#77-30「繋がり始める、異変」
第三砦を離れたのは、翌朝だった。
崩れた城壁の周囲では、今も工兵たちが復旧作業を続けている。
その中に、もうガンツの姿はない。
「……行くか」
俺は小さく呟いた。
ばふっ……。
ルミナスが静かに揺れた。
……ああ。
いつまでも立ち止まってるわけにはいかないよな。
俺たちは砂走車に乗り込んだ。
――それから。
ザルガードで一泊し、さらに王都へ向かった。
車内では、誰もあまり口を開かなかった。
レオンは何度も報告書に目を通している。
リュカも窓の外を見つめたままだ。
……。
俺は背中のルミナスを握り直した。
ガンツ。
……お前が言ってたこと、忘れないからな。
――王都ヴァルグラン。
城門をくぐると、以前と変わらない街並みが広がっていた。
市場には買い物客が行き交い、荷車が大通りを進んでいる。
……平和だな。
少なくとも、ここだけ見れば。
「キョーくん」
「ん?」
「……大丈夫?」
チャピが隣から顔を覗き込んできた。
「……何が?」
「……ううん。何でもない」
……何だよ。
まあ、いいか。
「よし! まずはレオンについていくぞ!」
「うん!」
俺たちは王城へ向かった。
――その日の午後。
王城の会議室には、各地域から届いた報告書が並べられていた。
レオンのほかにも、王都の役人や軍人たちが集まっている。
そして――。
「おや、キョウマ様」
「会頭!」
以前、倉庫で世話になった大商会の会頭も来ていた。
「第三砦の件は伺っております。大変なことになりましたね」
「ああ……知り合いも一人、亡くなっちまった」
「……それは、お悔やみ申し上げます」
会頭が静かに頭を下げた。
「……ありがとな」
俺も小さく頭を下げた。
……さて。
今は、やるべきことをやらないとな。
レオンが席に着くと、会議が始まった。
「まずは、各地域の現状を確認したい」
レオンの言葉に、一人の文官が立ち上がった。
「北部ドルガンからの報告です」
机の上に、一枚の地図が広げられる。
「鉱山の崩落箇所では、現在も復旧作業が続いております。しかし、地下で小規模な揺れが確認されており、一部の坑道は立ち入りが制限されています」
……北部か。
あそこも大変だったな。
「続いて、南部ラグナードです」
別の報告書が置かれた。
「飲料水の供給は続けられておりますが、井戸の濁りは依然として解消しておりません。農地の被害も続いております」
「……やっぱりか」
俺は思わず呟いた。
あの水路。あの井戸。
何度も調べたのに、結局原因は分からなかったんだよな。
「そして、東部ザルガード」
文官の表情が険しくなった。
「第三砦の崩落に加え、複数の街道で新たな地割れが発生しております。現在、各地の守備隊が住民の避難と道路の確認を進めています」
……何だよ。
どこも良くなってないじゃないか。
「西部メルヴァナについては?」
レオンが尋ねた。
「現在、詳細な報告を求めております」
「分かった。到着次第、私に届けてくれ」
「承知いたしました」
……。
会議室に沈黙が流れた。
やがて、一人の代表者が口を開いた。
「陛下。各地域の復旧を同時に進めるとなれば、相当な物資と人員が必要になります」
「承知している」
「しかし、南部では食料不足が続き、北部では鉱山の稼働が制限されております。資材の確保も容易ではありません」
「……そうか」
別の代表者が続けた。
「まずは王都への食料供給を優先すべきでは?」
「いや、第三砦の防衛線を放置するわけにはいかん!」
「北部の鉱山が止まれば、資材の供給にも影響が出ますぞ!」
……おいおい。
何だか揉め始めたぞ。
レオンが手を上げた。
「皆の懸念は理解している。だが、各地域が必要な物資を奪い合うような事態は避けねばならん」
「では、どのように?」
「まずは備蓄と輸送能力を確認する。そのうえで、各地の被害状況に応じて配分したい」
……なるほど。
でも、それって相当大変そうだな。
そのとき、会頭が静かに口を開いた。
「陛下。よろしければ、私ども商人にもお手伝いさせていただけませんでしょうか」
「……会頭?」
「各商会の在庫や輸送経路を確認し、必要な物資を効率よく届ける仕組みを整えたいと考えております」
「それは助かる」
「ただし、一社だけに負担を集中させるわけにはいかん。各商会と行政が協力する形にしたい」
