#70.11「恐怖する心、信頼する心」
「やった!開いたよ、キョーくん!!」
チャピが振り返った。
嬉しそうな顔だった。
「じゃあ行こ!」
「…………」
足が動かない。
「キョーくん?」
なんだよ、これ。
道を見るだけで胸が苦しい……足が震える。
行きたくない!絶対に、この先へ行きたくない。
「……待ってくれ」
「え?」
「俺……行けない」
チャピの顔から笑顔が消えた。
「キョーくん?」
「悪い。ちょっと……待ってくれ」
俺はその場に座り込んだ。
「キョウマ?」
レナが近づいてくる。
「大丈夫?」
「ああ……いや、大丈夫じゃないかもしれん」
自分でも何を言ってるのか分からない。
チャピが俺の前にしゃがんだ。
「キョーくん」
「…………」
「何が怖いの?」
顔を上げる。
「怖いんでしょ?」
「…………」
チャピが俺を見ている。
「話して」
「いや……」
「お願い」
「…………」
何を話せっていうんだ。
俺にだって分からない……でも。
「……この中に入りたくない」
「うん」
「理由は分からん。ただ……怖い」
「うん」
「それだけじゃない」
「…………」
チャピを見る。
金色の髪、長い耳、緑色の目……胸が痛い。
「みんなが……チャピが……」
声が震える……。
「……死ぬ気がする」
チャピの目が大きく開いた。
「…………」
何言ってんだ、俺。
「悪い。忘れてくれ」
「どうして?」
「どうしてって……」
「キョーくんがそう思うんでしょ?」
「思うっていうか……」
「じゃあ、何かあるんだよ」
「…………」
今度は俺がチャピを見る。
「信じるのか?」
「うん」
即答だった。
「なんでだよ」
「キョーくんがまじめに答えてるから」
「理由になってねえよ」
「なってるよ」
チャピが笑った。
「それに、ホントに怖いなら原因を探せばいいんじゃない?」
「……原因?」
「うん」
チャピが立ち上がる。
「キョーくん、いつも言ってるじゃん」
「何を?」
「汚れるなら、どこかに原因があるって」
「…………」
ああ……言ってる。
汚れだけ取っても意味がない。
また汚れるなら、どこかに原因がある。
水漏れなら漏れている場所を探す。
異臭なら発生源を探す。
「……そうだな」
俺は立ち上がった。
まだ怖い、足も震えてる。
それでも。
「原因を探すか」
「うん!」
俺たちは世界樹の中へ入った。
精霊王のところへは向かわない。
まずは点検だ。
「チャピ。この辺の魔力って、どこから来てる?」
「世界樹全体だよ」
「全体?」
「根から吸い上げた魔力が幹を通って、枝とか葉っぱとか、全部に流れてるの」
「配管みたいなもんか」
「はいかん?」
「気にするな」
壁に手を当てる。
木だ……いや。
世界樹なんだから当たり前なんだが。
「流れを確認できる場所は?」
「魔力の?」
「ああ」
「うーん……」
チャピが考え込む。
「精霊王様なら分かると思うけど」
「それじゃ遅いかもしれん」
「そっか……」
俺たちは道を進んだ。
途中で枝分かれしている場所を見つけるたびに止まる。
「こっちは?」
「たぶん古い根につながってるんじゃないかな」
「古い根?」
「もう使われてないところだと思う」
「使われてない?」
「うん。シルフィードにある巨木もずっと同じ根を使ってるわけじゃないから」
俺は足を止めた。
「……使わなくなった根はどうするんだ?」
「え?」
「そのままか?」
「たぶん切り離されると思うけど……」
切り離す。
使わなくなったもの。
「そこ、見られるか?」
「えっと……」
チャピが周囲を見る。
「多分……こっちだと思う」
チャピについていく。
細い道を進む。
さっきまであった淡い緑色の光が少なくなっていく。
「暗いな」
「この辺、もうほとんど使われてないみたいね」
「……怪しいな」
「そうなの?」
「使ってない場所ってのはな、異常があっても気づくのが遅れるんだよ」
「なるほど……」
さらに奥へ進む。
その時だった。
足が止まった。
「……キョーくん?」
「待て」
何かいる。
道の先に黒いものが見えた。
「……あれ」
チャピが息を呑む。
黒い汚れ……!!
