#67「王女様と、言えなかった言葉」
「私がキョーくんを連れていく」
そう言って、こっちを見る。
少しだけ笑っていた。
「私が案内する」
「おう。頼む」
「……うん」
チャピが小さく頷く。
その時だった。
「では、出発は明日の朝にいたしましょう」
王妃がそう言った。
謁見の間の大きな窓から差し込む光は、もうだいぶ赤くなっていた。
そういえば、ここへ来てから結構経っている。
「ですので今夜は、皆様こちらへお泊まりください」
「いいのか?」
「もちろんです」
王妃がにこりと笑った。
「チャルディアノクスがお世話になった方々ですもの。これくらいはさせてください」
「助かる」
正直ありがたい。
船を降りて、そのまま王都まで来て。
そこからずっと騒ぎっぱなしだ。
さすがに疲れた。
「では客室を――」
「待てい!!」
国王が立ち上がった。
……なんなんだよこのおっさん……。
「どうしたんだよ」
「どうしたではない!」
国王が俺を指さす。
「きさまを王城へ泊めるだと!?」
「そういう話だっただろ」
「チャルディアノクスと同じ屋根の下ではないか!!」
「今も同じ屋根の下だろ」
ここ城だぞ。
国王の顔が引きつった。
「そういう意味ではない!!」
「じゃあどういう意味だよ」
「きさまは娘を愛称で呼んでおる男だぞ!!」
「またその話かよ!」
「終わっておらんと言っただろうが!!」
「知らなかったって言ってんだろ!」
「知らなければ何をしても許されると思うな!」
「何もしてねえよ!」
「愛称を付けただろうが!!」
「名前が長いからだよ!!」
「また娘の名前を長いと言ったなぁぁぁ!!」
国王が玉座から降りてきた。
「ちょっとパパ!」
チャピが間に入る。
「キョーくんに何する気!?」
「チャルディアノクス!そこを退きなさい!」
「嫌!」
「なぜそいつを庇う!」
「何でって……!」
チャピが詰まった。
国王が目を見開く。
妹がものすごく楽しそうな顔をしている。
「お姉様、顔赤いですよ?」
「アウレシアーナ!!」
「やっぱりキョウマ様のこと――」
「違うから!!」
何が違うんだ?
兄が深いため息をついた。
レナも額を押さえている。
ノアはさっきから黙って見ているが、口元が笑っていた。
……こいつ……楽しんでるだろ。
「あなた」
その一言で。
国王の動きが止まった。
王妃が笑っている。
「客人の前ですよ?」
「……しかし」
「客人の前ですよ?」
「…………」
国王が俺を見る。
俺も見る。
「……部屋は離せ」
「あなた」
「分かった!普通の客室でいい!」
負けた。
国王なのに。
「では決まりですね。皆様のお部屋をご用意いたします。夕食もこちらで」
「世話になる」
「チャルディアノクスのお友達が泊まりに来るなんて、いつぶりでしょう」
「お母様……余計なこと言わなくていいから」
「では明朝、大森林へ向けて出発とする」
国王が不機嫌そうに言う。
「通常、王都から大森林までは馬車で十日ほどかかる」
「十日?思ったより遠いな……」
「だから今回は、王家の風走車を使わせよう」
「風走車?」
「馬車より遥かに速い。明日見れば分かる」
「そうか」
「……きさまはもう少し興味を持て!!」
「では、お部屋へご案内しましょう」
王妃が侍女を呼ぶ。
ようやく終わった。
そう思った、その時。
「キョウマ」
国王が俺を呼んだ。
「ん?」
「今夜……」
妙に低い声だった。
「チャルディアノクスの部屋へ近づくな」
「行かねえよ」
「絶対だぞ!!」
「行かねえって!」
「廊下ですれ違ったとしても――」
「あなた」
「……何でもない」
この国本当に大丈夫なのか。
俺は少し不安になった。
……
………
…………
夕食を終え、用意された部屋へ戻った頃には、外はすっかり暗くなっていた。
王城の客室だけあって広い。
ベッドもでかい。ソファーもでかい。意味の分からない壺まで置いてある。
……落ち着かん。
俺はベッドに腰を下ろした。
今日一日だけで、色々ありすぎた。
王都まで来て、何故か親父に怒鳴られて、明日は世界樹へ向かう。
「……疲れた」
ルミナスを壁に立てかける。
そろそろ寝るか。
そう思って靴を脱ごうとした時だった。
コン、コン。
扉が鳴った。
「ん?」
こんな時間に誰だ?