「もちろんでございます」
会頭が穏やかに微笑んだ。
「私どもも、皆様のお役に立てるのであれば幸いです」
こういうときに商人が協力してくれるのは助かる。
……しかし。
何だろうな。
何か、引っかかる。
俺は机の上に広げられた地図へ目を落とした。
北部。東部。南部。
それぞれの場所に、被害を示す印がつけられている。
「なあ、レオン」
「どうした?」
「ちょっと聞いていいか?」
「ああ」
「これってさ、いつから起きてるんだ?」
「……何が?」
「いや、地割れとか、水が濁ったりとか。最初に異常が出たのは、いつなんだ?」
レオンが地図へ目を向けた。
「……各地域から報告は届いているが、発生時期まで詳しく整理したものはないな」
「……そうなのか」
……うーん。
「だったら、そこから調べてみないか?」
「……どういうことだ?」
「いや、設備が壊れたときってさ、いつからおかしくなったのか調べるんだよ」
「……ほう」
「例えば、水が出なくなったなら、昨日までは出てたのか、それとも一週間前から水量が減ってたのか。それだけでも調べる場所が変わるだろ?」
「……なるほど」
「それに、何か作業した直後からおかしくなったなら、その作業が原因かもしれないしな」
俺は地図を指差した。
「今回も同じじゃないか?」
……。
「北部の地割れが先なのか、南部の水が濁ったのが先なのか。そういうのを調べたら、何か分かるかもしれないだろ?」
会議室が静かになった。
……あれ?また変なこと言ったか?
「……キョウマ」
レオンが口を開いた。
「確かに、発生時期を比較する必要はあるな」
「だろ?」
「それぞれの異常を個別に調べていたが、時系列で整理すれば共通点が見つかる可能性がある」
「おお! そういうこと!」
……いや。
正直、そこまで難しいこと考えてないけどな。
俺はただ、故障の原因を調べるときの話をしただけだ。
「各地域の担当者に連絡しろ」
レオンが文官へ指示を出した。
「異常が最初に確認された日、発生場所、被害の内容、実施した応急措置。それぞれを整理して報告するよう伝えてくれ」
「承知いたしました!」
文官が急いで書き留める。
……よし。
これなら少しは前に進めるかもしれない。
「キョーくん」
「……何だ?」
「やっぱり、キョーくんって掃除のことになると頭が回るよね」
「掃除だけじゃないぞ! 設備管理もだ!」
「はいはい」
……おい。
何だその反応。
すると、レオンが小さく笑った。
「キョウマ。お前の経験は、やはり役に立つな」
「いや、まだ何も分かってないぞ?」
「ああ。だが、原因を調べる方法は一つではないということだ」
……。
そうだな。
今まで、目の前の故障ばかり見てたんだ。
でも、壊れた場所だけ見ても、原因が分からないことはある
水が漏れている場所と、実際に配管が破れている場所が違うことだってある。
……。
「……レオン」
「何だ?」
「各地の異変ってさ」
俺はもう一度、地図を見た。
「……もしかしたら、俺たちが見てる場所とは違うところに、原因があるのかもしれないな」
レオンは少し考え込んだ。
「……その可能性も含めて調査しよう」
「ああ!」
……よし。
少しだけ、やることが見えてきたぞ。
そのときだった。
バタンッ!!
会議室の扉が勢いよく開いた。
「陛下!!」
兵士が駆け込んできた。
「どうした?」
「西部メルヴァナから、緊急の報告が届きました!」
……西部?
「内容は?」
兵士は息を整えると、報告書を差し出した。
「交易街道の複数箇所で、地面に亀裂が発生しているとのことです!」
……。
「……何だって?」
思わず声が漏れた。
また地割れかよ。
「被害は?」
「現在、現地で調査が進められております! ただし、一部の街道では荷車の通行が制限されているそうです!」
レオンが険しい顔で報告書へ目を落とした。
「……西部でも、か」
……。
北部、東部、南部。
そして、西部。
俺は地図を見つめた。
今まで、別々の場所で起きていると思っていた異変。
だけど――。
「……おいおい」
俺は小さく呟いた。
「……これ、大陸全部じゃないか?」
誰も答えなかった。
ただ、机の上の地図には――。
各地で確認された異変の印が、いくつも並んでいた。




