#77-24「王都の物流、動き出す荷車」
次の日、俺たちは再び、王都北側の商業区を訪れていた。
「……今日も混んでるな」
大通りには何台もの荷車が並び、倉庫の前では作業員たちが忙しそうに動いている。
……しかし。
「昨日とあんまり変わってないな」
「そうだね。荷車もずっと並んでるみたい」
荷車は何台も並んでいる。
だが、倉庫から荷物が運び出される様子は少ない。
……どこかで作業が滞ってるのか?
「キョウマ!」
聞き覚えのある声が響いた。
振り返ると、レオンがこちらへ歩いてきた。
「おお、レオン!」
「ちょうどよかった。今から商会の関係者たちと話をするところだ」
「商会?」
「ああ。昨日、行政の担当者から王都の物流について報告を受けた」
「何か分かったのか?」
レオンが頷いた。
「問題は一つではないらしい」
……ん?
「南部からの食料の入荷が減っている。それに、街道では盗賊や魔獣による被害が続いている」
「ああ。それは昨日も聞いたな」
「さらに、予定どおりに荷物が届かないため、倉庫での仕分けや配送にも遅れが出ているそうだ」
……なるほど。
「要するに、あちこちで止まってるってことか?」
「……まあ、そういうことだ」
……おいおい。
これじゃ、どこから手をつけりゃいいんだ。
「それで、どうするつもりなんだ?」
「まずは商人たちと協力し、動かせる物資から流通を再開させる」
「……おお!」
「キョウマ。お前たちにも手伝ってもらえると助かる」
「もちろんだ!」
……よし、今日も仕事だな!
――しばらくして。
俺たちは商業区の大きな倉庫へ案内された。
中には、レオンの部下や行政の職員、商人らしき男たちが集まっている。
そして、その中央には――。
「……あれ?」
見覚えのある男がいた。
立派な服を着た、物腰の柔らかそうな男。
昨日、倉庫で作業員たちに声をかけていた人物だ。
「……昨日の人だな」
男はこちらに気づくと、穏やかに微笑んだ。
「レオン様。本日はお越しいただき、ありがとうございます」
「こちらこそ、時間を取っていただき感謝する」
レオンが軽く頭を下げる。
「王都の状況について、話を聞かせてほしい」
「もちろんです。私どもも、現在の物資不足には心を痛めております」
会頭は机の上に置かれた帳簿を開いた。
「こちらをご覧ください」
俺も横から覗き込む。
……うん、数字がいっぱいだ。
「現在、王都へ運ばれる物資の量は以前より減っております。しかし、それだけが問題ではございません」
「というと?」
「輸送の遅れによって、荷物が不規則に届くようになっているのです」
会頭が帳簿を指差した。
「届く予定だった荷物が何日も遅れたり、逆に複数の輸送隊が同じ日に到着したり……」
「……なるほど」
レオンが頷く。
「そのため、倉庫の受け入れ作業が追いつかないのか」
「はい。加えて、商人ごとに荷物の行き先も異なります。確認が済まなければ、勝手に店へ送るわけにもまいりません」
……ああ。
それは分かるな。
誰の荷物かも分からないものを、勝手に運ぶわけにはいかない。
「それで、何日も倉庫に置かれたままの荷物があるわけか」
俺が呟くと、会頭がこちらを向いた。
「おや。あなたは?」
「ああ、キョウマだ。ビルメンやってる」
「……びるめん?」
「建物や設備の点検、修理、清掃なんかをする仕事だよ」
「ほう。それは素晴らしい。この商業区も、建物や設備の維持には苦労しておりますからね」
「そうなのか!」
「ええ。古い倉庫も多いものですから」
……なるほど。
それなら、俺にも出番があるかもしれないな。
「ところで、キョウマ様」
「ん?」
「物流についてもお詳しいのですか?」
「いや、専門じゃないぞ」
俺は首を振った。
