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58/106

#58「水の勇者が部屋に来たら、大騒ぎになった」

翌朝。

目を覚ますと、身体が重かった。


「……痛い」


腕、腰、肩。


全身がしっかり筋肉痛だ。

昨日は主魔力炉の中を走り回り、黒い汚れに力まで吸われた。

三十三歳の身体にやらせる仕事ではない。


「今日は休む」


俺はベッドの中で宣言した。

誰に言ったわけでもない。

だが、返事はあった。


ぽふっ。


ルミナスの房が額に乗る。


「お前も賛成か?」


柄が前後に揺れた。


「よし。今日は何もしない」


異世界へ来てからというもの、働きすぎだ。

掃除、魔物、魔族、ダンジョン。

挙げ句の果てには飛行船の主魔力炉。

清掃員の業務範囲を完全に超えている。

今日はベッドから一歩も出ない。

そう決意した、その時。


コンコン。


扉が鳴った。


「……出ない」


コンコン。


「……俺はいない」

「キョーくん、起きてるでしょ!」

「いない!」

「返事してるじゃない!」


扉が開く。


「勝手に入るな!」

「私の取った部屋よ!」

「そうだった!」


忘れていた。

チャピがずかずかと入ってくる。

その後ろからノアも顔を出した。


「昨夜はよく眠れましたか?」

「まあな」

「寂しくはありませんでした?」

「全然」

「……そこは少しくらい悩んでください」

「なんでだよ」


ノアが薄く微笑む。

……何が言いたいんだ、こいつ。


「今日はちゃんと休んでなさいよ」


チャピがベッド脇へ腰を下ろした。


「言われなくてもそのつもりだ」

「昨日あれだけ無茶したんだから」

「俺は掃除しただけだ」

「主魔力炉をね!」


俺が枕へ頭を沈め直した時。


部屋の外から、呼び鈴の音が聞こえた。


「……今度は誰だ」

「私が見てくる」


チャピが立ち上がり、寝室を出ていく。

少しして、応接室の方から声が聞こえた。


「あ」

「……おはよう」


聞き覚えのある声だ。

しばらくして、チャピが寝室へ戻ってくる。

その後ろから、青い髪が見えた。


レナだ。


「どうした?」

「どうしたって……」


レナが俺を見る。

一瞬、何か言いかけてから視線を逸らした。


「……様子を見に来ただけよ」

「元気だぞ」

「見れば分かるわよ!」

「じゃあ目的達成だな」

「帰らせようとしないで!」


難しい。

様子を見に来た。

元気なのを確認した。

なら終わりじゃないのか。


「おはようございます、レナ様」


ノアがにこやかに微笑んだ。


「……おはよう、ノクターリア」

「昨日はキョウマ様と随分ご活躍だったそうですね」


レナの肩がぴくっと動いた。


「なによ、その言い方」

「普通に申し上げただけですが?」

「絶対違うでしょ」


ノアの笑みが深くなる。

チャピが二人を交互に見る。


「昨日って、炉の中のこと?」

「ああ」


俺が答えると、チャピがこっちを向いた。


「キョーくん、レナと何してたの?」

「掃除」

「それは知ってる!」

「じゃあ何が聞きたいんだよ」

「その……他に!」


何だ、他って。

俺は昨日のことを思い返す。


「黒いやつに捕まった時、水で助けてもらった」

「うん」

「炉心を掃除してる時も、かなり助かったな」

「うん」

「あとは最後に倒れた時、受け止めてもらった」


チャピが止まった。


「……受け止めてもらった?」

「ああ」

「レナに?」

「他に誰がいるんだよ」


ゆっくり、チャピがレナを見る。

レナの顔が赤くなった。


「ち、違うからね!」

「まだ何も言ってないけど」

「顔が言ってる!」


ノアが口元へ手を添える。


「なるほど。昨日はそこまで進展していたのですね」

「進展してない!」


レナが即座に叫んだ。


「倒れてきたから受け止めただけよ!」

「キョウマ様を?」

「そうよ!」

