#77-27「第三砦、大崩壊」
――翌日の夕方。
俺たちは王都の宿で、今後の予定を話し合っていた。
「さて、これからどうするかな」
「レオンさんも王様になったし、少しは落ち着くんじゃない?」
「そうだな。まあ、まだ問題は山積みだけどな」
南部の水源。
北部の鉱山。
東部の地割れ。
どれも原因は分かっていない。
……とはいえ。
新しい国王が決まったんだ。
これから各地が協力すれば、何とかなるかもしれない。
そんなことを考えていると――。
ドンドンドン!
突然、部屋の扉が激しく叩かれた。
「シライシ・キョウマ殿! いらっしゃいますか!」
「……ん? 何だ?」
扉を開けると、軍服姿の兵士が立っていた。
「レオン陛下からの緊急召集です! 至急、王城へお越しください!」
「……緊急?」
「東部ザルガードより、重大な報告が届いております!」
俺は隣にいたリュカを見た。
リュカも何かを察したのか、表情を引き締めている。
「……分かった。すぐ行く!」
――しばらくして。
俺たちは王城の会議室に集まっていた。
そこには、すでにレオンと何人もの軍人がいた。
机の上には東部の地図が広げられている。
「レオン! 何があったんだ?」
レオンがこちらを向いた。
その表情は、昨日とはまるで違っていた。
「……第三砦で、大規模な崩落が発生した」
「……え?」
一瞬、言葉の意味が分からなかった。
第三砦?
……あの、仮設橋を造った場所か?
「崩落って……また道路が壊れたのか?」
「違う」
レオンは首を振った。
「砦の地下で、大規模な地盤沈下が発生した」
……地下?
「城壁の一部が崩れ、兵舎や補給施設にも被害が及んでいる」
「……おいおい」
「現在も崩落が続いており、被害の全容は分かっていない」
……待てよ。
あそこには、大勢の兵士がいただろ。
「……人は?」
俺が尋ねると、レオンは少し黙った。
「多数の負傷者が確認されている。行方不明者もいるそうだ」
「……そうか」
胸の奥が重くなった。
この前、あんなに頑張って補給路を直したのに。
……何でだよ。
「レオン、救助は?」
「すでに現地の部隊が活動を始めている。だが、規模が大きすぎる」
レオンは地図へ目を落とした。
「東部の司令部には、工兵隊と医療部隊の増援を命じた。王都からも支援物資を送る」
……。
「私も現地へ向かう」
「おお、じゃあ俺たちも行くぞ!」
「……キョウマ」
「何だよ?」
「危険な場所だ。今も崩落が続いている」
「分かってるよ」
俺はレオンを見た。
「でもさ、瓦礫を片づけたり、道を確保したりするなら、俺にもできることがあるだろ?」
「……そうだな」
そして、小さく頷いた。
「ただし、現場では必ず指揮官の指示に従ってくれ」
「ああ、当然だ!」
やれることをやるだけだ。
――翌朝。
俺たちは救援部隊と共に、王都を出発した。
軍用の砂走車には、食料や水、医療品が積み込まれている。
さらに、倒壊した建物から人を救い出すための工具や資材も運ばれていた。
「……すごい量ですね」
蓮が荷台を見ながら呟いた。
「ああ。それだけ大変なことになってるんだろうな」
「キョウマ様!」
ノアがこちらへ駆け寄ってきた。
「わたしも、皆様の救助に尽力いたします!」
「頼むぞ!」
「はい! 邪魔な岩など、すべて粉砕して――」
「待て待て!」
「……はい?」
「下に人がいるかもしれないんだから、勝手に壊すなよ!」
「……むぅ」
何で不満そうなんだよ……まあ、いつもどおりだな。
俺は背中のルミナスを軽く叩いた。
「お前も頼むぞ、相棒!」
ばふっ!
……よし行くか。
――それから、長い移動が続いた。
ザルガードへ到着した頃には、すでに日が傾いていた。
街の様子も以前とは違っていた。
軍用車両が次々と東門へ向かい、兵士たちが慌ただしく行き交っている。
「負傷者の受け入れ準備を急げ!」
「医療班は東門へ集合!」
「第三砦からの報告はまだか!」
……。
随分と大変なことになってるな。
レオンは現地の指揮官と短く話し合うと、再び車両へ乗り込んだ。
「第三砦へ向かう。全員、準備はいいか?」
「おう!」
砂走車が動き出した。
街を抜け、荒れた大地を進んでいく。
以前通った道だ。
岩山、監視塔。そして、遠くに見える防衛線。
……あれ?