「ただ、物が通れないとか、設備が使えないとか、そういうのは普段から見てるからな」
「……なるほど」
会頭が小さく頷いた。
「現場をよくご存じなのですね」
「まあ、仕事だからな!」
……いやあ。
商人ってのは聞き上手なんだな。
そんなことを考えていると、レオンが口を開いた。
「会頭殿。そちらの商会から、人員や荷車を出してもらうことは可能だろうか?」
「もちろんです」
会頭は迷うことなく答えた。
「私どもの商会で使える荷車と作業員を確認いたしましょう。倉庫も、空いている場所があれば提供いたします」
「……助かる」
「いえいえ。王都の皆様が困っておられるのです。商人として、協力するのは当然のことでございます」
……おお。いい人じゃないか。
レオンは行政の職員へ向き直った。
「まずは確認済みの食料を、必要としている地区へ運びたい。配送先の調整を頼めるか?」
「はい。各地区の担当者へ連絡いたします」
「それと、街道を通る輸送隊には護衛をつける。すべての道を一度に守ることはできんが、被害の多い経路から対応しよう」
「承知しました!」
次々と話が進んでいく。
軍が輸送を守る。
商会が荷車や人員を出す。
行政が配送先を調整する。
……なるほど。
それぞれできることをやるわけか。
「キョウマ」
レオンがこちらを向いた。
「お前は倉庫の作業を見てもらえるか?」
「おう! 任せろ!」
……よし。
ようやく俺の出番だな!
――その後。
俺たちは倉庫の奥へ案内された。
「……うわ」
思わず声が漏れた。
木箱。木箱。また木箱。
通路の脇だけでなく、作業場のあちこちにまで荷物が積まれている。
……おいおい。
「これ、奥まで行けるのか?」
俺が尋ねると、案内してくれた作業員が困ったように笑った。
「一応、通れます。ただ、荷物を動かさないと取り出せないものもありまして……」
「……なるほど」
俺は周囲を見回した。
荷物の山。
狭くなった通路。
そして、奥の扉の前にも積まれた木箱。
……うん。
駄目だな、これ。
「なあ、ここって普段からこんな状態なのか?」
「いえ。最近、荷物がまとめて届くことが増えまして……」
「そうか」
なるほど、忙しすぎて整理が追いつかなくなったわけか。
「ちょっといいか?」
「はい?」
「これじゃ荷物を取り出すだけでも時間がかかるだろ?」
「……そうですね」
「まずは通路を空けよう。あとは、どこに何があるか分かるようにしないとな」
作業員が目を丸くした。
「……確かに」
「荷物の行き先は確認できるのか?」
「はい。荷札と帳簿を照らし合わせれば分かります」
「じゃあ、確認できたものから分けよう。行き先ごとに置く場所を決めれば、運ぶときも楽になるだろ?」
「……なるほど!」
作業員が大きく頷いた。
「皆に伝えてきます!」
男が走り去っていく。
……よし。
まずは通路の確保だな。
「蓮!」
「はい!」
「悪いけど、重い木箱を動かすの手伝ってくれ!」
「任せてください!」
蓮が大きな木箱を持ち上げる。
……相変わらず力持ちだな。
「キョウマ様!」
今度はノアが嬉しそうに駆け寄ってきた。
「わたしにもお仕事を!」
「おお、じゃあ、この辺の木箱を移動してくれ」
「かしこまりました!」
ノアが両手を広げた。
「では、邪魔な木箱をすべて消し飛ばして――」
「消すな!!」
「……はい?」
「中身があるんだぞ! 普通に運んでくれ!」
「……普通……」
……何で毎回そんなに残念そうになるんだよ。
ばふっ!
「お前は掃除を頼むぞ!」
ルミナスが元気よく跳ねた。
俺は背中からルミナスを取り出した。
……さて。
まずは床だな。
長い間、荷物が置かれていたせいか、隅には埃が溜まっている。
「よし、出番だ!」
ばふっ!
