#77-22「南部を後に、再び王都へ」
数日後――。
俺たちは再び、南部ラグナードの配給所を訪れていた。
「……おお、今日も忙しそうだな」
大通りには水樽を積んだ荷車が並び、職員たちが次々と荷物を運んでいる。
兵士たちも手伝っているようだ。
……しかし。
「随分と手際がよくなったな」
以前はあれだけ混乱していたのに、今では誰が何を運ぶのか、きちんと決まっているらしい。
「レオンさんが輸送の仕組みを整えてくれたんだって」
チャピが隣で答えた。
「へえ! 大したもんだな」
「キョーくんもずっと手伝ってたでしょ?」
「俺は樽を運んでただけだぞ?」
「……そういうところだよ」
……何がだよ。
そんな話をしていると、見覚えのある狼耳の男がこちらへ歩いてきた。
「キョウマ」
「おお、レオン!」
レオンはいつもの濃紺の軍服を着ていた。
その後ろには、数人の兵士が控えている。
「ちょうどよかった。お前に話がある」
「ん? 何だ?」
「私は明日、王都へ向かうことにした」
「……もう行くのか?」
「ああ。王都に派遣していた部隊から、新たな報告が届いた」
……王都?
「何かあったのか?」
「物資の流通がさらに滞っているらしい。食料の価格も上がり、住民の不満が高まっているそうだ」
「……おいおい」
「商会の倉庫には物資が残っているという噂もあるが、実際のところは分からん」
「倉庫にあるなら売ればいいのにな」
「そう単純な話でもないだろう。まずは状況を確認する必要がある」
……なるほど。
北部では鉱山が崩れた。
東部では地割れで道が壊れた。
南部では井戸の水が濁り、作物が枯れた。
今度は王都で物資不足か。
……この大陸、問題だらけだな。
「でも、お前がいなくなったら南部は大丈夫なのか?」
俺が尋ねると、レオンは頷いた。
「輸送部隊の一部は残す。東部からの補給も継続する予定だ」
「おお」
「それに、南部のことを最もよく知っているのは、セリア殿たちだ。今後の配給は彼女たちを中心に進めてもらう」
……そうか。
確かに、セリアたちは俺たちが来る前からずっと頑張ってたもんな。
「それなら安心だな!」
「ああ。まだ十分とは言えんがな」
レオンは少しだけ表情を引き締めた。
「井戸の異常も、農地の被害も解決していない。引き続き原因の調査は必要だ」
「……そうだな」
俺は遠くに見える水路へ目を向けた。
相変わらず、茶色く濁った水が流れている。
……結局、分からなかったな。
一週間以上調べても、原因を突き止められなかった。
何か見落としているんだろうか。
「それで、キョウマ」
「ん?」
「お前たちはどうする?」
……俺たちか。
正直、もう少し南部を調べたい気持ちはある。
だが、調べられるところは一通り確認した。
それに、まだ行っていない場所もある。
「……そうだな」
俺は腕を組んだ。
「俺たちも王都へ戻るかな」
「王都へ?」
「ああ。次は西部も見てみたいしな」
「西部メルヴァナか」
レオンが頷いた。
「確か、あちらでも街道の陥没が続いていたはずだ」
「そうなんだよ。どうにも気になってさ」
……北でも東でも南でも、変なことばかり起きている。
西部も同じような状況なら、一度現場を見ておきたい。
ばふっ!