木の根を這うように広がっている。
「やっぱり……」
あった……あれだ!あれが恐怖の元凶だ。
俺の頭がおかしくなったわけじゃない。
あれが原因で……チャピが……みんなが……死ぬ。
「キョウマ!」
レナが剣を抜く。
「分かってる」
ルミナスを構える。
その時、黒い汚れの向こうから声がした。
「……何者です?」
女がいた。
黒い汚れの中に立っている。
「…………」
誰だ?……知らない女だ。
知らない……はずなのに。
背中が冷たくなる。
「お前……」
女が俺を見る。
「お前が……やったのか?」
「何のことでしょう?」
「とぼけんな」
ルミナスを握る。
「この黒い汚れだよ」
女の目が細くなる。
「……なぜ、そう思うのです?」
「知らん」
「…………」
「でも、お前が関係してる」
そう思う。
いや……分かる。
「みんなこいつを倒すぞ!」
「……私を?」
女が小さく笑った。
「面白い人間ですね」
「キョウマ、気をつけて!」
「ああ!」
レナを見た女の目が細くなる。
「ああ……生き延びたのか」
誰に言うでもなくそうつぶやく。
レナが横へ回る。
チャピを後ろへ下がらせると、そのまま女の逃げ道を塞いだ。
こいつを倒せば、黒い汚れを――。
「キョウマ様」
ノアの声がした。
女の表情が変わった。
「…………」
視線が俺から外れる。
俺の後ろ、ノアを見ている。
「……きさま……」
さっきまで笑っていた女の顔から余裕が消えた。
「《戯演侯》ノクターリア……?」
「…………」
ノアも笑っていない。
「なぜきさまがここにいる!!」
「……《戯演侯》?」
なんだ?何の話だ?
「ノア?」
ノアが俺の前へ出る。
「《遺棄侯》デレクティア」
まただ、知らない名前。
なのに聞いた瞬間、胸がざわついた。
「きさま……まさか……」
デレクティアが一歩下がる。
逃げる、とっさにそう思った。
でも、こいつを逃がしちゃいけない。
「レナ!」
「分かってる!」
レナが走る。
俺もルミナスを握って駆け出した。
「チッ……」
デレクティアの足元から黒い汚れが噴き上がった。
「待て!!」
黄金色の光を放つ。
黒い汚れが消える。
だが、そこにはもう誰もいなかった。
「クソッ!!」
逃げられた。
「ノア!知ってる奴なのか!?」
「…………」
「ノア!」
ノアは答えない。
ただ、デレクティアが消えた場所を見ていた。
いつもの薄ら笑いはない。
その時、足元から黒い汚れが噴き上がった。
「っ!」
さっきより多い。
「……なんで止まらない?」
あいつを倒さないと止まらないのか!?
「追うぞ!」
「どこへ?」
レナの言葉に止まる。
「どこって……」
分からない……デレクティアがどこへ消えたのか。
「チャピ!他に怪しい場所は!?」
「分からない!こんなの見たことないもん!」
「クソッ!」
ゴボッ。
「…………」
足元を見ると黒い汚れが溢れてくる。
「キョーくん……」
壁も、天井からも。
「まずい!」
ルミナスを振るう。
黄金色の光が汚れを消す。
「こっちも!」
チャピの声。
「分かってる!」
もう一度。消える。また出る。
「クソッ!」
「キョウマ!後ろ!」
「っ!」
振り返ってルミナスを振るう。
消える、また出る。
多すぎる。
「ノア!あいつがやったんだろ!?」
「…………」
「だったら、どこだ!やつはどこへ行った!!言え!!」
「キョウマ様……」
ノアは俺を見ると、苦しそうな顔をしている。
「申し訳ありません……」
「だから何が――!」
ゴボッ!!
黒い汚れが一気に噴き上がった。
「キョーくん!!」
「チャピ!」
黒い汚れが辺りを黒に染め上げる。
何も見えない。
「チャピ!!」
返事がない。
「レナ!!」
聞こえない。
「ノア!!」
何も、何も分からない。
原因を見つけられない。
黒が俺の身体を包む。
最後まで。
俺は、何も――。




