#77-31「届かない物資、揺らぐ協力」
――それから三日が過ぎた。
王都には、各地から次々と報告が届いていた。
だが――。
「……うーん」
俺は机の上に並べられた地図を見つめていた。
北部ドルガン。
東部ザルガード。
南部ラグナード。
西部メルヴァナ。
それぞれの異変が確認された場所に、印がつけられている。
「……何か分かった?」
チャピが隣から覗き込んできた。
「いや、さっぱりだ」
「ええっ!?」
「だってさ、発生した時期も場所もバラバラなんだよ」
北部では鉱山の崩落。
東部では地割れ。
南部では井戸の濁り。
西部では街道の損壊。
……どれも違う。
「同じ原因なら、何か共通点があると思ったんだけどな」
「……そうだね」
「まあ、まだ全部の報告が揃ったわけじゃないしな」
俺は腕を組んだ。
……しかし。
どうにも引っかかる。
北部で崩落が起きた場所も、東部で地割れが発生した場所も、最初からあんな状態だったわけじゃない。
南部の井戸だって、以前は綺麗な水が出ていた。
……。
何かが変わったんだ。
でも、何が?
「……キョーくん」
「ん?」
「難しい顔してるよ?」
「そりゃ難しいこと考えてるからな!」
「……珍しいね」
「おい!」
……ったく。
少しは感心してくれよ。
そのときだった。
「キョウマ!」
振り返ると、レオンが会議室へ入ってきた。
「どうした?」
「物資の配分について、商会の代表者たちと協議することになった」
「物資?」
「ああ。各地で被害が広がり、救援物資の要請が増えている」
……なるほど。
「だが、輸送できる量には限りがある」
「……そうだよな」
「お前にも参加してもらいたい」
「俺が?」
「ああ。王都の倉庫で、物資の整理を手伝っていただろう?」
「まあな」
「現場の状況を知っている者の意見も必要だ」
それなら俺にも分かることがあるかもしれないな。
「よし! 行こう!」
――しばらくして。
俺たちは王都の商業区へ向かった。
以前、倉庫の整理を手伝った場所だ。
だが、そこには再び多くの荷車が集まっていた。
「……あれ?」
思わず声が出た。
「また混んでるじゃないか」
「うん。前より荷車が増えてるね」
チャピも驚いたように周囲を見渡している。
……おいおい。
せっかく整理したのに、また元どおりか?
倉庫の前では、商人たちが言い争っていた。
「だから! その薬は東部の救援部隊に必要なんだ!」
「こちらだって南部の住民へ水を届けなければならん!」
「北部の鉱山にも資材を送らなければ復旧が進まんぞ!」
……。
何だ何だ?
随分と揉めてるな。
レオンが近づくと、商人たちは慌てて姿勢を正した。
「へ、陛下!」
「状況を説明してくれ」
一人の商人が前に出た。
「各地からの要請が重なり、輸送する物資の配分が決まらないのです」
「配分?」
「はい。倉庫には物資がございますが、どの地域へ優先的に送るかで意見が分かれておりまして……」
……ん?
「ちょっと待て」
俺は思わず口を挟んだ。
「荷物はあるのか?」
「ええ。すべてではありませんが、現在確保できている物資はございます」
「だったら運べばいいじゃないか」
「それが……」
商人が困った顔をした。
「どの地域も、自分たちへの配送を優先してほしいと求めているのです」
……。
おいおい。
何だよ、それ。
「つまり、届け先が決まらないから止まってるのか?」
「……はい」
……またかよ。
今度は倉庫の中じゃなくて、荷物の行き先が詰まってるのか。
「キョウマ様」
背後から、穏やかな声が聞こえた。
振り返ると、大商会の会頭が立っていた。
「会頭!」
「お越しいただけるとは、心強い限りでございます」
「いや、それより大変そうだな」
「ええ。各地域からの要請が増えておりまして」
会頭は困ったように微笑んだ。
「皆様、それぞれに事情を抱えておられますから」
「……そうだよな」
「私どもとしても、できる限り公平に物資をお届けしたいのですが……」
会頭は周囲の商人たちへ視線を向けた。
「何を優先すべきか、判断が難しいのでございます」
……。
確かに。
東部には負傷者がいる。
南部では飲み水が不足している。
北部では復旧資材が必要だ。
……全部、大事じゃないか。
「レオン、どうするんだ?」
「ああ。まずは各地域からの要請を整理する」
レオンは商人たちへ向き直った。
「現在確保できている物資と、その数量を確認したい。それから、各地域の緊急性を比較して配分を決める」
「しかし、陛下!」
一人の商人が声を上げた。
「我々にも契約がございます! すでに販売先が決まっている商品を、勝手に別の地域へ送るわけにはまいりません!」
「それは承知している。契約を無視するつもりはない」
「ですが、このままでは――」
「必要な物資については、行政が各商会と調整し、正式に買い上げることも検討する」
……。
なるほど。
王様って大変だな。
助けたいからって、勝手に商品を持っていくわけにもいかないのか。
すると、別の商人が口を開いた。
「しかし、北部へ資材を回せば、王都の建物の修理が遅れますぞ!」
「東部への医療品が優先だろう!」
「南部の住民はどうなるんだ!」
……。
また始まった。
俺は思わず頭を掻いた。
「……なあ」
誰も聞いていない。
「おーい!」
それでも議論は収まらない。
……おいおい。
