#77-32「揺らぐ王都、広がる不信」
――翌朝。
俺たちは再び、王都の商業区を訪れていた。
昨日送り出した救援物資が、ちゃんと各地へ向かっているか確認するためだ。
……しかし。
「……あれ?」
倉庫の前に、見覚えのある荷車が止まっていた。
荷台には、大量の木箱が積まれている。
「なあ、リュカ」
「何?」
「あれ、昨日出発した荷車じゃないか?」
リュカが荷車へ目を向けた。
「……本当だ」
……おいおい。
まさか。
「おーい! 何かあったのか!」
近くにいた商人へ声をかけると、男は困った顔で振り返った。
「ああ、昨日の荷物かい? 途中で引き返してきたんだよ」
「……何で?」
「東の街道で、新しい地割れが見つかったんだ」
……は?
「地割れ?」
「ああ。車輪が通れないほど道が割れちまってな。安全な迂回路が見つかるまで、通行止めだそうだ」
「それで、荷物を持って帰ってきたのか?」
「そういうことだ」
男は大きくため息をついた。
「せっかく届け先が決まったのに、今度は道が使えねえんだ」
……参ったな。
昨日は荷物の行き先が決まらなかった。
今日は行き先が決まったのに、道が通れない。
一体どうなってるんだよ。
そのときだった。
「おい! あの荷物、また戻ってきたぞ!」
倉庫の外から、大きな声が聞こえた。
振り返ると、何人もの住民が集まっていた。
「どういうことだ!?」
「食料が足りないっていうのに、まだ荷物を動かしてるのか!」
「王都の物資を、どこへ持っていくつもりなんだ!」
何だ?
「いや、あれは東部への救援物資だぞ?」
俺が説明すると、一人の男がこちらを向いた。
「東部だと?」
「ああ。第三砦で大きな崩落があっただろ? その救援用の医療品なんだ」
「また東部か!」
……え?
「新しい王様は東部の出身だろう!」
「自分の故郷ばかり優先してるんじゃないのか!」
「俺たちの食料はどうなるんだよ!」
……おいおい。
何言ってるんだ?
「待てって! あれは薬だぞ! 食料じゃない!」
「だったら王都には、どれだけ食料が残ってるんだ!」
「それを教えろ!」
……何だよ。
話が噛み合わねえ。
昨日までは、商人同士が揉めていただけだった。
それが今度は、街の人たちまで……。
「皆さん! 少し落ち着いてください!」
蓮が前へ出た。
だが――。
「何だ、あんたは!」
「こっちは生活がかかってるんだ!」
「部外者は黙ってろ!」
……おい。
さすがにそれはないだろ。
「お前らなあ!」
「待て、キョウマ」
後ろから声が聞こえた。
振り返ると、レオンが立っていた。
「レオン!」
「状況は聞いた」
レオンは集まった住民たちへ目を向けた。
「皆、聞いてほしい」
その声に、周囲が少し静かになった。
「現在、東部へ向かう街道で新たな地割れが確認されている。救援物資の一部は、輸送を中断して戻ってきた」
……。
「だが、物資の配分を変更したわけではない。王都への食料供給も継続している」
「じゃあ、どうしてパンの値段が下がらないんだ!」
「南部の農地では、今も十分な収穫ができない。そのため、食料の供給量そのものが不足している」
「だったら何とかしてくれよ!」
「そのために、各地の輸送路を確保し、必要な物資を調達している」
……。
レオンは落ち着いて説明していた。
言っていることも、間違っていない。
……でも。
「いつになったら良くなるんだ!」
「王様になったんだろう!」
「何とかしてくれるんじゃなかったのか!」
……。
住民たちの声は、なかなか収まらなかった。
レオンは一度、口を閉じた。
そして――。
「……すまない」
静かに頭を下げた。
……え?
「現在の状況を、すぐに改善できるとは約束できない」
「…………」
「だが、救援物資の輸送も、食料の確保も、決して止めるつもりはない」
レオンは住民たちを見渡した。
「今できることから進めていく。それだけは約束する」
……。
しばらく沈黙が続いた。
だが。
「……結局、いつまで待てばいいんだよ」
誰かが小さく呟いた。
……。
その声に、誰も答えられなかった。
――しばらくして。
住民たちが少しずつ散っていったあと、俺たちは倉庫の中へ戻った。
「……参ったな」
「皆、相当不安なんだね」
「ああ。でも、レオンはちゃんと説明してたのにな」
「……うん」
……。
間違ったことをしているわけじゃない。
それなのに、納得してもらえない。
……難しいな。
「キョウマ」
レオンが近づいてきた。
「何だ?」
「先ほどは助かった」
「……いや、俺は何もしてないぞ?」
「住民たちへ事情を説明しようとしてくれただろう」
「……まあな」
俺は頭を掻いた。
「でも、全然聞いてもらえなかったな」
「……そうだな」
レオンが小さく息を吐いた。
……。
国王になってから、こいつの疲れた顔を見ることが増えたな。
「なあ、レオン」
「何だ?」
「……大丈夫か?」
レオンがこちらを向いた。
「私のことか?」
「ああ。第三砦のこともあるし、今度は王都の住民まで怒ってるだろ?」
「……心配してくれているのか?」
「当たり前だろ!」
……。
レオンは少し驚いたような顔をした。
そして、小さく笑った。
「……ありがとう」
「何だよ。そんなに珍しいか?」
「いや。お前らしいと思ってな」
……それ、どういう意味だよ。
そのときだった。
「陛下」
会頭が、数人の商人を連れてやってきた。
