#70.18「次は、ちゃんと信じるから」
「やった!開いたよ、キョーくん!!」
チャピが振り返った。
嬉しそうな顔だった。
「…………」
胸が苦しい。
まただ……!?また??
「キョーくん?」
分からない……何も分からない。
なのに……悲しい……。
頬を伝って涙が落ちる。
なんだよ、これ。
「キョーくん!?」
チャピが駆け寄ってくる。
「どうしたの!?」
「……分からん」
「キョウマ?」
レナも俺の顔を覗き込む。
「どこか痛いの?」
「違う……」
違う。痛いんじゃない。
怖い、苦しい……もう嫌だ。
何が嫌なのかも分からないのに。
「……クソッ」
涙を拭う。
止まらない。
なんなんだよ、何が起きてるんだよ。
このままじゃダメだ。
それだけは分かる。
この先に行けば何かが起きる。
チャピが、ノアが、レナが、みんなが――。
「……どうすりゃいいんだよ」
分からない。何をすればいい。
何を間違えてる。どこを直せばいい。
何も分からない!!
「キョウマ様……」
顔を上げるとノアがいた。
「…………」
ノアが俺を見て微笑んでいる。
その顔を見た瞬間、胸の奥から、別の感情が噴き出した。
なんだ?なんでだ?
なんでこいつを見ると――腹が立つ。
「……ノア」
「なんでしょうか?」
「お前……何か知ってるだろ」
ノアが微笑むのを止めた。
それを見た瞬間……頭の中で何かが切れた。
「やっぱりそうじゃねえか!!」
「キョーくん!?」
立ち上がり、ノアの胸ぐらを掴む。
「キョウマ様……」
「なんで黙ってんだよ!!」
「…………」
「言えよ!!」
ノアは答えない。
まただ、また――。
「また黙るのかよ!!」
「キョーくん!」
チャピが俺の腕を掴む。
「待って!落ち着いて!」
「離せ!!」
振り払う。
自分でも分からない。
なんでこんなに腹が立つ。
なんでこんなにこいつが憎い。
でも、こいつは知ってる。
絶対に知ってる。
「お前、俺たちに何か隠してるんだろ!!」
「…………」
「言え!!」
「……申し訳ありません」
「謝ってほしい訳じゃないんだよ!!」
口から言葉が出てくる。
考えるより先に。
その言葉は言ってはいけないと分かっているのに……。
「なあノア……お前……俺のこと裏切ってんじゃないのか?」
ノアの目がわずかに揺れた。
「そもそもお前、魔族を裏切ってんだよな!!」
ノアの顔が変わった……初めて見る……悲しそうな顔。
なんだよ……その顔は……止めてくれよ。
「それで俺たちのところにいる!」
「キョウマ様、私は――」
「なんで!何も言わねえんだよ!!」
「……そのようなことは、決してありません」
「嘘だ!!」
声が響いた。
「…………」
「嘘なんだろ!?」
ノアの胸ぐらを掴む手に力が入る。
「ほんとは敵とつながってんじゃないのか!?」
「そのようなことは!」
「だったら言えよ!!」
「それは……」
「ほら!!」
やっぱりだ。
言わない、何も言わない。
俺たちは死ぬ。みんな死ぬ。
こいつは何か知ってる。
なのに言わない。
また死ぬ。また。また。また――。
「お前のせいなのか……?」
「キョウマ様……」
「お前が俺たちを殺してんのか?」
「違います!」
気づいた時には。
俺の手は、ノアの首を掴んでいた。
「言え!!」
力を込める。
「キョーくん!!」
「言えよ!ノア!!」
ノアの細い首に指が食い込む。
「キョウマ!!やめて!!」
レナが俺の腕を掴んだ。
「離せ!!」
「何してるの!!」
「こいつが知ってるんだよ!!」
「キョーくん!!」
「こいつが全部知ってんだ!!」
チャピまで俺の腕にしがみつく。
「言えよ!!言ってくれよ!!何を知ってるんだよ!!」
「…………」
ノアは抵抗しない。
俺の手を振りほどこうともしない。
苦しそうに俺を見ている。
「……申し訳……ありません……」
「謝るな!!」
さらに力を込めようとした。
「キョーくん!!」
「キョウマ!!」
チャピとレナに引き剥がされた。
そのまま地面に倒れる。
「離せ!!ノア!!言え!!」
「もうやめて!!」
「こいつが知ってんだよ!!このままじゃ……!」
声が出なくなった。
涙がまた溢れてきた。
