#66「騒がしい王家と、世界樹の秘密」
「なあ」
「何だ!」
国王が怖い顔で睨んでくる。
……なんなんだよ。
「何でチャピって呼んだだけで、こんな騒ぎになってんだ?」
「っ!?」
また静かになった。
名前が長かったから噛んだ。
だから短くした。
それだけのことで、何を大騒ぎしているのか。
「えっと……それは……」
チャピの顔が赤くなる。
国王が額を押さえた。
兄も目を閉じる。
妹はなぜか楽しそうに俺とチャピを交互に見ている。
王妃だけは、笑顔を崩していなかった。
「あらあら、キョウマ様は事情をご存じないのね」
「お母様!?」
「いいではありませんか。ご本人はご存じないようですし」
王妃が俺を見る。
「エルフにとって、愛称というものは特別なものなのです」
「特別?なんか意味でもあるのか」
チャピが慌てて口を挟む。
「お母様!それは言わなくていいから!」
「何でだよ。俺のせいで騒いでるなら知りたいぞ」
「キョーくんは黙ってて!」
王妃が楽しそうに笑う。
「エルフが異性と愛称で呼び合うのは――」
「お母様!!」
「夫婦だけなのです」
「…………」
今度は俺が黙った。
チャピを見る。
顔が真っ赤だった。
「……夫婦?」
「…………」
「チャピ」
「呼ばないで!!」
「何でだよ!」
国王が立ち上がる。
「だから先ほどからそう言っておるのだ!!」
「いやそんな風習知らねえよ!!」
「きさまぁぁ!!知らずに我が娘へ愛称を付けたのか!?」
「名前が長すぎるんだよ!!だってチャル……チャルディ……ほら噛むだろ!」
「娘の名前を噛むなぁぁぁぁ!!」
「無茶言うな!!」
兄が頭を抱えた。
妹は腹を抱えて笑っている。
俺はもう一度チャピを見る。
「俺、そんな意味で付けてないぞ?」
「……知ってるわよ……」
「なら問題ないだろ」
「あるわよ!!」「あるわ!!」
チャピと国王の声が重なった。
さすが親子だ。
チャピは父親似なんだろうな。
しかし分からん。
……何が問題なんだ。
「……ねえ」
レナの声がした。
「今度こそ、世界樹の話しない?このままじゃ話進まないでしょ」
王妃が小さく笑った。
そして国王を見る。
「あなたも、そろそろお座りになっては?」
「しかしだな!」
「世界樹のお話が先でしょう?」
「……むぅ」
国王がまだ睨んでいる。
「この話は終わっておらんからな」
「まだやるのかよ……」
「当たり前だ!!娘の名前を噛むから愛称を付けるなど、言語――」
「あなた……」
「……分かった」
渋々、玉座へ戻っていった。
王妃強いな。
「まだきちんとご挨拶もしておりませんでしたね」
確かに。
俺からすれば、さっきから父親、母親、兄、妹としか認識していない。
「私はセレスティアーナ・ピュルシエール。この国の王妃です」
そう言って、隣を見る。
「そしてこちらが、夫のアルヴェリオン・ピュルシエール」
「……」
国王は腕を組んだまま、まだ俺を睨んでいる。
……こええよ。
王妃は気にした様子もなく、そのまま続けた。
「長男のゼフィリオス」
「ゼフィリオス・ピュルシエールだ」
兄が軽く頭を下げる。
こっちもまだ目が怖い。
「そして末娘のアウレシアーナです」
「アウレシアーナ・ピュルシエールです!」
少女が勢いよく頭を下げた。
……なるほど。やっぱり全員長いな。
まったく憶えられん……。
「キョウマ様って、本当にお姉様のことチャピって呼んでるんですね!」
「アウレシアーナ!!」
「だって気になるもん!」
「今その話終わったでしょ!」
「終わっておらんぞ!」
国王がまた立ち上がった。
「あなた」
「……座る」
素直に座った。
やっぱり王妃強い。
国王が一度、大きく息を吐いた。
それから咳払いをする。
「……では、本題に戻ろう」
声が変わった。
さっきまで娘の愛称で騒いでいた人間とは思えない。
背筋を伸ばし、玉座に座る姿にはちゃんと王の威厳を感じる。
……最初からそうしてくれ。
「世界樹についてだったな」
「ああ」
「世界樹は、このシルフィードの中央部に広がる大森林。その最奥に存在すると伝えられている」
「伝えられてる?」
俺は首を傾げる。
「場所を知ってるんじゃないのか?」
「知らぬ」
「王家なのに?」
「……」
国王の眉がぴくりと動いた。
まずい。また怒らせたか?
「世界樹は、我らが好き勝手に立ち入れる場所ではない」
「そうなのか」
「大森林そのものは地図にも載っておる。だが世界樹は精霊たちの結界によって隠されている」
国王が続ける。
「何も知らぬ者が森へ入り、何年探そうとも辿り着くことはない」
「そんなに広いのか?」
「そういう問題ではない」
「道を逸らされるのよ」
チャピが横から口を挟んだ。
「逸らされる?」
「世界樹に近づこうとしても、いつの間にか違う場所に出ちゃうの」
「迷子にされるのか」
「身も蓋もない言い方をするな!」
国王が声を上げる。
「あなた」
「……そうとも言える」
認めるんかい。
「じゃあ、王家も場所を知らないのに、どうやって行くんだ?」
「我らが知っているのは場所ではない」
国王が俺を見る。
「世界樹への扉を叩く方法だ」
「扉?」
「そうだ。我らピュルシエール王家には、代々受け継がれてきた役目がある」
その言葉に。チャピの表情が少しだけ変わった。
「王家の血を引く者が、精霊王様へ謁見を願う。そして精霊王様がその願いを受け入れた時にのみ、結界が開く」
「それで世界樹まで行ける?」
「そういうことだ」
ようやく分かってきた。
俺たちが世界樹を探すんじゃない。
向こうから道を開いてもらう。
「じゃあ、お願いすればいいんだな」
「簡単に言うな!」
また怒られた。
「願ったからといって、必ず応えていただけるわけではない」
「断られることもあるのか?」
「可能性は否定できんな」
面倒だな。
俺の顔に出たらしい。
チャピがじろりと睨んできた。
「キョーくん、今面倒って思ったでしょ」
「思ってない」
「思った顔してた」
鋭い。
国王が再び咳払いをした。
「そして世界樹へ辿り着いた後、その内部を通じて精霊王様の領域へ入ることになる」
「木の中にいるのか?」
「それも正確には違う」
「ややこしいな……」
「きさまは先ほどから!」
国王がまた腰を浮かせる。
「あなた」
「……続けよう」
王妃強すぎるだろ。
国王は何事もなかったように俺を見る。
「光の女神ルミナリエルの使徒よ」
急にそう呼ばれて、少しだけ背筋が伸びた。
「そしてもうひとつ……我ら王家には、古くから伝えられていることがある」
「何が?」
「光の女神の使徒がシルフィードを訪れたならば――」
国王の視線が。
俺からチャピへ移る。
「その者を世界樹へ導き、精霊王様のもとへ送り届けよ、と」
謁見の間が静かになった。
俺もチャピを見る。
チャピは何も言わない。
でも。その話はもう聞いている。
こいつが昔から嫌だった役目。
自分の人生を勝手に決められているように感じて。
王家を飛び出す理由の一つになったもの。
国王の言葉を聞いても、チャピは目を逸らさなかった。




