↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
61/106

#61「光の勇者は、目の前にいる」

航海五日目。


朝。


窓の外を覆っていた白い雲が、ゆっくりと後ろへ流れていく。

そして――。


「……おお」


思わず声が漏れた。

雲の向こうに、巨大な大陸が広がっていた。

緑に覆われた山々。

その斜面には、白い建物が段々に並んでいる。

山と山の間には、巨大な橋まで架かっていた。

遠くには、どこまで続いているのか分からないほど大きな森。

風が強いのか、あちこちに立つ旗が大きくなびいている。


「ここが……風の大陸シルフィードか」


肩に担いだルミナスが、ばふっと房を揺らした。


「すげえな……」


窓へ近づく。

異世界に来てから色々見てきたが、こうして大陸を上空から眺めるとやっぱり迫力がある。

山の上まで建物が並んでいる。

かなり高い場所にも窓があるな。


「……掃除、大変そうだな」

「そこ!?」


後ろからレナの声が飛んできた。


「いや、あんな高い場所に窓あるんだぞ。足場組むだけで一苦労だろ」

「感想が完全に清掃員なのよ」

「清掃員だからな」

「……そうだったわね」

「ん?」

「なんでもない」


なんだこいつ。

朝から変なやつだな。

ふと横を見る。

チャピが窓の前に立っていた。


「……」


さっきから何も喋らない。

風の大陸をじっと見つめている。


「チャピ」

「ん?」

「着いたな」

「……うん」


それだけ。

いつものチャピなら、もう少し騒いでもよさそうなものだが。

昨日も故郷の話をしたばかりだ。

俺が余計なことを言っても仕方ない。


「……やっと着いた」


今度はレナが小さく呟いた。


「ん?」


見ると、窓の外をじっと眺めている。

そういえば。


「そもそも、お前なんでこの船に乗ってたんだ?」

「……今さら?」

「今さらだな」

「五日間一緒にいて?」

「色々あったからな」


火事。黒い汚れ。主魔力炉。墜落しかけた飛行船。

正直、人の旅行目的なんか聞いてる場合じゃなかった。


「まあ……そうだけど」


レナが少しだけ表情を引き締める。


「教皇猊下から神託を受けたの」

「神託?」

「ええ」

「風の大陸へ向かえって」

「ほう」

「そこで――光の勇者に会えるって」


「…………」


光の勇者。

俺は肩に担いだルミナスを見る。

ルミナスも俺を見るように、房を傾けた。


「……そういや俺、光の女神の使徒なんだよな」

「そうね」


チャピが即答する。


「……それ、俺じゃないか?」

「…………は?」


レナが固まった。


「だから、光の勇者」

「…………」


俺を見る。

肩のルミナスを見る。


もう一度、俺を見る。


「ないわ」

「なんでだよ!」


即答だった。


「だっておじさんじゃない!」

「年齢関係ある!?」

「それに清掃員でしょ!」

「勇者が掃除したら悪いのかよ!」

「そういう意味じゃない!」


レナが立ち上がる。


「光の勇者よ!?もっとこう……勇者らしい人を想像するでしょ!」

「勇者らしいって何だよ」

「剣を持ってるとか!」

「俺はモップだな」

「そこなのよ!」

「でも光るぞ」


ルミナスを持ち上げる。

ぱあっと黄金色の光が漏れた。


「ほら」

「光るモップを見せられても困るわよ!」


ルミナスが抗議するように房をぶんぶん振った。


「怒ったぞ」

「モップが怒ること自体おかしいの!」

「レナ」


チャピが口を挟む。


「な、なによ」

「キョーくんが光の女神ルミナリエル様の使徒なのは本当よ」

「…………本当に?」

「本当に」


チャピの顔は真剣だった。

今度はノアを見る。

ノアは優雅に胸へ手を当てる。


「ええ。キョウマ様が光の女神に選ばれたお方であることは、間違いございません」

「…………」


最後にまた俺を見る。


「な?」

「な?じゃない!」


また怒られた。


「でもお前、主魔力炉でも見ただろ?」

「見たわよ!」

「ルミナス、めちゃくちゃ光ってただろ」