「なあ、チャピ」
「何?」
「……あの辺、前はもっと岩山がなかったか?」
チャピが窓の外へ顔を向けた。
「……本当だ」
遠くの地形が、以前とは違って見える。
崩れた岩が広い範囲に散乱し、街道の一部には新しい亀裂が走っていた。
……まさか。
こんな場所まで影響が出てるのか?
やがて車両が速度を落とした。
「……ここか」
前方には、見覚えのある仮設橋があった。
ガンツたちと一緒に造った橋だ。
橋の両側には兵士が立ち、車両を一台ずつ誘導している。
「……まだ使えてるんだな」
思わず呟いた。
あのとき、ガンツが言っていた。
『壊れたら直す。通れなきゃ通れるようにする。それだけだ』
……あいつらしい言葉だったな。
俺は橋を渡りながら、遠くに目を向けた。
その先にあるのは――。
「……おい」
思わず声が漏れた。
第三砦。
以前見た、巨大な石造りの城壁。
だが――。
「……何だよ、あれ」
城壁の一部が、なくなっていた。
いや。
なくなったんじゃない。
……崩れ落ちている。
巨大な石材が積み重なり、ところどころから土煙が上がっていた。
奥に見えていたはずの建物も、いくつか姿を消している。
……嘘だろ。
「……ひどい」
チャピが小さく呟いた。
俺も何も言えなかった。
ついこの前まで、あそこには大勢の兵士がいたんだぞ。
補給が届いて、皆喜んでいたじゃないか。
それが……。
「……到着した。全員、下車しろ!」
レオンの声が響いた。
俺たちは急いで車両を降りた。
周囲には、負傷した兵士たちが横たわっていた。
医療班が治療を続け、別の兵士たちは瓦礫の中から負傷者を運び出している。
「担架を持ってこい!」
「こっちにも負傷者だ!」
「まだ中に人がいるぞ!」
……。
怒号が飛び交う。
土埃が舞い、足元には小さな石片が散乱していた。
俺は崩れた城壁を見上げた。
……これは……想像以上だ。
「キョウマ!」
突然、聞き覚えのある声が響いた。
振り返ると――。
「……ガンツ!」
猪獣人の大男が、こちらへ歩いてきた。
作業服は土埃まみれ。
顔にも細かな傷がついている。
だが、あの威勢のいい声は健在だった。
「おう! 来てくれたのか!」
「当たり前だろ! お前、無事だったんだな!」
「ははっ! 俺を誰だと思ってやがる!」
ガンツは豪快に笑った。
……よかった。
本当によかった。
「ガンツ、状況を報告しろ」
レオンが近づいてきた。
ガンツはすぐに姿勢を正した。
「はっ! 砦の東側を中心に地盤が大きく崩落しています。現在、工兵隊と守備隊で救助活動を進めております!」
「取り残されている者は?」
「正確な人数は不明です。ただ、兵舎の一部が崩落に巻き込まれており、まだ中に人がいる可能性があります」
「……そうか」
「それと、閣下」
ガンツの表情が険しくなった。
「地盤が安定しておりません。先ほども小規模な崩落が発生しました」
……。
「つまり、また崩れるかもしれないってことか?」
「ああ。だから慎重に作業してるんだ」
ガンツが頷いた。
「無理に瓦礫を動かせば、下にいる連中まで巻き込んじまう」
……そうだよな。
ただ片づければいいって話じゃない。
「ガンツ」
「何だ?」
「俺にも手伝わせてくれ」
ガンツは一瞬驚いた顔をした。
だが、すぐに笑った。
「ははっ! そう言うと思ってたぜ!」
「おう!」
「ただし、勝手なことはするなよ! ここは俺たち工兵の現場だ!」
「分かってるって!」
「よし! なら来い!」
俺たちはガンツの後について、崩落現場へ向かった。
――しばらくして。
「……ここか」
目の前には、崩れた建物があった。
屋根は半分ほど落ち、大きな石材が折り重なっている。
その隙間から、かすかな声が聞こえた。
「……た……すけ……」
……!
