#77-25「王都の変化、最後の一印」
それから三日が過ぎた。
王都ヴァルグランの商業区では、倉庫前の荷車の列が短くなり、商品も順調に運び出されていた。
「随分よくなったな!」
「うん! 荷車もちゃんと動いてるね」
「やっぱり整理整頓は大事なんだよ!」
「……キョーくん、本当に嬉しそうだね」
「当たり前だろ! あれだけ散らかってた倉庫が使いやすくなったんだぞ!」
そんなやり取りをしていると、近くの倉庫から作業員が出てきた。
「キョウマさん!」
「おお、どうした?」
「先日教えていただいた荷物の分け方、他の倉庫でも試しているんですよ!」
「へえ!」
「おかげで、荷物を探す時間が随分減りました!」
「そりゃよかった!」
他の現場にも広がってるのか。
それは嬉しいな。
「でも、まだ忙しいんだろ?」
「ええ。入荷そのものが減っていますからね。それに、遅れていた荷物がまとめて届く日もありますし」
「……そうか」
やっぱり、全部解決したわけじゃないんだな。
「まあ、困ったらまた呼んでくれ!」
「ありがとうございます!」
俺は大きく手を振った。
……さて。
次は市場の様子でも見てみるか。
――しばらくして。
市場にも変化があった。
パンや干し肉、乾燥した野菜が店先に並び、買い物客の表情も以前より明るい。
「おお、おっちゃん! 商売どうだ?」
「ああ、前よりはな! まだ値段は高いが、何とか商品が届くようになったよ」
「そりゃよかった!」
「あんたも倉庫で手伝ってたんだろ? ありがとな!」
「いや、掃除しただけだぞ?」
「ははは! 変わった兄ちゃんだな!」
……よく言われる。
俺は苦笑しながら店を離れた。
――その日の午後。
俺たちは再び、大商会の倉庫を訪れていた。
そこではレオンと会頭が、何人もの職員を交えて話し合っていた。
「レオン!」
「キョウマか……。市場の様子はどうだった?」
「前より商品が増えてたぞ!」
「……そうか、それは何よりだ」
「皆様のご協力のおかげでございます」
「いや、会頭も随分頑張ってくれたんだろ?」
「私どもは、商人として当然のことをしたまでです。今回の輸送では、他の商会の方々にもご協力いただきました。王都を支えるのは、私ども一社だけではございませんから」
「軍の護衛も、当面は継続する予定だ。王都の警備隊とも協力して、輸送路の安全を確保したい」
「それは心強いことでございます」
「ただし……」
レオンは机の上に置かれた帳簿へ目を落とした。
「まだ食料の入荷量は十分ではない。南部の農地が回復しない限り、長期的な不足は避けられんだろう」
「……左様でございますね。私どもも他地域からの調達を進めておりますが、輸送には時間がかかります」
「分かっている。できることから進めよう」
「はい」
……。
俺は二人の会話を聞きながら、腕を組んだ。
……やっぱり大変なんだな。
倉庫を整理すれば、荷物は運びやすくなる。
護衛をつければ、輸送も少しは安全になる。
でも、そもそも食料が足りないとなると……。
「……難しいな」
「どうした、キョウマ?」
「いや、倉庫の問題は何とかできたけどさ」
「ああ」
「南部の畑が直らないと、結局また食料が足りなくなるんだろ?」
「……そのとおりだ。だからこそ、今は輸送と配給を安定させながら、原因の調査も続ける必要がある」
「……そうだな」
南部で一週間以上調べても、結局何も分からなかった。
あの水の異常さえ直せれば、少しは状況も変わるかもしれないのに。
「キョウマ様」
「ん?」
「南部でも、原因の調査をなさっていたと伺いました」
「ああ。でも分からなかったんだよな」
「そうでしたか……」
会頭は残念そうに眉を下げた。
「原因が分からぬというのは、さぞお辛いことでしょう」
「まあな。でも、まだ諦めたわけじゃないぞ!」
「……それは頼もしい!何かお力になれることがございましたら、遠慮なくお申し付けください」
「おお、ありがとな!」
こんな商人ばかりなら、商売ももっと平和になるんじゃないか?
そんなことを考えていると、一人の兵士が近づいてきた。
「レオン閣下!」
「どうした?」
「王城から使者が参っております!」
「用件は?」
「王都の代表者による会合に、ご出席いただきたいとのことです」
「……会合?」
「はい。今回の物流改善について報告を求めたいそうです。それと……」
兵士が一瞬、言葉を止めた。
「王選についても、お話があると」
レオンが少し表情を引き締めた。
「分かった。出席しよう」
「はっ!」
兵士が立ち去っていく。
「……もしかして、印の話か?」
「まだ分からん……だが、王選について話があるなら、その可能性はあるだろう」
レオンは今、二つの印を持ってるんだったな。
あと一つで王様になれる。
いよいよか?
