#64「ただいま、王都アステリア」
アゴラディアを出て、三日。
俺たちを乗せた乗合馬車は、長い街道を走っていた。
窓の外には、どこまでも緑が広がっている。
その向こう……遠くに白い城壁が見えてきた。
「あれか?」
「うん」
隣に座っていたチャピが答える。
「王都アステリア……」
思っていたよりでかい。
アゴラディアも十分大きな街だったが、それとはまた違う。
城壁に囲まれた街の中央には、遠くからでも分かるほど大きな城が建っている。
「あれが王城?」
「そうよ」
チャピの返事は短かった。
三日前。
王都へ行くと決めた時は、あれだけ迷いなく答えていたのに。
近づくにつれて、口数が減っている。
「チャピ」
「何?」
「腹痛い?」
「違う!」
元気はあるらしい。
「キョウマ様。こういう時は優しく抱き締めて差し上げるものですよ」
左からノアが身体を寄せてきた。
「なぜお前が寄ってくる」
「実演です」
「いらん!!」
「そんなご無体な!!せめて口づけだけでも!!」
「ちょっ!ノアやめろ馬鹿!!」
「あんた!キョーくんにくっつかないでよ!」
「王女様はご実家へ帰られるのでしょう?今のうちにキョウマ様との距離を縮めておこうかと」
「どういう意味よ!」
「そのままの意味ですが?」
「……三日間ずっとこれね」
向かいで、レナが呆れたようにため息をついた。
やがて馬車の速度が落ち始めた。
城門の前には、王都へ入ろうとする馬車や人の列ができている。
俺たちの馬車も、その最後尾へ並んだ。
しばらくして。
「到着だ!」
御者の声が響いた。
俺たちは荷物を持って馬車を降りる。
「で、ここからどうする?」
「歩いて行くわ」
チャピが王城を見る。
「そんなに遠くないから」
「迎えとか来ないの?」
「……呼ばない」
即答だった。まあ、そうだよな。
俺たちはそのまま城門へ向かった。
門には鎧を着たエルフの兵士が何人も立っている。
チャピが先頭を歩く。
さっきまで馬車の中でノアと言い争っていたのに、門へ近づくにつれて、その雰囲気が少し変わった。
門兵の一人がこちらを見た。
最初は普通だった……だが。
チャピの顔を見た瞬間、その動きが止まった。
「……っ」
隣の兵士も気づく。兵士たちに明らかな動揺が走った。
チャピは構わず前へ出た。
「第一王女チャルディアノクスよ」
「光の女神の使徒をお連れしたわ。王城へ向かいます」
門兵の視線が、一斉に俺へ向いた。
「……」
なんだろう。
こうして改めて注目されると、ものすごく居心地が悪い。
門兵の一人が、俺の顔を見る。
次に、担いだルミナスを見る。
そしてまた俺を見る。
……うん。
言いたいことは分かる。
俺だって、モップを担いだおっさんが光の女神の使徒だと言われたら、たぶん同じ顔をする。
俺だって逆の立場なら疑う。
どう見ても王女様が連れてくる伝説の使徒には見えない。
「た、ただちに王城へ使いを――」
「必要ないわ!このまま行くから。通して」
「し、しかし殿下!せめて王城へ先触れを出させてください!」
「……分かったわ。先触れは好きにして。でも、迎えはいらない。このまま歩いて王城へ行くから」
門兵たちが困ったように顔を見合わせる。
「……何?」
「い、いえ!失礼いたしました!」
門兵の一人が慌てて頭を下げる。
「王城へ急げ!第一王女殿下がお戻りになられたとお伝えしろ!」
「はっ!」
残った門兵たちは左右へ分かれ、道を空けた。
そしてチャピが前へ進むと、一斉に深く頭を下げる。
「お帰りなさいませ、殿下!」
「……ただいま」
小さくそう返して、再び歩き出す。
俺たちもその後に続き、城門をくぐった。
「……すげえな」
中へ入って最初に出た感想がそれだった。
広い大通りに白い石造りの建物が並び、その間を大勢の人が行き交っている。
頭上では、風を受けた旗が何枚もなびいていた。
そして街の中央。
どこからでも見えるように、王城がそびえていた。
「こっち」