「ちょっと待てって!!」
思わず声を張り上げた。
商人たちが一斉にこちらを向いた。
……。
やっと静かになったな。
「……何でしょうか?」
「いや、皆が困ってるのは分かるんだけどさ」
俺は並んでいる荷車を指差した。
「こうして言い争ってる間にも、荷物が止まってるんだろ?」
「……それは」
「だったら、まず絶対に必要なものから決めようぜ」
「絶対に必要なもの?」
「ああ。例えば、今すぐ薬がなければ死んじまう人がいるなら、そっちを先に届けないとまずいだろ?」
商人たちが黙った。
「南部の飲み水だって同じだ。今必要なものと、少し待てるものを分ければいいんじゃないか?」
……。
「それに、全部を一度に運べないなら、順番に運ぶしかないだろ?」
レオンが静かに頷いた。
「……そうだな」
そして、商人たちへ向き直った。
「まずは各地域の緊急性を確認する。人命に関わる物資を優先し、それ以外については輸送能力と復旧状況を考慮して配分する」
「……承知いたしました」
会頭が深く頭を下げた。
「それでは、私どもも各商会の在庫を改めて確認いたします」
「頼む」
「ただ……」
会頭が一瞬、言葉を止めた。
「すべての地域の要望を満たすことは、難しいかもしれません」
「……分かっている」
レオンが答えた。
「だからこそ、配分の理由も明らかにする。誰か一人の都合で決めるわけにはいかん」
「……なるほど。承知いたしました」
会頭が穏やかに微笑んだ。
……よし。
これで少しは進むかな。
――それから数時間後。
倉庫では、職員たちが帳簿を確認しながら物資を分けていた。
医療品。飲料水。食料。復旧資材。
それぞれの行き先が決まり、荷車への積み込みが始まっている。
「ようやく動いたな!」
「うん!」
チャピが嬉しそうに頷いた。
……しかし。
倉庫の外では、まだ何人もの商人が話し合っていた。
「東部への輸送ばかり優先していないか?」
「我々だって損失が出ているんだぞ」
「王都の備蓄まで減らして、本当に大丈夫なのか?」
……。
何だよ。
まだ納得してない奴がいるのか。
俺は少し離れた場所で、その話を聞いていた。
……でも。
確かに、気持ちは分からなくもない。
自分の街が困っている。自分の家族がいる。自分の商売だって守らないといけない。
……。
皆、それぞれ大事なものがあるんだよな。
「キョーくん」
「ん?」
「どうしたの?」
チャピが隣へやってきた。
「……いや」
俺は倉庫を振り返った。
「前に来たときはさ、木箱が邪魔で荷物を運べなかっただろ?」
「うん」
「だから整理した。そしたら動くようになった」
「そうだったね」
「でも、今回は違うんだよな」
「……違う?」
「ああ」
俺は倉庫の外にいる商人たちを見た。
「荷物は整理されてる。道も、通れるところはある。それなのに、誰が先に受け取るかで揉めてるんだ」
……。
「こういうのって、どうすりゃいいんだろうな」
チャピは少し考え込んだ。
「……難しいね」
「だよな」
……。
掃除なら、汚れている場所が分かる。
設備なら、壊れた部分を調べられる。
でも――。
人間の考えていることなんて、簡単には分からない。
「でも、皆が自分の大事なものを守りたいって思うのは、悪いことじゃないよね?」
「……ああ」
そうだな。
それ自体は悪いことじゃない。
……でも。
そのせいで、誰かが困ることもある。
……厄介だな。
そのときだった。
「キョウマ様」
振り返ると、会頭がこちらへ歩いてきた。
「お疲れ様でございました」
「おお、会頭! そっちも大変だったな!」
「いえいえ。皆様のお力添えがあってこそでございます」
会頭は倉庫を見渡した。
「ですが、今後も物資の不足は続くでしょう」
「……そうだな」
「そのようなとき、人々が自分の暮らしを守ろうとするのは、避けられないことなのかもしれません」
「まあ、そうだよな」
「商人も、農民も、兵士も。皆、それぞれに守るべきものがございますから」
会頭が静かに微笑んだ。
「それでも、協力し合えることを願っております」
「……ああ!」
俺は大きく頷いた。
「皆で協力すれば、何とかなるだろ!」
「……ええ、私も、そう願っております」
……。
そのあと、会頭は別の商人に呼ばれ、倉庫の奥へ歩いていった。
俺はその背中を見送った。
……本当に、いろんな人が頑張ってるんだな。
――その日の夕方。
最初の救援物資を積んだ荷車が、王都の門へ向かって出発した。
俺はその様子を眺めていた。
……よし。
今日も少しは役に立てたかな。
だが、すぐ横では別の荷車が止まったままだった。
荷主らしい男が、職員に何かを訴えている。
「だから! そっちへ回すなら、うちの分はどうなるんだ!」
「順番に確認しておりますので!」
「いつまで待てばいいんだ!」
……。
俺は小さく息を吐いた。
……またか。
一台動けば、別の一台が止まる。
誰かを優先すれば、別の誰かが不満を抱く。
……ガンツ。
お前なら、こんなとき何て言うんだろうな。
俺は背中のルミナスを握り直した。
『壊れたら直す。通れなきゃ通れるようにする。それだけだ』
……ああ。
そうだったな。
でもさ……ガンツ。
今回ばかりは、ちょっと難しいぞ。
俺はもう一度、止まった荷車を見つめた。
……道は直せても、人の気持ちまでは直せないんだよな。