「お身体を?」

「そう――」


レナが止まった。

ノアがにっこり笑う。


「わたくしは事実を確認しているだけですよ」

「絶対わざとでしょ!」

「心外です」


嘘だ。

こいつ、完全に遊んでいる。


「キョーくん」


チャピが俺を見る。


「何だ」

「私だって受け止められるからね」

「何を?」

「キョーくん!」

「俺を?」

「そう!」

「なんで?」

「なんでって……!」


チャピが言葉に詰まった。


俺は考える。


「でも俺、チャピよりかなり重いぞ」

「そういう問題じゃないの!」

「じゃあどういう問題なんだよ」

「もう!」


頬を膨らませた。

本当に分からん。

ノアが楽しそうに二人を眺めている。


「朝から賑やかですね」

「原因はお前だろ!」

「わたくしは何もしておりません」

「火をつけて眺めてるだけだろ!」

「まあ。人聞きの悪い」


否定しないのかよ。


「とにかく」


チャピが俺の腕を掴んだ。


「昨日は私だってちゃんと役に立ったんだからね」

「知ってるよ」

「本当に?」

「ああ。倒れてた職員を見ててくれただろ」

「それだけ?」

「黒いのが外に出ないようにもしてくれた」

「そうじゃなくて……」

「何が?」


また頬が膨らんだ。

難しい。

女心は主魔力炉より構造が複雑だ。

しかも点検口がない。


「おじさん」


レナが呆れたように俺を見る。


「なに?」

「……あんた、本当に分かってないのね」

「何が?」

「なんでもない」


最近それをよく言われる。

その時。


ぽふっ。


ルミナスの房が俺の顔を覆った。


「んぐっ!?」


鼻と口が塞がれる。


「ルミナス!?」


チャピが声を上げた。

俺は慌てて房を剥がす。


「何するんだ!」


ルミナスがぶんぶんと柄を振った。


「……もう寝ろってことか?」


ぴたり。

肯定らしい。


「いや、俺だって寝たいんだよ!」


もう一度、ぽふっ。


「だから鼻を塞いだら寝る前に死ぬって!」


レナが吹き出した。


「ふっ……」


俺は振り返る。


「今笑っただろ」

「笑ってない」

「笑った」

「笑ってないって」


口元が完全に笑っている。


「なんだ。やっと普通に笑ったな」

「え?」

「昨日からずっと難しい顔してただろ」


レナが固まった。


「別に……普通だったけど」

「そうか?」

「そうよ」


また顔を逸らす。

耳が少し赤い。


「まあいいけど」

「よくない!」

「どっちだよ」


チャピがじっと俺たちを見ていた。


「……キョーくん」

「何だ?」

「レナにはよく気づくんだね」

「何が?」

「なんでもない!」


今度はチャピまで顔を逸らした。


「なんなんだよ……」


ノアが肩を震わせている。


「お前、笑ってるだろ」

「いいえ」

「絶対笑ってる」

「大変興味深い朝だと思っているだけです」

「楽しんでるじゃねえか!」


ノアが口元を隠す。

否定する気はないらしい。


ふと見ると、レナまで笑っていた。


「お前も笑うなよ」

「だって……」


レナは顔を背ける。


「こんなの見たら笑うでしょ」

「俺は被害者なんだが」

「はいはい」


全然信じてない。


「キョーくん」


今度はチャピが俺の腕を引く。


「なに?」

「今日はちゃんと休むんでしょ?」

「そのつもりだったんだけどな」


ちらりと三人を見る。

朝から全然休めていない。


ぽふっ。


ルミナスの房が俺の額に乗った。


「……分かったよ。寝るよ」


柄が一度だけ揺れる。

完全に保護者だ。

俺は枕へ身体を沈めた。

昨日は飛行船が落ちかけた。

今日は朝から女三人に囲まれて騒がれている。

どっちが疲れるかと聞かれたら。

少し悩む。


俺は布団を頭までかぶった。

せめて今日くらい。

平和に休ませてほしい。

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