「おい! 誰かいるぞ!」
俺が叫ぶと、ガンツがすぐに駆け寄ってきた。
「場所は!?」
「この下だ!」
「おい! 救助班! こっちだ!」
工兵たちが集まってくる。
ガンツは瓦礫の状態を確認し、指示を飛ばした。
「上の石をいきなり動かすな! まず支えを入れろ!」
「了解!」
「蓮!」
「はい!」
「悪いけど、あの木材を運んでくれ!」
「任せてください!」
蓮が資材置き場へ走っていく。
俺はルミナスを構えた。
「ルミナス! 細かい土埃だけ吸い取ってくれ! 大きな瓦礫には触るなよ!」
ばふっ!
ゴオオッ!
周囲の土埃が吸い込まれ、瓦礫の隙間が見え始めた。
「うおおっ!? 何だそりゃ!!」
ガンツが目を丸くした。
「おいキョウマ! そのモップ、そんなこともできるのか!?」
「おう! 便利だろ!」
「便利どころの騒ぎじゃねえだろ!!」
……何だよ。そんなに驚くことか?
「ガンツ! それより救助だろ!」
「お、おう! そうだった! よし、中が見えるぞ!」
工兵たちが慎重に石材を取り除いていく。
そして――。
「見えた! 負傷者一名!」
瓦礫の下から、一人の兵士が救い出された。
「医療班! 担架を頼む!」
兵士たちが駆け寄ってくる。
救い出された男は意識があった。
……よかった。
「キョウマ! 次だ!」
「おう!」
俺たちは、次の救助場所へ向かった。
……しかし。
どこへ行っても、瓦礫ばかりだった。
崩れた壁。
押し潰された荷車。
地面には大きな亀裂が走り、その奥が見えない場所もある。
……何なんだよ、これ。
以前、ここへ来たときは普通に歩けていたじゃないか。
それが、たった一度の崩落で……。
「キョウマ様!」
ノアが声を上げた。
「こちらにも、人の気配がございます!」
「本当か!?」
「はい! この下です!」
ガンツがすぐに工兵を呼び寄せた。
「よし! ここも確認するぞ!」
……。
俺たちは休む間もなく救助を続けた。
一人、また一人。
助け出すたびに、周囲から安堵の声が上がる。
だが――。
「……くそっ」
ガンツが悔しそうに拳を握った。
俺たちの目の前には、崩れた石材が積み重なっている。
その下から、一人の兵士が発見された。
……しかし。
もう、息をしていなかった。
「……間に合わなかったか」
ガンツが小さく呟いた。
……。
俺は何も言えなかった。
さっきまで、助けられると思っていたんだ。
瓦礫をどかせば。
道を作れば。
ルミナスで綺麗にすれば。
……でも。
それだけじゃ、駄目なんだな。
「……キョウマ……まだ、生きてる奴がいる」
「……ああ」
「そいつらを助けるぞ」
俺は顔を上げた。
「……おう!」
そのときだった。
「隊長!!」
遠くから、工兵の一人が駆け寄ってきた。
「兵舎の地下から、声が聞こえます!」
「何!?何人いる!?」
「分かりません! ですが、複数の声を確認しています!」
「場所は!?」
「東側の兵舎です! ただし、周囲の地盤に新しい亀裂が発生しています!」
ガンツの表情が険しくなった。
「……まだ崩れる可能性があるか」
「はい!」
……。
俺は遠くに見える兵舎へ目を向けた。
建物は大きく傾き、その周囲には瓦礫が散乱している。
……あんな場所に、まだ人がいるのか。
「ガンツ」
「……何だ?」
「行こうぜ」
ガンツがこちらを向いた。
俺は背中のルミナスを握り直した。
「まだ助けられる奴がいるんだろ?」
……。
ガンツは少しだけ笑った。
「ああ。そうだな」
そして、工兵たちへ振り返った。
「よし! 救助班、準備しろ! まず周囲の安全を確認するぞ!」
「了解!」
兵士たちが一斉に動き出す。
俺もその後を追った。
……大丈夫だ。
ガンツがいる。
レオンもいる。
皆で協力すれば、きっと何とかなる。
……そうだよな。
そう思いながら、俺たちは崩れた兵舎へ向かった。
その足元で――。
……ミシッ。
小さく、地面が軋む音がした。




