#77-26「三つ目の印、新たな国王」
会議室では、代表者たちの議論が続いていた。
「レオン殿の功績については異論ありません。しかし、王都の印を託すとなれば、慎重にならざるを得ません」
「確かに。北部ドルガンのガルド殿も、鉱山の事故に尽力されたと聞く」
「他の候補者についても、改めて評価すべきでしょう」
……うーん。
やっぱり簡単には決まらないか。
俺は隣のチャピに小声で話しかけた。
「なあ、これっていつまで続くんだ?」
「分からないよ。王様を決めるんだから、時間がかかるのは当然でしょ?」
「……まあ、そうだよな」
そう言われると何も言えない。
そのとき、一人の代表者が口を開いた。
「レオン殿。一つ、お尋ねしたい」
「何でしょうか?」
「もし国王となられた場合、各地で起きている異変について、どのように対処されるおつもりですかな?」
レオンは少し考えてから答えた。
「まずは各地域の状況を正確に把握し、必要な支援を行います」
「それは現在も行われていることでは?」
「はい。しかし、各地域が個別に対処している現状では、対応にも限界があります」
レオンは代表者たちを見渡した。
「北部の鉱山、東部の補給路、南部の水源。そして王都の物流。それぞれ別の問題として扱われていますが、大陸全体に影響が及んでいることは確かです」
……。
「国王となれば、各地域の協力を得やすくなる。私はその立場を利用し、原因の調査と復旧を進めたいと考えています」
「では、すべて解決できると?」
「……それは、お約束できません」
会議室が静かになった。
「ですが、解決できないからといって、何もしないわけにはいきません」
相変わらず、はっきり言うな。
できないことは、できない。
それでも、やれることはやる。
……なんか、いいな。
「なるほど……。では、もう一つ」
「はい」
「あなたは、国王として最も必要なものは何だとお考えですかな?」
何だか難しい質問が来たぞ。
俺なら何て答えるかな。
……権力?いや、金?
うーん。
やっぱり休みか?
「キョーくん、何考えてるの?」
「いや、王様って年間休日どれくらいあるのかなって」
「今それ!?」
……だって気になるだろ。
そんな俺たちをよそに、レオンが口を開いた。
「……人を信じることだと考えています」
……ん?
「国王一人で、国のすべてを動かすことはできません。軍には軍の、商人には商人の、農民には農民の役割があります」
レオンは静かに続けた。
「それぞれの力を生かし、必要なときに協力できる国を作ること。それが国王の役目だと考えています」
……。
「そして、判断を誤ったときには、その責任を負うことです」
……すげえな。
俺だったら絶対そんなこと言えないぞ。
そんなことを考えていると、代表者の一人がこちらを向いた。
「ところで……そちらの方は?」
……ん?、何だ?
「えっと……俺か?」
「はい。先ほどからレオン殿の隣にいらっしゃいますが」
「白石恭真。清掃員だ!」
「……清掃員?」
老人が目を丸くした。
……何だよ。
清掃員が王城にいたらおかしいのか?
「今回、倉庫の整理を手伝っていただいた方です」
レオンが説明する。
「彼のおかげで、滞っていた荷物の搬出が進みました」
「ほう……」
「いや、俺は掃除しただけだぞ?」
「……掃除?」
またその反応か。
……まあ、慣れてるけど。
「では、キョウマ殿。あなたから見て、レオン殿はどのような人物ですかな?」
「レオン?」
俺は隣に座る狼獣人を見た。
……どんな奴、か。
「……真面目な奴だな」
「ほう?」
「あと、無茶なことは言わないな」
レオンがこちらを見た。
「東部でも、南部でも、困ってる奴がいたらちゃんと助けようとしてた」
……。
「でもさ、レオン一人で全部やったわけじゃないんだよ」
「……と申しますと?」
「俺たちも手伝ったし、兵士たちも働いた。商人も、街の人たちもな」
俺は少し笑った。
「だから、レオンが言ってることは間違ってないと思うぞ」
「……なるほど」
「それに――」
俺はレオンを見た。
「こいつ、自分ができないことはちゃんと認めるんだよな」
「…………」
「王様になったって、全部一人でできるわけじゃないだろ? だったら、皆でやればいいじゃないか」
「……ふむ、実に興味深いご意見です」
「いや、そんな大したこと言ってないぞ?」