「主にモップがね!」

「俺もセットだ!」

「なんで勇者候補がモップの付属品みたいになってるのよ!」


……確かに。

それはちょっと嫌だな。

レナが額へ手を当てる。


「ちょっと待って……」


しばらく考え込んでから、もう一度俺を見る。


「……でも」

「ん?」

「普通じゃないのは、分かってる」


急に真面目な声になった。


「飛行船を助けた時だって、あんたの力がなかったらどうなってたか分からないし」

「俺だけの力じゃないだろ」

「それでもよ」


少しだけ間が空く。


「神託に出てきた光の勇者が、本当におじさんなら……」

「なら?」

「…………」


目を逸らした。


「まだ信じない」

「なんでだよ!」

「だって納得できないもの!」

「神託よりお前の納得が優先なの!?」

「うるさい!」


また怒られた。

光の勇者。

それが本当に俺なのかは、まだ分からない。

ただ。

光の女神の使徒。光るモップ。神託。


ここまで揃うと。


「……やっぱ俺じゃないか?」

「まだ言う!」


朝からレナの声が、船室いっぱいに響いた。


そんな話をしているうちに。

飛行船は少しずつ高度を落としていった。

窓の外に見えていた街が、どんどん近づいてくる。

大陸最大の商業都市。


アゴラディア。


チャピから以前聞いた名前だ。

白い石造りの建物。

広い通り。

飛行船が何隻も停泊する巨大な発着場。

地上には、大勢の人が動いていた。

エルフが多い。耳が長い。本当に長い。


「……エルフだらけだな」

「エルフの大陸なんだから当たり前でしょ」


飛行船が大きく揺れた。


ゴウン――。


着地したらしい。

しばらくして乗客用の扉が開く。

外から強い風が吹き込んできた。


「うおっ」


髪が一気に乱れる。

ルミナスの房まで横へ流された。

その風の中。

チャピの黄金色の髪が大きくなびく。


「……」


一瞬……足が止まった。


「チャピ?」

「……なに?」

「いや……」


チャピは前を向き、そのまま歩き出した。

俺たちも後へ続く。

地上へ降りる。


ざわざわと人の声。

荷物を運ぶ商人。

飛行船を点検する職員。

旅人。エルフ。人間。

いろんな連中が行き交っている。


「……」


チャピが周囲を見る。

ほんの少し。肩から力が抜けたように見えた。


そのまま俺たちは入港所へ向かった。

何人かの職員が、到着した乗客の身分証や荷物を確認している。

やがてレナの番になった。


「水城玲奈です」


職員が書類を確認する。

次の瞬間。


「……水城玲奈様?」

「はい」


職員の姿勢が一気に正された。


「水の勇者様ですね。教会より連絡を受けております」

「ええ」


職員は確認を終えると、レナへ身分証を返した。

ほう。さすが勇者。扱いが違う。


「勇者って言うと、手続きも早いんだな」

「まあね」

「じゃあ俺も光の勇者って言えば早く通れる?」

「やめて!」


レナが即座に振り返った。


「なんでだよ」

「まだ決まったわけじゃないでしょ!」

「光の女神の使徒なのは本当だぞ」

「だからって同じとは限らないでしょうが!」

「面倒だな」

「こっちの台詞よ!」


その時だった。

少し離れた場所を歩いていた、一人のエルフが足を止めた。

年配の男。

きっちりとした服を着ている。

この発着場の役人だろうか。

男はこちらを見ていた。


いや。違う。


チャピを見ている。


「……?」


チャピの顔から笑みが消えた。


男が目を細める。


「……まさか」


小さな声。

チャピの肩がわずかに跳ねた。

男がゆっくり近づき……そして目が大きく見開かれた。


「チャルディアノクス……」


そして。

深く頭を下げる。


「――チャルディアノクス殿下」

「…………」

「…………殿下?」


俺は隣を見る。

チャピはものすごく嫌そうな顔で、目を逸らしていた。


……家柄って。

そういう家柄だったのかよ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。