#68「眠い朝と、風走車」
朝。
目が覚めて最初に思ったことは……眠い……ひたすら眠い。
「……最悪だ」
結局、昨日はあれから大変だった。
ノアを引き剥がそうとするチャピ。
俺から離れようとしないノア。
扉の向こうから聞こえてくる国王の怒鳴り声。
最後は王妃まで来た。
どうして寝るだけであんな騒ぎになるんだ。
俺はベッドから起き上がる。
顔を洗って、用意されていた服ではなく、いつもの作業着に着替える。
やっぱりこれが一番落ち着く。
コン、コン。
扉が鳴った。
「はいよ」
扉を開けるとそこにはチャピが立っていた。
「お、おはよう。キョーくん」
「おう。おはよう」
「……」
「……?」
なんだ?妙に目を合わせないな。
「どうした?」
「別に」
「そうか」
「……」
また黙った。昨日から変だな。
「具合悪いのか?」
「違う!」
「じゃあなんだよ」
「何でもないって言ってるでしょ!」
怒られた。
朝から。
理不尽だ。
チャピは俺の横を通り過ぎると、部屋の中をちらりと見る。
「ノアは?」
「いないぞ」
「……そう」
なぜか安心したような顔をした。
「昨日、何か言いかけてなかったか?」
「えっ!?」
チャピの肩が跳ねた。
「ほら。ノアが入ってくる前」
「……」
「キョーくんのことって」
「忘れて!!」
「なんでだよ」
「いいから忘れて!!」
「無理だろ」
言われたら気になる。
「なんて言おうとしてたんだ?」
「……知らない」
「お前が言おうとしてたんだろ」
「知らないったら知らない!」
チャピが先に廊下へ歩いていく。
なんなんだ。
「変なやつだな」
「聞こえてるからね!!」
俺もルミナスを持って、その後を追った。
――王城の正面。
すでにレナとノアが待っていた。
「おはようございます、キョウマ様!」
ノアが満面の笑みで俺を見る。
「誰かさんのせいで寝不足だけどな」
「まあ!それは大変ですね!いったい誰がそのような酷いことを……」
「お前だよ!」
「ふふ、でもキョウマ様のお顔を見られましたので」
「俺は眠れなかったけどな」
「では今夜は静かにいたします」
「来る前提で話すな」
反省する気ゼロだな。
レナが俺を見て、ため息をついた。
「朝から元気ね」
「俺は眠い」
「でしょうね」
なぜ知ってる。
その時。
城の扉が開いくと、国王が出てきた。
後ろには王妃、さらに兄妹もいる。
「キョウマ」
「なんだ?」
国王が俺を見る。
……ものすごく見てくる。
「……昨夜」
嫌な予感がした。
「チャルディアノクスが、きさまの部屋にいたそうだな」
「いたな」
「なぜだぁぁぁ!!」
朝からうるさいおっさんだな。
「話があるから行っただけよ!」
チャピが叫ぶ。
「夜中に男の部屋へか!?」
「夜中じゃない!」
「同じようなものだ!」
「違う!」
「キョウマァァ!!」
「いや、俺に言うなよ!」
俺は呼んでない。
むしろ追い返そうとしたくらいだ。
「お父様」
妹がにこにこしている。
「姉様もりっぱなレディなのですから、そのくらい――」
「アウレシアーナ!!」
チャピが真っ赤になる。
この妹絶対楽しんでる。
「あなた」
王妃が呼ぶ。
国王が止まる。
便利だな、その一言。
「今日は大事な旅立ちでしょう?」
「……分かっておる」
国王が咳払いした。
「風走車をここへ!」
兵士が動く。
城門の向こうから、大きな車が姿を現した。
「……馬は?」
思わず言った。
馬車みたいな形をしている。
だが、馬がいない。
代わりに車体の前方に、大きな青い魔石が取り付けられていた。
四つの車輪にも、淡い光を放つ紋様が刻まれている。
「これが風走車?」
「ああ」
兄が答えた。
「風属性の魔石を動力とする王家専用車だ。通常の馬車より遥かに速い」
俺はしゃがみ込む。
車輪を見る。
「この紋様で浮かせてんのか?」
「……分かるのか?」
「いや。なんとなく」
完全に浮いているわけじゃない。
だが車輪にかかる重量を軽くしている。
だから速度が出る。
そんな感じに見える。
「面白いな」
「ほう!」
国王が急に嬉しそうになった。
「ようやく興味を示したな!」
「車だからな」
「世界樹より風走車の方が興味あるのか!?」
「見たことないし」
「世界樹も見たことないだろうが!!」
「では行きましょう」
レナが風走車へ向かう。
ノアも続く。
「キョウマ様、どうぞわたくしの隣の席へ」
「私が案内役なんだから、キョーくんはこっち!」
朝からまた始まった。
俺は風走車へ乗り込む。
中は思ったより広い。
向かい合わせの座席。
小さな机まで付いている。
「キョウマ」
背後から国王に呼ばれた。
振り返る。
今度は怒鳴っていなかった。
国王は少しだけ真面目な顔をしている。
「チャルディアノクスを頼む」
「……」
昨日まで俺を殺しそうな顔で見てたくせに。
「分かった」
それだけ答えた。
国王が頷く。
チャピが何も言わず、その横顔を見る。
やがて扉が閉まった。
御者席に座った男が魔石へ手を置く。
低い音が響く。
車輪の紋様が光った。
「お?」
身体が少し沈む。
次の瞬間。
風走車が走り出した。
「速っ!」
馬車なんてもんじゃない。
城門があっという間に遠ざかっていく。
窓の外。
王都の街並みが流れていく。
その向こう。
遥か遠くに。
緑色の山々が見えた。
「あそこが大森林?」
俺が聞く。
「あの森のもっと先」
チャピが窓の外を見る。
「そこに世界樹がある」
俺も森を見るが、まだ何も見えない。
風走車は、そのまま大森林へ向かって走り続けた。