「このままじゃ……また……」
また?また、なんだよ。
「……みんな死ぬんだよ……」
俺はその場に崩れた。
「もう嫌なんだよ……」
静かになった。
誰も何も言わない。
しばらくして――ノアの声がした。
「……キョウマ様」
顔を上げる。
ノアは赤くなった首を押さえている。
それでも、悲しそうな表情はくずれてなかった。
「私には……話すことのできない事柄があります」
「…………」
「話したくないのではありません……話すことを、許されていないのです」
「……なんだよ、それ」
「《沈黙の誓約》」
ノアが静かに答えた。
「それが、私に課せられた誓約です」
「……誓約?」
「はい。《沈黙の誓約》。私はある事柄について、話しすることを禁じられております」
「……本当なのか?」
「はい」
「…………」
ノアを見る。
いつものノアだ。
だけど……信じられない。
いや、信じたい。
でも――。
「それすら……嘘なんじゃないのか?」
「…………」
チャピが息を呑んだ。
「キョーくん……」
分かってる、酷いことを言ってる。
さっきこいつの首を絞めた。
それでもまだ疑ってる。
「だって証拠がねえじゃねえか……」
「…………」
「誓約があるから言えませんって言われて……それで俺にどうしろってんだよ!」
ノアは何も言わない。
「信じてくれって?」
「…………」
「無理だよ……」
声が震える。
「俺だって信じたいよ!」
ノアの顔を見る。
「でも怖いんだよ!!」
また涙が出てくる。
「何も分かんねえんだよ!なのにみんな死ぬんだよ!!」
なんで死ぬのか、誰が殺してるのか、何を間違えてるのか……何も分からない。
「だから……」
ノアを見る。
「証明してくれよ……」
最低だ。自分でも分かってる……それでも。
「お前が俺たちの味方だって……証明してくれよ……」
「…………」
ノアが俺を見つめる。
そして。
「承知いたしました」
「……え?」
「証明いたします」
「どうやって――」
「私は」
ノアが口を開いた。
「五大魔族の一人――《戯演侯》ノクターリア」
「五大……魔族」
「はい」
ノアが世界樹の奥へ目を向けた。
「そして……世界樹の中から嫌な感じがします」
「何か分かるのか?」
「いいえ。ですが……何かがいるような気がします」
「…………そいつが……この世界樹に何かしてるのか?」
「それは……分かりません」
ノアが世界樹の奥を見る。
「ですが……気になることがあります」
「なんだ?」
「我ら五大魔族に与えられた役目は……各大陸で穢れを集めることです」
「穢れ……?なんだそれは?」
「それは――」
ノアの顔が苦しそうに歪んだ。
「ノア?」
「穢れとは……」
ノアが喉を押さえる。
「――――っ」
声が出ない。
ノアはそれでも口を開こうとしている。
「…………っ!」
次の瞬間、ノアの体に、赤い線が走った。
その細い線が次々と開いていき、血が噴きだす。
「なっ――!?」
服が一気に赤く染まる。
顔からも、腕からも、足からも。
全身から血が流れ落ちている。
「やめろ!!もういい!!」
ノアが膝から崩れた。
慌てて抱き止める。
「ノア!!」
「…………」
ノアが何かを言おうとする。
だが、声は出ない。
「喋るな!!もう分かったから!!」
「…………」
それでもノアは俺を見る。
そして。
血まみれの顔で、少しだけ笑った。
「…………」
「……嘘だろ」
俺の腕の中が赤くなっていく。
さっきまで、俺はこいつを疑ってた。
首まで絞めた……それなのに。
俺が証明しろと言ったから。
こいつは――。
「……俺がやらせたのか?」
ノアがゆっくりと首を横に振った。
「違わねえよ……」
声が震えた。
「俺が……証明しろって言ったんだろ……」
ノアがまた首を横に振る。
「……ごめん」
「…………」
「ごめんな……ノア……」
その時、地面が揺れた。
「な、何!?」
チャピが辺りを見回す。
世界樹の奥、そこから黒いものが溢れ出していた。
「……っ!」
身体が勝手に震えた。
まただ。
「……また」
「キョーくん?」
また?なんで俺は――。
「キョウマ!後ろ!」
レナの声に振り返る。
後ろからも来ている、黒が。
