#77-29「救えなかった、命」
しばらく、動けなかった。
目の前には、担架に横たわるガンツがいる。
さっきまで笑っていた。
一緒に瓦礫を動かして、兵士を助けていた。
それなのに……。
「……キョウマ」
レオンが静かに声をかけてきた。
「……何だよ」
「…………」
レオンは何も言わなかった。
ただ、ガンツの前に膝をつき、その顔を見つめていた。
「……ガンツ……お前には、何度も助けられたな」
……。
「第三砦の補給路も、お前たち工兵隊がいなければ復旧できなかった」
レオンは静かに頭を下げた。
「……よく務めてくれた」
周囲にいた兵士たちが、一斉に姿勢を正した。
そして、ガンツへ向かって敬礼する。
……。
俺は、ただ見ていることしかできなかった。
「……なあ、レオン」
「何だ?」
「……俺さ」
言葉が出てこない。
……何を言えばいいんだ?
「……もう少し早く手を伸ばしてたら、助けられたのかな」
「…………」
「ルミナスを使えば、何とかなったのかな」
俺は手元のモップへ目を落とした。
ばふっ……。
ルミナスが、小さくふさを揺らした。
……。
「……分からない」
レオンが答えた。
「だが、あの状況でお前ができることをしていたのは、私も報告を受けている」
「……そうか」
……でも。
そんなことを言われても、納得なんてできない。
俺はガンツを見つめた。
……何でだよ。
あんなに元気だったじゃないか。
また一緒に仕事するって言ってただろ。
……。
そのときだった。
「……あの」
背後から、かすかな声が聞こえた。
振り返ると、若い兵士が立っていた。
片足には包帯が巻かれ、別の兵士に肩を借りている。
……あ。
あのとき、最後に助けた兵士だ。
「……お前、無事だったのか」
「はい……」
若い兵士が頭を下げた。
「助けていただいて、ありがとうございました」
「……ああ」
「ガンツ隊長が……自分を助けるために……」
兵士の声が震えた。
「……申し訳ありません……」
……。
「……おい」
俺は兵士を見た。
「お前が謝ることじゃないだろ」
「……ですが……」
「ガンツは、お前を助けたかったんだよ」
……。
「だから、謝るな」
若い兵士は唇を噛み、俯いた。
「……はい」
その目から、涙がこぼれ落ちた。
……。
俺だって、分かってる。
ガンツは自分で判断した。
あいつは、最後まで兵士を助けようとしていた。
……でも。
だからって、簡単に納得できるかよ。
――それから。
ガンツの遺体は、他の犠牲者たちと共に安置所へ運ばれていった。
救助活動は、今も続いている。
崩れた兵舎。倒壊した城壁。
その下には、まだ見つかっていない人たちがいる。
……。
「キョーくん」
チャピが隣に立った。
「……少し休もう?」
「……いや」
俺は首を振った。
「まだ、やることがある」
「でも……」
「……分かってる」
……だけど。
何もしていないと、あいつの顔が浮かんでくるんだよ。
「……ルミナス」
ばふっ。
「……行くぞ」
俺はモップを担ぎ直した。
……。
チャピは何も言わず、俺の後についてきた。
――その日の夜。
救助活動は一時中断された。
地盤の状態が安定せず、夜間の作業を続けるのは危険だと判断されたからだ。
俺たちは、砦の外に設けられた仮設の休憩所にいた。
周囲では兵士たちが食事を取っている。
だが、誰も大きな声を出さなかった。
……静かだな。
俺は配られたスープに目を落とした。
……腹、減ってたはずなんだけどな。
「キョウマ様」
ノアが隣に座った。
「……どうした?」
「本日は、たくさんの方々をお救いになられましたね」
「……ああ」
「皆様、キョウマ様に感謝しておられました」
「……でもさ」
俺はスープの器を見つめた。
「ガンツは助けられなかった」
「…………」
「……何人助けたって、あいつが死んだことは変わらないんだよな」
ノアは黙っていた。
……。
「……俺さ、掃除が仕事だったんだよ」
「はい」
「汚れを落とせば綺麗になる。壊れたものだって、原因を調べて直せば、また使えるようになる」
俺はルミナスへ目を向けた。
「……でも、人間は違うんだな」
……。
「死んだら、もう戻ってこない」
「……キョウマ様」
「……何だ?」
「わたしには、あなたの悲しみを消すことはできません」
……。
「ですが、傍にいることはできます」
俺はノアを見た。
いつものように笑っていない。
ただ、真剣な顔でこちらを見つめている。
「……そうか」
「はい」
……。
「……ありがとな」
ノアは静かに頷いた。
――翌朝。
俺たちは再び救助現場へ向かった。
昨日よりも多くの工兵が集まり、崩落した場所の安全確認を進めている。
だが、作業は思うように進んでいなかった。
「……また亀裂か」