「いえ。国を支えるのは、まさしくそのような人々なのでしょう」
何だか褒められたぞ。
隣でチャピが小さく笑っている。
「キョーくん、たまにはいいこと言うね」
「たまには余計だ!」
すると、会頭が静かに口を開いた。
「私も、キョウマ様のお考えには賛同いたします」
「おお、会頭!」
「私ども商人も、今回の件で多くの方々に助けられました。レオン様のご協力がなければ、輸送路の安全確保も難しかったでしょう」
会頭は代表者たちへ頭を下げた。
「王都の商人として、今回のご尽力に深く感謝申し上げます」
……。
会議室の空気が、少し変わった気がした。
――それから、さらに議論が続いた。
他の候補者の功績についても、改めて確認が行われた。
北部、南部、西部。
それぞれの地域が抱える事情も違う。
誰を王にするか。
簡単に決められる話じゃない。
……そして。
「それでは、結論を申し上げる」
進行役の老人が立ち上がった。
「王都ヴァルグランの代表者として、我々は今回の王選について協議を重ねた」
老人はレオンへ視線を向けた。
「レオン・ザルガード殿」
「はい」
「あなたのこれまでの功績、そして国王としての考えを評価し――」
……。
「王都ヴァルグランの《王都印》を、あなたに託すことを決定した!」
「……やったな! レオン!」
「キョーくん! 静かに!」
「お、おう!」
代表者の一人が、小さな箱を運んできた。
蓋が開かれる。
中には、一つの印が収められていた。
……あれが。
《王都印》。
老人が箱から印を取り出した。
「レオン・ザルガード殿。王都は、あなたを次代グランディア国王として支持する」
「……謹んで、お受けいたします」
深く頭を下げ、その手に印を受け取る。
……三つ。
《軍統印》。
《豊穣印》。
そして、《王都印》。
「五印のうち、三印が揃った」
「王選の定めに従い、ここに宣言する!」
「レオン・ザルガード殿を、次代グランディア国王として認める!」
……おおお!
本当に王様になっちまった!
周囲から拍手が起こる。
レオンはしばらく三つの印を見つめていた。
そして、ゆっくりと顔を上げた。
「……皆様の信頼に、心より感謝いたします」
静かな声だった。
「この国が抱える問題は、まだ何一つとして終わっておりません」
……。
「ですが、私は逃げません。皆様と共に、この国を守っていきたいと思います」
再び拍手が起こった。
……いいな。
こういうの。
何だか、俺まで嬉しくなるぞ。
――会議が終わったあと。
俺たちは王城の廊下を歩いていた。
「いやあ、すげえな! レオン!」
「ああ。ありがとう、キョウマ」
「王様だぞ! 王様!」
「……ああ」
「何だよ、もっと喜べよ!」
「喜んではいる。だが、それ以上に責任を感じている」
「……そういうもんなのか?」
「そういうものだ」
……大変だな、王様って。
俺には絶対無理だ。
「でも、これで少しは落ち着くんじゃない?」
チャピが嬉しそうに言った。
「そうだな。各地の協力も得やすくなるだろう」
「おお! じゃあ南部の水も直せるかもしれないな!」
「ああ。原因の調査を本格的に進めたい」
……よし。
それなら俺も手伝わないとな。
「困ったら呼んでくれよ! 掃除でも修理でも、俺にできることなら何でもやるぞ!」
「……頼りにしている」
「任せとけ!」
ばふっ!
背中のルミナスも元気よく跳ねた。
「お前もやる気満々だな!」
……さて。
これで新しい王様が決まった。
北部の鉱山。
東部の補給路。
南部の水源。
そして、王都の物流。
まだ問題は山積みだけど、皆で協力すれば何とかなる。
……そうだよな。
俺たちは、少しずつでも前に進んでいる。
そう思いながら、王城の出口へ向かって歩き始めた。
――そのときだった。
……コトン。
「……ん?」
足元から、小さな音が聞こえた。
廊下の隅に置かれていた花瓶が、わずかに揺れている。
……地震か?
俺は立ち止まって床を見た。
だが、それっきり何も起こらない。
「どうしたの、キョーくん?」
「いや……今、少し揺れなかったか?」
「え? そう?」
チャピが首をかしげる。
……気のせいか?
「……まあ、いいか」
俺は再び歩き出した。
新しい国王が誕生した。
これから、この大陸も少しずつ良くなっていく。
……そう信じていた。
少なくとも、このときの俺は――。