こっちへ向かってくる。
「ルミナス!!」
光が走る。黒が消える。
だが、その向こうから、また黒が溢れ出した。
「クソッ!!」
「キョーくん!逃げよう!」
「ああ!」
立ち上がる。
ノアは――。
「…………っ」
立てない。
地面に手をついて、立ち上がろうとしている。
でも腕から力が抜け、そのまま倒れる。
「ノア!」
「…………」
「クソッ!」
ノアに背を向けてしゃがむ。
「乗れ!」
「…………」
「早く!!」
ノアの腕を掴んで背負った。
軽い。
いつもなら何とも思わないはずなのに。
今は、その軽さが怖い。
「行くぞ!!」
チャピとレナが先を走る。
黒が後ろから追ってくる。
「ハァ……ハァ……」
ノアの腕が俺の首に回っている。
力が弱い。
「しっかり掴まってろ!」
「…………」
返事はない。
「ノア!」
「…………」
分かってる、声が出ないんだ。
「クソッ……!」
「キョーくん! 急いで!!」
「分かってる!!」
足が重い、息が苦しい。
でも。
絶対に離さない。
背中でノアが動いた。
「……?」
俺の肩を叩いている。
「なんだ!?」
「…………」
また叩く。
「どうした!?」
ノアが身体を動かした。
俺の背中から降りようとしている。
「おい! 何してんだ!」
「…………!」
ノアが俺の肩を押す。
「やめろ!」
また押す、そして。
ノアが後ろを指さした。
黒……次に俺を指し、前を指す。
「……お前」
分かった……分かってしまった。
「俺に……お前を置いて逃げろって言ってんのか?」
ノアが頷いた。
「ふざけんな!!」
ノアの身体を背負い直す。
「できるわけねえだろ!!」
「…………!」
また俺の肩を叩く。
「うるせえ!!さっき俺が何したか忘れたのかよ!!お前の首絞めたんだぞ!!」
息が切れる。
「お前が俺たちを殺してんじゃないかって言ったんだぞ!!」
足がもつれる、それでも走る。
「裏切ってるって!!嘘ついてるって!!」
「…………」
「それでお前……!」
声が震えた。
「なんで俺を助けようとしてんだよ!!」
返事はない。
ノアの腕に力が入った。
俺の身体を強く抱く。
「……クソッ」
涙で前が見えない。
「ほんと……何なんだよ、お前……」
黒が迫ってくる。
速い……このままじゃ。
「キョーくん!!」
チャピが振り返った。
「先行け!!」
「でも!」
「いいから行け!!」
「キョーくん!!」
黒が俺の横を抜けた。
前へ回り込む。
「……っ」
止まった。前にも黒。後ろにも黒。
左右からも迫って来る。
「…………」
終わった……逃げられない。
「……ノア」
ゆっくりと背中から降ろす。
ノアを地面に座らせる。
「…………」
ノアが俺の服を掴んだ。そして前を指す。
「まだ言ってんのかよ」
「…………!」
「無理だよ」
ノアが首を横に振る。
「無理だって」
俺はノアの隣に座った。
「…………」
ノアの目から涙が落ちた。
「泣くなよ」
「…………」
「お前が泣くな……」
また涙が出てくる。
ノアが俺の腕を掴む。
前へ行け、逃げろ、何度もそう身振り手振りで伝えてくる。
「嫌だ」
首を横に振る。
「…………!」
「絶対に嫌だ」
ノアを見る。
全身、血だらけだ。
俺のせいで。
「お前だけ置いて、逃げられるかよ」
ノアの目が大きく開いた。
「置いて逃げるくらいなら、一緒に死んでやる」
「…………」
「俺、お前に酷いことしたからな」
ノアが首を横に振る。
「したんだよ」
首を見る……まだ残っている……俺が絞めた跡。
その跡をやさしく撫でる。
ノアの唇が動いた。
「…………」
聞こえない。
何を言っているのか分からない。
ノアの目から、涙がぽろぽろとこぼれた。
黒に呑まれていく世界の中で、光を映したそれは……とても綺麗だった。
「ごめんな」
ノアを抱き寄せる。
「…………」
ノアの身体が震えた。
それから、ゆっくり、ゆっくりと。
ノアの腕が俺の背中に回った。
黒が近づいてくる。
「ノア」
「…………」
「次は……ちゃんと信じるから……お前のことも守るから……」
ノアの腕に力が入った。
「約束する。……お前も、俺たちの仲間だから」
黒が俺たちを包んだ。




