↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
104/111

#77-21「南部の決断、豊穣の印」

それから、さらに三日が過ぎた。


南部ラグナードの街は、少しずつ落ち着きを取り戻していた。

王都から届いた水と食料。

東部ザルガードから追加で運ばれてきた物資。

そして、街の外にある集落へも、毎日欠かさず水が届けられている。


「……おお」


俺は配給所の前で、思わず声を漏らした。


「随分と人が減ったな」

「うん。昨日より並んでる人も少ないみたい」


以前は怒鳴り声ばかり聞こえていた場所だ。

今は職員たちが落ち着いて配給を進めている。


……すごいな。


あれだけ混乱していたのに。


「キョウマさん!」


蓮がこちらへ駆け寄ってきた。


「おお、どうした?」

「郊外への物資の輸送、今日の分は終わったそうです!」

「もうか?」

「はい! レオンさんが輸送の順番を見直したみたいで」

「……へえ!」


仕事が早いな、あいつ。

俺たちも何日か手伝ったが、最初に比べれば随分と作業が楽になっていた。

職員たちも慣れてきたようだ。


……しかし。


俺は遠くの畑へ目を向けた。

相変わらず、作物は枯れている。

井戸の水も、濁ったままの場所が多い。

水路には、今も濁った水が流れている。

……結局、原因は分からずじまいか。


「キョーくん」

「ん?」

「また考えてるでしょ?」

「……何を?」

「水のこと」


……よく分かるな。


「まあな。どうにも気になってさ」

「うん。でも、今はみんな少し元気になってきたよ」

「ああ。それは本当によかった」


俺は頷いた。

……そうだな。

原因は直せていない。

だが、困っている人たちが助かったのも事実だ。

そのときだった。


「キョウマ様!」

聞き覚えのある声が響いた。

……ん?

振り返ると、ノアがこちらへ走ってきた。

「お迎えに参りました!」

「なんだ、どうした?」

「セリア様からお呼び出しです!」

「セリアから?」

「はい! レオン様もご一緒だそうです!」


……何だろうな。


「また水の運搬か?」

「さあ? 詳しくは分かりませんが……」


ノアが嬉しそうに微笑んだ。


「わたしとキョウマ様の婚礼ではないことだけは確かです!」

「当たり前だろ!!」

「まあ! まだ諦めるには早いということですね!」

「そんなこと言ってねえよ!」


……ったく。

どういう解釈したらそうなるんだ。

チャピが隣で大きなため息をついた。


「……早く行こう、キョーくん」

「ああ、そうだな」


ばふっ!


「お前も行くか!」


こうして俺たちは、セリアに呼ばれた建物へ向かった。

――しばらくして。

案内されたのは、街の中心部にある大きな石造りの建物だった。

中へ入ると、広間には大勢の人たちが集まっていた。

身なりのいい老人。

農夫らしき男たち。

商人や街の役人。

……何だ?

会議でもするのか?


「こちらへどうぞ」


職員に案内され、俺たちは広間の端へ向かった。

そこにはすでにレオンが立っていた。


「おお、レオン!」

「……キョウマ。お前も呼ばれたのか」

「ああ。でも、何の集まりなんだ?」

「南部の代表者たちによる会合だ」

「代表者?」

「ああ。どうやら、王選に関する話らしい」


……王選?


そういや、そんなことやってたな。

いや、忘れてたわけじゃないぞ?

