#63「逃げた王女は、自分で役目を選ぶ」
人通りの多い大通りを抜け、俺たちは少し静かな場所まで移動した。
白い建物に囲まれた、小さな広場。
中央には噴水。
その周りには木陰と、石造りのベンチが並んでいる。
「ここなら大丈夫かな」
チャピが周囲を確認してから、ようやく足を止めた。
俺は近くのベンチへ腰を下ろす。
ルミナスを隣へ立てかけると、レナとノアも向かいへ座った。
チャピだけは立ったままだった。
「で?」
「……何よ」
「話すんだろ?」
「少しくらい待ってよ」
「おう」
急かすつもりはない。
さっきまであれだけ王家の話を嫌がっていたんだ。
簡単に話せる内容でもないんだろう。
しばらくして。
チャピが小さく息を吐いた。
「……私、第一王女なの」
「第一王女」
思わず繰り返した。
「そんなに意外?」
「ちょっと」
「ちょっと?」
「かなり」
「……もう」
怒るというより、呆れたように笑われた。
「兄が一人。妹が一人いるわ」
「じゃあ三人兄妹か」
「うん。私は真ん中」
なるほど。年上の兄。第一王女のチャピ。その下に妹。
昨日まで普通に俺の腕を引っ張っていたエルフが王女だと言われても、まだいまいち実感がない。
「王家があるのはどこなんだ?」
「王都アステリアよ」
「……遠い?」
「馬車で三日くらい」
「結構あるな」
つまり。チャピが昨日言っていた「帰りたくない場所」は、ここではない。
その先。
王都アステリアだ。
「それで」
レナが口を開いた。
「王家と精霊王って、どういう関係なの?」
チャピの表情が少し変わる。
「……そこから話した方が分かりやすいかも」
俺たちを見る。
「世界樹は大陸の中央部にあるわ」
「じゃあ、そこへ行けばいいのか?」
「普通には行けない」
「なんで?」
「場所が秘匿されてるから」
「大陸の真ん中にあるのに?」
「大体の位置を知ってても、辿り着けないの」
「でかい木なんだろ?」
「……世界樹を普通の木みたいに言わないでよ」
苦笑された。
「道そのものが隠されてるの。王家だけが、その道を開く方法を知ってる」
王家の協力が必要になるわけか。
「精霊王も、そこにいるの?」
「正確には少し違うわ」
チャピが首を横に振る。
「世界樹を通して、精霊王様の領域へ入るの」
「急に話がでかくなったな」
「最初から大きい話よ」
「……」
俺はチャピを見る。
「俺に関係ある話って?」
「……王家には昔から伝わってる役目があるの……光の女神の使徒がシルフィードを訪れた時」
「……」
「その人を世界樹まで導いて、精霊王様のもとへ案内する」
「それ、俺?」
「そうよ」
即答だった。
「……なるほど」
「その役目、チャピがやることになってた?」
「……うん」
声が少し小さくなる。
「小さい頃からずっと聞かされてた」
チャピは噴水へ目を向けた。
「王族なんだから、世界樹を守りなさい……精霊王様に仕えなさい……いつか使徒が現れたら、その人を世界樹まで導きなさい」
そこで一度、言葉が止まった。
「兄には兄の役目があった」
「そうなのか」
「妹にも、きっとこれから色々言われると思う」
風が吹く。
黄金色の髪が揺れた。
「でも私は、第一王女だからって」
視線が少し落ちる。
「どこにいるか……何をするか……これからどう生きるかまで、最初から決められてるような気がした」
昨日の言葉を思い出した。
エルフだから。家柄だから。女だから。
全部嫌になった。
そう言っていた。
「私が何をしたいかなんて、誰も聞かなかった」
「それで外に出た?」
「……うん」
「独立したわけか」
チャピが少しだけ笑った。
「キョーくんが言うと、ずいぶん立派に聞こえるね」
「違うの?」
「……逃げたって言われても、否定はできないかな」
「王家の役目も嫌だった?」
「嫌だった」
今度は迷わなかった。
「使徒が来ても、私には関係ないって思ってた。……でも、キョーくんに会った」
「あの狼の時か」
「うん。あの時、キョーくんの浄化を見た」
「ルミナスが光ったやつ?」
「……そこはキョーくんの力ってことでいいでしょ」
諦めたように笑われた。
「あの時は、まだ使徒だなんて思ってなかった。でも気にはなったの」
それからまた会って。
一緒に旅をした。
「怖がるし、すぐ逃げようとするし」
「逃げられるなら逃げたいぞ」
「知ってる」
少し笑う。
「でも、本当に困ってる人がいたら放っておけない」
「そうか?」
「そうよ。飛行船の時だってそうだったでしょ」
「掃除しただけだぞ」
「……もう、それでいい」
「分かってくれたか」
「諦めただけ」
違ったらしい。
俺は少し考えてから聞いた。
「それで、精霊王に会わせようと思った?」
「最初は、本当に使徒なのか確かめたかっただけ」
それなら分かる。
昔話に出てくるような使徒が、モップを担いで現れるとは普通思わない。
「でも、今は違う」
チャピが俺を見る。
今度は目を逸らさなかった。
「王家の役目だから連れていくんじゃない」
「……」
「昔から決められてたからでもない。使徒だから仕方なくでもない」
一度だけ息を吸う。
「私が決めたの」
「何を?」
「キョーくんと一緒に、精霊王様のところまで行くって」
その声は静かだった。
でも。今日聞いた中で、一番迷いがなかった。
王家から逃げた。決められた役目が嫌だった。
それなのに結局、昔言われていたのと同じことをする。
でも、たぶん、同じじゃない。
誰かに決められたからじゃない。こいつが自分で決めた。
それだけで、意味は全然違うんだろう。
「……そうか……じゃあ、頼むわ」
「え?」
「精霊王のところまで」
一瞬きょとんとしてから、チャピは小さく笑った。
「うん。ちゃんと連れていってあげる」
「ただ、その前に王都アステリアへ行かないと」
「馬車で三日だったな」
「世界樹へ行くには、王家の協力が必要だから」
「……つまり、お前の家族に会う?」
「たぶん」
さっきまで柔らかかった表情が、少しだけ曇った。
「嫌なんだろ?」
「嫌よ」
「じゃあ、やめる?」
「やめない」
答えは早かった。
「キョーくんを連れていくって決めたから」
それ以上は聞かなかった。
嫌だったはずの役目。背を向けたはずの王族としての暮らし。
それでも今度は誰かに言われたからじゃない。
チャピが自分で決めた。
たぶん、それで十分なんだろう。
「レナはどうする?」
「私も行くわ。私は神託を受けてシルフィードへ来たの。でも、何をすればいいのかまでは分からなかった」
レナが俺を見る。
「あなたが光の使徒で、精霊王に会いに行くっていうなら……たぶん無関係じゃないと思う」
「なるほど」
「それにここまで来て、一人で帰るのも変でしょ」
「まあ、それもそうか」
俺は立ち上がり、ルミナスを担ぎ直す。
「じゃあ今日は宿に泊まって明日向かうとするか」
「うん」
チャピも隣に並んだ。
王都アステリア。
そこには、チャピの家族がいる。
その先には、秘匿された世界樹。そして精霊王がいる。
俺がこの世界へ呼ばれた理由に、少しは近づけるのかもしれない。
「……腹減ったな」
隣から小さな笑い声がした。
「キョーくんらしいね」
「腹は減るだろ」
「うん。何か食べよっか」
さっきまでより。
チャピの足取りは、少しだけ軽くなっていた。