「お前も行きたいか!」
ルミナスが元気よく跳ねた。
……よし。
決まりだな。
「それなら、一緒に王都へ向かうといい」
レオンが言った。
「おお、いいのか?」
「ああ。明日の朝、出発する予定だ」
「助かる!」
……いやあ。
こういうとき、知り合いに軍の偉い人がいると便利だな。
「キョウマ様!」
突然、背後からノアの声が響いた。
「ん?」
「王都へ戻られるのですね!」
「ああ、そうだけど」
ノアが嬉しそうに両手を合わせた。
「では、いよいよ王城での新婚生活が始まるのですね!」
「始まらねえよ!!」
「まあ! では、まず婚礼の準備から!」
「誰が結婚するって言った!?」
「わたしとキョウマ様ですが?」
「決定事項みたいに言うな!」
……ったく。
こいつの頭の中はどうなってるんだ。
王都に着く前に別の問題が発生しそうだぞ。
――その日の午後。
俺たちはセリアのもとを訪れていた。
「明日、出発されるのですね」
「ああ。色々世話になったな」
俺が言うと、セリアは首を横に振った。
「それはこちらの台詞です。皆様には大変お世話になりました」
深々と頭を下げる。
「水の運搬から設備の調査まで、本当にありがとうございました」
「いや、結局原因は分からなかったからな……」
「それでも、皆様が手を貸してくださったことに変わりはありません」
……。
「それに、キョウマ様がいらっしゃらなければ、あれほど早く輸送用の樽を用意することもできなかったでしょう」
「……まあ、掃除は得意だからな!」
思わず胸を張る。
そこは自信がある。本職だからな。
セリアが小さく笑った。
「今後も水の異常については調査を続けます。何か分かりましたら、王都へ知らせます」
「おお、頼む!」
「はい」
セリアはレオンへ向き直った。
「レオン様。南部へのご支援、改めてお礼申し上げます」
「礼には及ばない。必要な物資は今後も届ける」
「ありがとうございます」
「だが、原因が分からない以上、いつまで支援が必要になるかも分からん。長期的な対策も考えておくべきだろう」
「……はい。そのつもりです」
二人は真剣な表情で頷き合った。
……なるほど。
印をもらったから終わりってわけじゃないんだな。
レオンもセリアも、まだ南部のことを考えている。
……王様になるってのは、大変なんだなあ。
――翌朝。
俺たちは砂走車の乗り場に来ていた。
大きな船のような車体が、朝日に照らされている。
周囲では兵士たちが荷物を積み込み、出発の準備を進めていた。
「……さて、また二日か」
「うん。王都までは二日だね」
リュカが答えた。
「長いなあ」
「北部に行ったときより短いでしょ?」
「まあ、そうなんだけどさ」
……この大陸、移動だけで何日使ってるんだろうな。
そんなことを考えていると、背後から声が聞こえた。
「キョウマ様!」
振り返ると、セリアが数人の職員とともに立っていた。
「おお、見送りに来てくれたのか!」
「はい。皆様に改めてお礼を申し上げたくて」
その後ろでは、見覚えのある職員たちも頭を下げている。
「本当にありがとうございました!」
「また南部へいらしてください!」
何だか照れるな。
「おう! また何かあったら呼んでくれ!」
俺は大きく手を振った。
……まあ、何も起きない方がいいんだけどな。
レオンもセリアへ向き直った。
「南部のことは頼んだ」
「はい。レオン様も、どうかお気をつけて」
「ああ」
短く言葉を交わす。
それだけで、二人には十分だったらしい。
……いい関係だな。
「キョウマ、出発するぞ」
「おう!」
俺たちは砂走車へ乗り込んだ。
やがて、車体がゆっくりと動き始める。
窓の向こうでは、セリアたちが手を振っていた。
俺も手を振り返す。
少しずつ遠ざかっていく街。
その周囲には、広大な農地が広がっている。
……しかし。
緑色の畑の間には、今も茶色く枯れた場所が残っていた。
水路の異常も解決していない。
「……結局、分からなかったな」
思わず呟く。
「キョーくん?」
「ああ、いや。水のことだよ」
チャピが窓の外へ目を向けた。
「……そうだね」
「まあ、セリアたちが調べ続けてくれるって言ってたしな」
「うん」
……それにしても。
北部の鉱山。
東部の地割れ。
南部の井戸。
それぞれ別の場所で、別の問題が起きている。
ただの事故なのか。
それとも、何か別の原因があるのか。
……分からん。
分からんことだらけだ。
ばふっ!
背中のルミナスが揺れた。
「……お前も気になるか?」
ばふっ!
「そうか」
俺は窓の外へ目を向けた。
広大な大地が、どこまでも続いている。
……さて。
次は王都か。
あっちはあっちで大変そうだな。
「……まったく」
思わず苦笑する。
「異世界に来てまで、現場巡りとはな」
砂走車は南部ラグナードを後にし、王都ヴァルグランへ向けて走り出した。