「お話は伺いました。住民の皆様も、相当ご不安なのでしょう」
「……ああ」
「私どもとしても、できる限り物資の確保に努めます」
「助かる」
「ただ、恐れながら申し上げます」
「何だ?」
「人々が不安を抱くのは、目の前の暮らしが脅かされているからでございます」
……。
「どれほど正しい説明をしても、明日の食事に困っている者にとっては、なかなか安心できるものではございません」
……。
何だか、妙に納得できる話だな。
レオンも静かに頷いた。
「……そのとおりだろう」
「ですから、私ども商人も協力し、まずは王都の住民へ安定して食料を届けることが必要かと」
「分かった。配給所の状況を確認し、必要な支援を進めよう」
「ありがとうございます」
会頭が穏やかに微笑んだ。
……。
本当に、皆が頑張ってるんだよな。
それでも、問題は増えるばかりだ。
――その日の午後。
俺たちは倉庫で、再び荷物の整理を手伝っていた。
東部へ向かう荷車は、迂回路の確認が終わるまで待機。
南部への水と食料は、予定どおり出発。
北部への復旧資材も、順番に積み込まれている。
……よし。
少しずつだけど、何とか動いてるな。
「蓮! そっちの荷物、積み終わったか!」
「はい! こちらは完了しました!」
「ノア! 次の木箱を頼む!」
「かしこまりました!」
ノアが嬉しそうに木箱を持ち上げる。
……。
「キョウマ様!」
「何だ?」
「皆様、何だか暗い顔をされていますね!」
「……まあな」
「でしたら、わたしが盛大な余興を披露して、元気づけて差し上げましょうか!」
「……余興?」
「はい! 倉庫一帯を舞台に、華麗なる――」
「火とか爆発とかは無しだぞ!」
「……まだ何も申し上げておりませんのに」
「お前の場合、先に言っとかないと怖いんだよ!」
……ったく。
こんなときでも、ノアはいつもどおりだな。
「……ふふっ」
隣でチャピが小さく笑った。
……お。
久しぶりに笑ったな。
何だか、少しだけ気が楽になった。
そんなことを考えていた、そのときだった。
……ゴゴッ。
「……ん?」
足元から、小さな振動が伝わってきた。
……何だ?
「キョーくん?」
「……今、揺れなかったか?」
「え?」
チャピが首を傾げた。
その直後――。
ゴゴゴゴゴ……!!
「うおっ!?」
足元が大きく揺れた。
「地震だ!!」
誰かが叫んだ。
ガタガタガタッ!!
倉庫に積まれた木箱が激しく揺れる。
「おい! 皆、荷物から離れろ!!」
俺は思わず叫んだ。
「蓮! 人を外へ誘導してくれ!」
「はい!」
「ノア! 倒れそうな荷物に近づくな!」
「かしこまりました!」
……まずい!
かなり大きいぞ、これ!
ゴゴゴゴゴ!!
地面が揺れ続ける。
建物の壁から、細かな砂が落ちてきた。
「キョーくん!」
チャピが俺の腕を掴んだ。
「外へ出よう!」
「ああ!」
俺たちは急いで倉庫から離れた。
……しかし。
外に出た、その瞬間だった。
バキッ!!
「……え?」
目の前の石畳に、亀裂が走った。
「お、おい……」
細い亀裂が、みるみる広がっていく。
「危ない! 下がれ!!」
俺が叫ぶと、近くにいた住民たちが慌てて後ずさった。
だが――。
「きゃああっ!!」
小さな女の子が転んだ。
そのすぐ横を、亀裂が走っていく。
「……っ! 蓮!!」
「はいっ!!」
蓮が駆け出した。
そして、地面が崩れる寸前――。
「……間に合った!」
女の子を抱き上げ、そのまま大きく跳び退いた。
直後。
バキバキバキッ!!
石畳の一部が崩れ落ちた。
……。
「……おいおい」
俺は思わず呟いた。
……何だよ、これ。
東部だけじゃない。
北部だけでもない。
……王都まで?
やがて揺れが収まった。
周囲には、倒れた荷車や散乱した木箱が転がっている。
商人たちは呆然と立ち尽くしていた。
「……何だ、今のは」
「王都で、こんな地割れが……」
「……どうなってるんだよ」
……。
俺は足元を見つめた。
石畳に走った亀裂。
その奥には、暗い地面が見えている。
……まさか。
「負傷者を確認しろ! 建物の安全が確認できるまで、倉庫への立ち入りは禁止だ!」
振り返ると、レオンが兵士たちへ指示を出していた。
「はっ!」
「周辺の道路も調査しろ! 亀裂が広がっている場所には近づくな!」
「了解しました!」
……。
相変わらず判断が早い。
でも。
俺は、もう一度地面を見た。
……何なんだよ。
今まで、地割れなんて遠くの話だった。
北部の鉱山。東部の砦。
それが今、俺たちの足元で起きている。
「……キョウマ」
リュカが、険しい表情で近づいてきた。
「……どうした?」
「王都の別の場所でも、揺れが確認されたみたい」
「……何?」
「商業区だけじゃない。中央区の方からも報告が来てる」
……。
おいおい。
そんな広い範囲で?
そのとき――。
カン! カン! カン!
遠くから、鐘の音が響き始めた。
……ん?
あの鐘。
王城の方か?
レオンも顔を上げた。
「……緊急警報か」
俺は王城のある方角を見つめた。
高い城壁。
その奥にそびえる、巨大な王城。
……あそこも、揺れたのか?
そのとき、背後から住民の声が聞こえた。
「……王様が決まったばかりなのに」
「何で、こんなことになるんだ……」
誰も答えられなかった。
俺は、足元の亀裂を見つめた。
昨日まで、こんなものはなかった。
それなのに。
……直しても、直しても。
次から次へと壊れていく。