――翌日。
俺たちはレオンに同行し、王城を訪れていた。
「……またここか」
見上げると、巨大な城壁がそびえ立っている。
王選が始まった日にも来た場所だ。
……何だか随分昔のことみたいだな。
そんなことを考えていると、案内役の職員がやってきた。
「レオン様。こちらへどうぞ」
「ああ」
俺たちもその後について、城内へ入った。
案内されたのは、大きな会議室だった。
長い机が置かれ、その周囲には何人もの男女が座っている。
偉そうな人がいっぱいだな。
その中には、見覚えのある人物もいた。
「……あれ?」
先日会った大商会の会頭だ。
俺たちに気づくと、穏やかに頭を下げた。
……へえ。
商人の代表として呼ばれたのか。
レオンが席に着くと、会議が始まった。
「本日はお集まりいただき、感謝する」
進行役の老人が立ち上がった。
「まずは王都の物流について、報告を受けたい」
一人の職員が資料を広げた。
「街道の護衛強化と各商会の協力により、王都の物流は回復しつつあります。特にレオン様率いるザルガード軍の支援は、大きな助けとなりました」
代表者たちが頷く。
「特に、レオン様率いるザルガード軍の協力は大きな助けとなっております」
「いや、私一人の力ではない。王都の職員や商人たちが協力してくれたからこそだ」
「……私ども商人も、レオン様のご協力には感謝しております。輸送路の安全が確保されなければ、物資を運ぶこともできませんから」
「しかし、まだ問題は残っている」
「食料の価格は依然として高い。南部の農地も回復していないと聞く」
「そのとおりだ。物流の改善だけで、すべてが解決するわけではない」
「では、今後はどうなさるおつもりですかな?」
「引き続き輸送路を守り、他地域からの物資の確保に努める。それと同時に、各地で起きている異常の原因を調査する必要がある」
俺は黙って聞いていた。
……そうだよな。どこも根本的には解決していない。
「私にも、今すぐすべてを解決できる方法があるわけではない。だが、放置するつもりもない」
……。
「……承知した。それでは、本日のもう一つの議題へ移りたい……次代グランディア国王についてだ」
「現在、レオン・ザルガード殿は東部の《軍統印》、そして南部の《豊穣印》を保持している。五つの印のうち、三つを得た者が次代の王となる。これは王選の定めだ」
「そして今、我々王都の代表者も、誰に《王都印》を託すべきか考えなければならん」
俺は思わずレオンを見た。
だが、本人は何も言わず、静かに話を聞いている。
「私は、レオン殿を候補として検討すべきだと考えている」
老人がそう言うと、周囲がざわつき始めた。
「確かに、今回の働きは見事だった」
「南部でも多くの住民を救ったと聞いております」
「しかし、王都の印を託すとなれば話は別だぞ」
「レオン殿の功績は認める。だが、まだ食料不足は解消していない。それに、他の王位候補者についても検討すべきではないか?」
「それはもっともだ」
「三つ目の印を託すということは、その場で国王が決まるということだ。慎重に判断しなければならん」
そうか。
南部で印をもらったときとは違う。
今度は、レオンが王様になるかどうかが決まるんだ。
そりゃ簡単には決められないよな。
「レオン殿。あなた自身は、どうお考えかな?」
「私は、王都の皆様に印を求めるためだけに来たわけではない」
……。
「王都で困っている人々がいると聞いた。だから、できることをした。それだけだ。もちろん、王を目指す以上、その責任から逃げるつもりはない。だが、今ここで私に印を託していただいたとしても、大陸各地の問題が解決するわけではない」
その言葉に、会議室が静まり返った。
「北部の鉱山、東部の地割れ、南部の水源。いずれも、まだ対処すべき問題を抱えている。それらを解決するためにも、各地域が協力できる国にしたいと考えている」
レオンは代表者たちを見渡した。
「私にその役目を任せるべきかどうかは、皆様に判断していただきたい」
……。
誰も、すぐには口を開かなかった。
「……レオン殿。あなたの考えは理解した」
そして、他の代表者たちへ向き直った。
「我々も、王都の未来を考えねばならん」
「今回の働きは評価すべきでしょう」
「だが、まだ慎重な判断が必要だ」
「他の候補者についても、改めて確認したい」
「それでは、レオン殿への《王都印》授与について、正式に協議を始めることとする」
いよいよか。
俺は隣にいるチャピへ小声で話しかけた。
「なあ、チャピ」
「なに?」
「これでレオンが印をもらったら、本当に王様なんだよな?」
「うん。三つ揃うからね」
「……すげえな」
「キョーくん」
「何だよ?」
「レオンさん、いい王様になりそうだね」
「……ああ、そうだな」
あいつは、できないことを簡単に約束しない。
それでも、困っている人を見捨てない。
……俺には真似できないところも多いな。
会議室では、今も代表者たちの議論が続いていた。
《王都印》。
それがレオンに託されれば、新しい国王が誕生する。
……そうなれば。
この大陸も、少しは落ち着くのかもしれないな。




