒を操っていた奴は消した。
なのに止まらない。
「キョウマ様!」
ノアが叫ぶ。
黒が床を覆い始める。
「くそっ!!」
ルミナスを振り、黒を消す。
また溢れる。
消す。溢れる。
「なんでだよ!!」
違う、何かが違う。
あいつを倒せば終わると思った。
黒を操っていた。
だから、あいつが原因だと思った。
でも違った。
「……どこだ」
床を見る。壁を見る。天井を見る。
全部から出てる。
違う、こんなところを見てても駄目だ。
どこから来てる?どこなんだ。
「どこだ……!」
黒を消す。また出る。だったら。
「原因を……!」
汚れてる場所を掃除するんじゃない。
汚れ続けるなら。
必ず、どこかに原因がある。
「どこだ!!」
黒が足元まで迫る。
「原因は……どこだ!!」
その瞬間、四方から黒い汚れが一気に噴き出す。
「――っ!」
逃げる間もなく、俺たち全員を呑み込んだ。




