#77-23「王都の異変、届かぬ食料」
二日後――砂走車の窓の向こうに、巨大な城壁が見えてきた。
王都ヴァルグラン。
……ようやく戻ってきたか。
「おお! 懐かしいな!」
「キョーくん、そんなに久しぶりじゃないでしょ?」
チャピが呆れたように笑った。
「いや、北に東に南にって、色々行ったからな!」
「確かに、随分あちこち回ったね」
……まったくだ。
異世界に来てまで出張続きとは。
しかも、どの現場も問題だらけ。
……そろそろ平和な現場に行きたいぞ。
「……ん?」
窓の外を見る。
城門の前には、大勢の人たちが集まっていた。
以前にも増して長い行列。
荷車や砂走車が何台も停まり、その周囲を兵士たちが巡回している。
「……随分混んでるな」
「前に来たときも混んでたけど、もっとひどくなってるね」
リュカが窓の外を覗き込んだ。
「何かあったのか?」
「物資の検査が厳しくなってるみたい」
……なるほど。
そういや、レオンが王都の物資不足を気にしてたな。
そのとき、前方から大きな声が聞こえてきた。
「だから! これは食料だって言ってるだろ!」
「積荷の確認が必要です! 順番を守ってください!」
「もう半日も待ってるんだぞ!」
……おいおい。
随分荒れてるな。
やがて俺たちの砂走車にも兵士が近づいてきた。
「積荷と乗員の確認を――」
「東部ザルガード軍、レオンだ」
レオンが前へ出る。
兵士が目を見開いた。
「レ、レオン閣下!?」
「ああ。王都の状況を確認するために戻った。検査は通常どおり行ってくれ」
「はっ!」
……おお。
偉い人なのに、ちゃんと順番を守るんだな。
いや、当たり前か。
しばらくして検査が終わり、俺たちは王都へ入った。
――しかし。
「……何だこれ」
以前とは、街の雰囲気が違っていた。
通りを歩く人たちの表情は暗い。
市場では店の前に人だかりができ、あちこちから言い争う声が聞こえてくる。
「だから、昨日より高いじゃないか!」
「仕方ないだろ! 仕入れ値が上がってるんだ!」
「こんな値段じゃ買えないよ!」
……おいおい。
俺は近くの露店へ目を向けた。
並んでいるのは、パンや干し肉、それに乾燥した野菜。
商品はある。
だが、値札を見た客たちは次々と立ち去っていた。
「……そんなに高いのか?」
俺が尋ねると、店主らしき男がため息をついた。
「ああ。最近は仕入れがまともにできなくてな」
「仕入れ?」
「南部からの食料が減ってるんだよ。それに、街道じゃ盗賊や魔獣も出る。運ぶだけでも大変なんだ」
……なるほど。
南部の不作が、ここにも影響してるわけか。
「じゃあ、食料が足りなくなってるのか?」
「そういうことだ。だがな……」
男は声を潜めた。
「妙な噂もあるんだ」
「噂?」
「ああ。大きな商会の倉庫には、まだ食料が山ほどあるって話だ」
……ん?
「あるなら売ればいいんじゃないか?」
「それが分かれば苦労しねえよ」
男は肩をすくめた。
「本当にあるのかも分からねえし、倉庫に入ってるからって全部売り物とは限らねえ。だが、こっちは毎日値段が上がってるんだ」
……そうか。
単純な話でもないらしい。
「ありがとな!」
俺が礼を言うと、男は疲れたように笑った。
「買い物するなら早めにしておけよ。明日はもっと高くなってるかもしれねえからな」
……おいおい。
勘弁してくれ。
俺の財布まで危機じゃないか。
「キョーくん」
チャピが袖を引いた。
「……どうした?」
「あっち、何か揉めてるよ」
見ると、少し離れた場所で人だかりができていた。
「ふざけるな!」
「こっちだって売るものがないんだ!」
「昨日は売ってただろ!」
……またか。
俺たちが近づくと、一人の男が商人に詰め寄っていた。
その手には、小さな袋が握られている。
「これだけしか買えないってどういうことだ!」
「他の客の分も残さなきゃならないんだよ!」
「家には子供がいるんだぞ!」
商人も困ったように顔をしかめた。
「だからって、全部売ったら次の客はどうするんだ!」
……。
どっちの言い分も分かるな。
買いたい人がいる。
でも、売れる量にも限りがある。
……難しい問題だ。
「皆、落ち着いてくれ」
そのとき、レオンが前へ出た。
「……誰だ、あんた?」
「東部ザルガードのレオンだ」
「……レオン?」
周囲がざわついた。
「あの王位候補の?」
「東部の軍を率いてる人だろ?」
レオンは静かに頷いた。
「状況は理解した。だが、ここで争っても食料は増えん」
「じゃあ、どうしろって言うんだよ!」
「まずは流通が滞っている原因を調べる。必要であれば、輸送の支援も行う」
「……本当か?」
「ああ。ただし、今すぐすべてを解決できるとは約束できん」
……おお。
はっきり言うな。
レオンは続けた。
「王都の担当者とも話し、できることから進める。それまでは、どうか争わずにいてほしい」
男たちは顔を見合わせた。
やがて、一人が小さくため息をついた。
「……分かったよ」
「すまねえな。こっちも余裕がなくてよ」
商人も頭を下げた。
……ふう。
何とか収まったか。
「レオン、こういうの慣れてるな」
俺が声をかけると、レオンは首を振った。
「いや、慣れたいものではないな」
「……そうか?」
「ああ。人々が争わずに済むなら、それが一番だ」
……なるほど。
こいつ、本当に王様向きなんじゃないか?