俺は足元を見た。
昨日まではなかった場所に、新しい亀裂が走っている。
……おいおい。
また広がってるのかよ。
「キョウマ!」
レオンが近づいてきた。
「どうした?」
「救助作業の状況を確認してきた。現在も行方不明者の捜索を続けているが、新たな崩落の危険がある」
「……そうか」
「危険区域への立ち入りを制限し、外側から救助経路を確保することにした」
「……分かった」
レオンは少し驚いたように俺を見た。
「……今日は反論しないのだな」
「何でだよ」
「いや……」
俺は崩れた兵舎を見た。
……。
「ガンツにも言われたんだよ。勝手なことはするなって」
「……そうか」
「……あいつの言うこと、ちゃんと聞かないとな」
レオンは静かに頷いた。
しばらくして、俺たちは砦の外側で資材の整理を始めた。
壊れた木材。まだ使える支柱。折れ曲がった金具。
それぞれを分けて、必要な場所へ運んでいく。
……いつもの仕事だ。
こういうのなら、俺にもできる。
「蓮! そっちの木材、使える奴だけまとめてくれ!」
「はい!」
「ノア! こっちの瓦礫を運ぶの手伝ってくれ!」
「かしこまりました!」
「チャピ! 作業員たちに水を配ってくれるか?」
「うん! 任せて!」
……。
皆が動いている。
誰も、立ち止まっていない。
俺も、止まってるわけにはいかないな。
――その日の午後。
「レオン陛下!」
一人の兵士が駆け込んできた。
「ザルガード司令部より、緊急報告です!」
「何があった?」
兵士は一枚の報告書を差し出した。
「東部各地で、新たな地割れが確認されております!」
……またか。
レオンが報告書へ目を落とした。
「……被害は?」
「街道の一部が崩落。複数の集落で建物の損壊が発生しております!」
「住民の避難は?」
「現地の部隊が進めております!」
「分かった。必要な部隊を派遣しろ。第三砦の救助に支障が出ないよう、司令部と調整するんだ」
「はっ!」
兵士が走り去っていく。
……。
「……レオン」
「ああ」
レオンは険しい表情で地図を見つめていた。
「第三砦だけではないようだ」
「……そうだな」
……何なんだよ。次から次へと。
北部の鉱山が崩れた。
東部の補給路が壊れた。
南部の水が濁った。
王都では物流が止まった。
……。
俺たちは、そのたびに何とかしようとしてきた。
そして、少しずつだけど良くなっていた。
……それなのに。
「……レオン」
「何だ?」
「……これさ」
俺は地面へ目を向けた。
「……本当に、別々の問題なのかな」
「…………」
「北部でも東部でも、地面が崩れてる。南部の水だって、原因は分からないままだろ?」
レオンは黙って俺の話を聞いていた。
「……何か、繋がってるんじゃないか?」
……。
自分でも、うまく説明できない。
ただ、どうにも気になるんだ。
一つ直しても、また別の場所で壊れる。
直したはずの場所まで、また壊れていく。
……。
これじゃ、まるで。
「……原因が、別の場所にあるみたいだな」
俺が呟くと、レオンが顔を上げた。
「……キョウマ」
「ん?」
「私も、同じことを考えていた」
……。
「だが、今は情報が足りない。各地域の調査結果を集め、共通する異常がないか確認する必要がある」
「……そうだな」
レオンは地図を見つめた。
「私は王都へ戻り、各地域の代表者を集める。これ以上被害が広がる前に、対応を進めなければならん」
「……ああ」
……。
国王になったばかりなのに、大変だな。
でも、レオンなら何とかしてくれる。
……いや。
レオン一人じゃない。
皆でやるんだったな。
「……俺も手伝うぞ」
レオンがこちらを向いた。
「キョウマ」
「何だ?」
「……ありがとう」
「……何だよ、急に」
レオンは少しだけ笑った。
「いや。お前には、助けられてばかりだと思ってな」
「……お互い様だろ」
俺は小さく笑った。
……。
そうだ。
困ったときは、お互い様。
それが、俺たちの仕事だ。
……ガンツ。
お前も、そう言ってたよな。
俺は背中のルミナスを握り直した。
ばふっ……。
……。
「……なあ、ルミナス」
小さく呟いた。
「……俺たち、ちゃんとやれてるのかな」
ルミナスは何も答えなかった。
ただ、ふさを俺の肩へそっと寄せてきた。
……。
「……そうか」
俺は遠くの第三砦を見た。
崩れた城壁。積み重なる瓦礫。
そして、今も懸命に働く工兵たち。
「……ガンツ……お前の分まで、頑張るからな」
風が吹いた。
乾いた砂が、静かに舞い上がる。
俺はそれを見つめながら、もう一度地面に目を落とした。
……どうしてなんだろうな。
俺たちは、壊れたものを直してきた。
困っている人を助けてきた。
それなのに――。
……どうして、直してもまた壊れるんだよ。