ルミナスのふさが勢いよく動いた。
ゴオオッ!
床の埃が吸い込まれていく。
「うおっ!?」
近くの作業員が飛び上がった。
「な、何ですか、その道具!?」
「掃除道具だ!」
「掃除道具!?」
「便利だろ!」
そんな騒ぎを繰り返しながら、俺たちは倉庫の整理を進めていった。
――数時間後。
「……おお!」
思わず声が出た。
さっきまで木箱で塞がれていた通路が、綺麗に空いている。
荷物も、作業員たちが帳簿を確認しながら、行き先ごとに分けていた。
「これなら運びやすいな!」
「はい! 随分楽になりました!」
作業員が嬉しそうに答えた。
……よし。
これなら少しは役に立てたかな。
そのときだった。
「キョウマ!」
「おお、どうした?」
振り返ると、レオンと会頭がこちらへ歩いてきていた。
二人は倉庫の中を見回し、驚いたような表情を浮かべた。
「……随分と変わったな」
「おう! 通路を空けて、荷物を整理したんだ!」
「そうか」
レオンが頷いた。
「これなら、配送の準備も進められそうだな」
「はい。確認が済んだ荷物から順次運び出せると思います」
会頭も満足そうに微笑んだ。
「素晴らしいですね。これほど早く作業場を整理していただけるとは」
「いや、俺は掃除しただけだぞ?」
「それでも、皆が働きやすくなったことに変わりはありません」
そう言われると嬉しいな。
「よし! じゃあ次は荷運びだな!」
そうして倉庫の作業が再開された。
職員が帳簿を確認する。
作業員が荷物を運び出す。
荷車へ積み込み、配送先へ向けて出発する。
まだ全体の遅れが解消したわけではない。
だが、止まっていた荷物が少しずつ動き始めていた。
「ようやく動いたな!」
「ああ、まずは一歩だ」
「皆様のおかげです。この調子で、他の倉庫についても確認を進めましょう」
「そうだな。私も引き続き協力する」
「ありがとうございます、レオン様」
二人が軽く頭を下げ合った。
……いいな。
軍と商人が協力して、困っている人たちを助ける。
こういうのを見ると、何だか嬉しくなる。
――その日の夕方。
俺たちは再び王都の市場を訪れていた。
朝とは少し様子が違っていた。
店先では、届いたばかりの荷物を開けている商人たちの姿がある。
「おお! やっと届いたのか!」
「ありがとうございます!」
買い物客たちも、少しだけ明るい表情になっていた。
……しかし。
商品が届いたとはいえ、値段はまだ高いままだ。
食料そのものが不足している状況も変わっていない。
「……まだまだだな」
「うん。そうだね」
チャピが静かに答えた。
そのとき、隣にいたリュカが口を開いた。
「でも、今日だけで結構動いたんじゃない?」
「まあな」
「レオン様も頑張ってるし、商会の人たちも協力してくれてるしね」
「ああ。あの会頭もいい人だったな!」
俺は笑った。
「作業員のこともちゃんと考えてたしな!」
「そうだね」
……さて。
今日の仕事は、ひとまず終わりか。
俺は背中のルミナスを担ぎ直した。
ばふっ!
「お前もお疲れ!」
ばふっ!
……いやあ。
今日は久しぶりに、仕事がうまくいった気がするぞ。
どこへ行っても、原因の分からない問題ばかりだった。
だが、今回は違う。
現場を見て、何が邪魔になっているのか確認して、それを取り除いた。
……そうだよな。
やっぱり、こういう仕事が一番分かりやすい。
「キョーくん、帰ろう?」
「ああ!」
俺は市場をもう一度見渡した。
荷車が動き、人々が買い物をしている。
まだ十分ではない。
それでも、昨日よりは少し良くなった。
……よし。
明日も頑張るか。
俺たちは夕暮れの王都を歩き始めた。