チャピが迷わず歩き出す。俺たちはその後に続いた。
しばらく歩くと、大通りの先に大きな門が見えてきた。
その向こう。
さっきから見えていた王城が、今度は視界いっぱいに広がっている。
チャピが足を止めた。
城門を守る兵士たちが、チャピに気づく。
「殿下!!」
その声に、周囲の兵士たちが一斉にこちらを向いた次の瞬間。
「お帰りなさいませ、殿下!」
全員が姿勢を正し、深く頭を下げる。
「……だから、そういうのいいって」
だが、兵士たちはそういうわけにもいかないらしい。
「すぐに陛下へお知らせを!」
一人が慌てて城内へ駆けていく。
「お、お待ちください!ただいま陛下へご帰還をお伝えし、迎えの者を――」
「いらないって。ここまで来たんだから、自分で歩くわよ」
「し、しかし!」
「大丈夫。昔住んでた家で迷子になったりしないから」
兵士が言葉に詰まる。
「王女が帰ってきたら、そりゃ大騒ぎにもなるだろ」
「分かってるわよ……でも、こういうのが嫌なの」
そう呟いて、そのまま城内へ歩いていく。
兵士たちは止められず、慌てて左右へ道を空けた。
……広い……とにかく広い……。
磨き上げられた床。高い天井。巨大な窓。
壁には見たこともない絵や装飾品が並んでいる。
思わず床を見る。
「……綺麗だな」
「キョーくん、そこ?」
「いや、ここ掃除するの大変そうだなって」
「王城に来て最初に考えることがそれ!?」
仕方ないだろ。職業病だ。
「キョウマ様。ご希望でしたら私がメイド服を着てお掃除を――」
「いらん」
「まだ最後まで言ってません!」
「どうせろくでもない」
「またもやご無体!!だがそれがいい!!」
……こいつは王城に来ても何も変わらないらしい。
その横で、チャピはさっきから落ち着かない様子で城内を見回していた。
知っている場所のはずなのに、どこか居心地が悪そうに見える。
長い廊下を歩いていく。
途中ですれ違うメイドたちが、チャピの姿を見るたびに目を見開いた。
だが、すぐに我に返ったように廊下の端へ寄り、深く頭を下げる。
「お帰りなさいませ、殿下!!」
やがて俺たちは、ひときわ大きな両開きの扉の前までやってきた。
その前に、一人の男が立っていた。
白髪をきれいに後ろへ撫でつけた、初老の執事風のエルフだ。
「お帰りなさいませ、チャルディアノクス殿下」
男は静かに微笑んだ。
それ以上は何も言わず、今度は俺たちへ視線を向ける。
「国王陛下がお会いになります」
その言葉と同時に、左右に控えていた兵士たちが巨大な扉を開く。
……中には四人のエルフがいた。
中央に座るのは、短い金髪の威厳を感じる男。
その隣には、長い金髪をした気品のある女性。
少し離れたところには、肩まで伸びた金髪の精悍な若い男と、長い金髪の幼い少女がいた。
少女が、目を大きく見開く。
隣の女性は、何かを言いかけた。
若い男は黙ったまま、チャピを見ている。
そして中央の男が口を開いた。
「チャルディアノクス」
「……お父様」
……空気が重い……。
「今日は、お伝えすることがあって戻りました」
「申してみよ」
チャピが一度だけ俺を見た。
そして。
「光の女神の使徒を……お連れしました」
全員の視線が今度は俺へ向いた。
「……白石恭真だ……」
チャピの親父――国王が俺を見る。
正確には俺と、肩に担いだルミナスを見ている。
長い沈黙。
「そなたが……光の女神の使徒だと?」
「……そうらしい」
「キョーくん!」
「何だよ」
「何だよじゃない!もう少し言い方があるでしょ!」
「だって俺もそう言われただけだし」
「そうだけど!」
「……チャルディアノクス」
「……はい」
「その者で、間違いないのだな?」
「間違いありません」
チャピが真っ直ぐに国王を見る。
「私はこの目でこの方の浄化を見ました」
謁見の間が静かになる。
「だから戻ってきたの。お父様。光の使途……キョーくんのために世界樹への道を開いてください」
国王の表情が変わった。