……ノアか……。いや、あいつならノックとかせずに入ってきそうだ。
俺は立ち上がり、扉を開ける。
「……キョーくん」
そこにいたのはチャピだった。
「な!?チャピ?」
「しっ!」
いきなり口元に指を立てられた。
「声大きい!」
「なんで来たんだよ!お前の親父に見つかったりしたら――」
「いいから!」
チャピが廊下の左右を確認する。
「入っていい?」
「……」
俺が身体を退けると、チャピはするりと部屋へ入った。
すぐに扉を閉める。
「お前、何してんだ?」
「何って……ちょっと話したくて」
「昼間あんだけ喋っただろ」
「そういう話じゃないの!」
また怒られた。最近チャピ怒りっぽいな……。俺がなんかしたのだろうか。
チャピは部屋の奥へ進むと、ソファーに座る。
俺も向かいに座った。
「で?話があるんだろ?」
「分かってるわよ。ちょっと……考えてるの」
チャピが黙る。
「……」
窓の外から、虫の鳴く声だけが聞こえてくる。
しばらくして。
チャピが小さく息を吐いた。
「今日ね……パパが言ってたでしょ。……光の使徒を、世界樹へ導けって話」
「ああ」
「前に話したじゃない。私、あの役目が嫌だったって」
「覚えてる」
「……そっか」
チャピが少しだけ俯く。
「でもね……今日、パパからもう一度あの話を聞いて……ちょっと変な感じがしたの」
「変?」
「うん」
チャピは少し黙ってから、俺を見る。
「ずっと嫌だったはずなのに」
そこで言葉を切った。
「今は……嫌じゃないの」
「そうなのか?」
チャピが小さく頷く。
「前はね。誰かに勝手に決められた役目だった。でも今は違うの」
チャピが俺を見る。
「パパに言われたからじゃない……王家の役目だからでもない……。私が……キョーくんを世界樹まで連れていきたいって思ってるから」
「……」
「……」
目が合った。チャピも何も言わない。
俺も何を言えばいいのか分からない。
そのまま、しばらく見つめ合う。
「……っ」
急に、チャピの顔が耳まで真っ赤になった。
慌てたように目を逸らす。
「暑いのか?」
「違う!」
じゃあ何なんだ……。
「……キョーくん」
「ん?」
「私ね……」
「どうした?」
「ちょっと待って」
「おう」
チャピが小さく息を吸う。
それから、もう一度俺を見る。
「最初に会った時はね……キョーくんのこと、変な人だと思ってた」
「ひどくないか?」
「今は黙ってて」
「はい」
また怒られた。
「何考えてるか分からないし。危ないことばっかりするし。自分のことより、誰かのことばっかりで……」
「……」
「見てるこっちが、心配になるの」
チャピの手が、膝の上でぎゅっと握られる。
「それなのに……気づいたら、いつも隣にいるのが当たり前になってて」
「チャピ?」
「だから……私……」
声が少し震えた。
チャピが顔を上げる。
真っ赤になったまま……瞳が少し潤んで見えた。
「キョーくんのこと――」
ガチャ。
……なぜかノアが入ってきた。
「……」
ノアが俺を見る。
チャピを見る。
もう一度、俺を見る。
「…………」
次の瞬間。
「キョウマ様ぁぁ!!」
「うおっ!?」
ノアが勢いよく抱きついてきた。
「な、なんだよ急に!」
「キョウマ様のお顔が見たくなりました!」
「あんたねぇ!!キョーくんから離れなさい!!」
「嫌ですぅぅ!!キョウマ様から離れません!!」
「それとノックぐらいしなさいよ!!」
「チャルディアノクスの声がしたぞぉぉぉ!!」
「…………」
俺は大きくため息をついた。
明日は世界樹へ向かうんだよな。
「……頼むから寝かせてくれ」