そんなことを考えていると、レオンが兵士を呼び寄せた。
「王都に派遣した部隊の責任者を呼んでくれ。それと、行政の担当者にも面会を申し入れたい」
「はっ!」
兵士が走り去っていく。
……さて。
俺たちはどうするかな。
「キョウマ」
「ん?」
「私はこれから王都の担当者と話をする。お前たちはどうする?」
「俺たちか?」
……そうだな。
西部へ向かう前に、王都の状況も気になる。
「ちょっと街を見て回るかな」
「そうか」
「ああ。物が届かないなら、どこで止まってるのか気になるしな」
レオンがこちらを見た。
「……お前も調べるつもりか?」
「まあな。現場を見ないと分からんだろ?」
「……相変わらずだな」
何だよ。
普通のことだろ。
「分かった。何か分かったら知らせてくれ。ただし、無理はするな」
「おう!」
レオンは軽く頷き、兵士たちを連れて歩いていった。
……よし。
俺たちも行くか。
「キョーくん、どこへ行くの?」
「ああ。まずは商業区を見てみよう」
「商業区?」
「食料が届かないなら、集まる場所を見た方が早いだろ」
リュカが頷いた。
「それなら北側だね。大きな商会の倉庫も、あっちに集まってるよ」
「おお、案内してくれ!」
「任せて!」
こうして俺たちは、王都北側の商業区へ向かった。
――しばらくして。
「……おお」
思わず声が出た。
大きな倉庫が、通りの両側に並んでいる。
その間を荷車が行き交い、商人や作業員たちが忙しそうに動いていた。
……へえ。
こっちは随分活気があるじゃないか。
「なあ、リュカ」
「ん?」
「ここには結構物があるんだな」
「うん。王都中の商品が集まる場所だからね」
……なるほど。
俺は近くの倉庫へ目を向けた。
開いた扉の奥では、大勢の男たちが木箱を積み上げている。
「……あれ、何が入ってるんだ?」
「さあ? 外からじゃ分からないね」
……そうだよな。
食料かもしれないし、別の商品かもしれない。
勝手に中を調べるわけにもいかないしな。
そのときだった。
「おい! その荷物は向こうだ!」
「こっちはまだ積むな!」
作業員たちの怒鳴り声が聞こえてきた。
……ん?
見ると、荷車が何台も停まり、作業が滞っているようだった。
「どうしたんだ?」
近くの男に声をかける。
「ん? ああ、荷物の受け入れが追いつかなくてな」
「受け入れ?」
「運び込まれた商品を確認して、それぞれの倉庫へ振り分けてるんだ。だが、最近は予定どおりに荷物が来なくてよ」
「……なるほど」
「届くはずの荷物が来なかったり、逆にまとめて届いたりする。もう滅茶苦茶だ」
……おいおい。
そりゃ大変だな。
俺は積み上がった木箱を眺めた。
「じゃあ、ここにある荷物も、まだ全部確認できてないのか?」
「ああ。確認が済むまで出せないものもある」
……そうか。
物があるように見えても、すぐに店へ届けられるとは限らないわけか。
「キョーくん、何か分かった?」
チャピが尋ねてきた。
「いや、まだ何とも言えないな」
俺は倉庫を見上げた。
「ただ、物が足りないだけじゃなさそうだ」
「……どういうこと?」
「運ぶ途中で止まってるものもあれば、ここまで届いても出せないものもあるみたいだ」
「……そっか」
そんなことを話していると、倉庫の向こうから声が聞こえてきた。
「会頭がお見えになるぞ!」
……ん?
周囲の作業員たちが、慌ただしく姿勢を正し始めた。
「会頭?」
俺が尋ねると、リュカが答えた。
「ああ、王都でも有名な大商会の会頭だよ。あの辺りの倉庫も、いくつか管理してるはず」
「へえ!」
……商会の偉い人か。
やがて倉庫の奥から、数人の従業員を連れた男が現れた。
立派な服を着た、物腰の柔らかそうな男だった。
男は作業員たちへ近づくと、穏やかな声で話しかけた。
「皆さん、ご苦労さまです。作業は順調ですか?」
「は、はい! ただ、荷物の仕分けが遅れておりまして……」
「そうですか。それはいけませんね」
男は少し考え込んだ。
「必要でしたら、他の倉庫から人を回しましょう。皆さんだけに無理をさせるわけにはいきませんから」
「ありがとうございます!」
……おお。
随分いい人そうじゃないか。
男はさらに続けた。
「王都の皆さんが、食料を待っておられます。私たち商人も、できることをしなければなりません」
作業員たちが力強く頷いた。
……なるほど。
こういう人がいるなら、何とかなるかもしれないな。
「キョーくん」
チャピが小声で話しかけてきた。
「……どうした?」
「あの人、随分慕われてるみたいだね」
「ああ。商売人ってのも大変なんだな」
俺は男の姿をもう一度見た。
男は作業員たちに笑顔で声をかけながら、倉庫の奥へ歩いていく。
……さて。
この商業区にも、色々事情がありそうだ。
まずは、もう少し話を聞いてみるか。
俺は背中のルミナスを担ぎ直した。
「よし! 次の倉庫も見てみよう!」
「キョーくん、勝手に中へ入っちゃ駄目だからね?」
「分かってるって!」
「本当に?」
「何で毎回疑うんだよ!」
俺たちは再び、商業区の通りを歩き始めた。
商業区には、今も多くの荷車が出入りしている。
それなのに、街では食料が不足し、値段も上がっている。
……どこで何が起きてるんだ?
今回もまた、調べることが増えそうだった。