ちょっと現場が忙しかっただけだ。

そのとき、広間の奥からセリアが現れた。

淡い金茶色の髪。

頭には鹿の耳。

いつもの落ち着いた表情だったが、今日はどこか緊張しているように見えた。


「皆様。本日はお集まりいただき、ありがとうございます」


広間が静まり返る。

セリアは一同を見渡した。


「南部ラグナードでは、長く水の異常が続いています」


……ああ。


それは俺も嫌というほど見てきた。


「井戸の水は濁り、農地では作物が枯れ、多くの住民が苦しい生活を強いられています」


セリアは一度、言葉を切った。


「私たちも原因を調べ、できる限りの対策を続けてきました。しかし、今なお解決には至っておりません」


……。


「そんな中、東部ザルガードのレオン様が、救援物資を携えて駆けつけてくださいました」


人々の視線がレオンへ集まる。


「飲料水と食料の確保だけでなく、郊外の集落への輸送体制まで整えてくださいました」

「ああ! うちの村にも水が届いたぞ!」


一人の農夫が声を上げた。


「街の外だからって見捨てられると思ってたんだ!」

「本当に助かった!」


次々と声が上がる。


……おお。


みんな喜んでるな。

セリアが静かに頷いた。


「もちろん、これで問題が解決したわけではありません」


その言葉に、広間が再び静かになった。


「農地の被害は続いています。水源の異常も、まだ原因が分かっていません」


……そうだ。

そこは、何も変わっていない。


「それでも、私たちは今日を生きるための時間をいただきました」


セリアはレオンへ目を向けた。


「レオン様。改めて、お礼を申し上げます」


深く頭を下げる。


「……顔を上げてくれ、セリア殿」


レオンが静かに答えた。


「私はできることをしただけだ。それに、南部の職員や住民たちが協力してくれなければ、物資を届けることもできなかった」

「……はい」

「まだ支援は必要だ。私も引き続き協力する」


……相変わらず真面目だな。

こういうときくらい、少し格好つけてもいいと思うんだけど。

セリアは小さく微笑んだ。

そして、広間に集まった人々へ向き直った。


「皆様。本日は、もう一つ大切なお話があります」


……ん?


「次代のグランディア国王についてです」


おお。

やっぱり王選の話か。

セリアは真剣な表情になった。


「ご存じのとおり、私も王位候補の一人です」


……そうだったな。

南部ラグナードの代表。

この人だって、王様になる資格があるんだ。


「私も、南部の未来を守るために王を目指してまいりました」


セリアは一度、目を伏せた。


「ですが、この度の出来事を通じて、考えるようになりました」

「……セリア様?」


年配の男が声を上げる。

セリアはゆっくりと顔を上げた。


「私が守るべきものは、王位ではありません」


広間が静まり返った。


「この南部で暮らす人々の生活です。そして、それは南部だけに限った話ではないはずです」


……。


「レオン様は、東部の軍を率いる立場でありながら、私たちを助けてくださいました」


セリアの視線がレオンへ向く。


「東部も南部も関係ない。同じグランディアの民だからと」


レオンは黙って聞いていた。


「私は、その姿を見て思いました」


セリアがゆっくりと息を吸う。


「この方になら、南部の未来を託せるのではないかと」


……おお。

そういうことか。

周囲からざわめきが上がった。


「セリア様……それは……」

「はい」


セリアははっきりと頷いた。


「私は、レオン様を次代の王として支持したいと考えています」


……!

広間が大きくざわついた。

レオンも、わずかに目を見開いている。


「……セリア殿」

「ですが、これは私一人で決められることではありません」


セリアは集まった代表者たちを見渡した。


「南部の未来に関わる決断です。皆様のご意見をお聞かせください」


しばらく沈黙が続いた。

やがて、年配の農夫が立ち上がった。


「……わしは賛成です」

「あなたは……」

「レオン様のおかげで、村の子供たちが水を飲めるようになりました」


男は深く頭を下げた。


「まだ畑は駄目なままです。ですが、あのままでは収穫を待つどころじゃなかった」


……。


「わしらは、助けられました」


続いて、商人らしき男が口を開いた。


「私も賛成します。ただ、今後の物資の輸送については、継続していただけるのでしょうか?」


レオンが頷いた。


「ああ。南部が必要とする物資の輸送は続ける。東部からの追加支援も、すでに手配している」

「……分かりました」


その後も、何人もの代表者が意見を述べた。

水の異常が解決していないことへの不安。

この先の食料不足への懸念。

他地域の候補者へ南部の印を託すことへの迷い。

……そりゃ、そうだよな。

簡単に決められる話じゃない。

だが、最後には多くの代表者がレオンへの支持を表明した。

そして――。


「それでは、南部ラグナードの代表者として決定いたします」


会議の進行を務めていた老人が立ち上がった。

その手には、布に包まれたものがある。


……ん?


老人がゆっくりと布を開く。

中から現れたのは、一つの印だった。


「南部ラグナードを代表する《豊穣印》」


……おお!

王選のときに聞いたやつだ!

老人はレオンへ向き直った。


「レオン・ザルガード殿。南部ラグナードは、あなたを次代の王に相応しい候補者と認め、この印を託します」


レオンが一歩前へ出た。


「……よろしいのか?」


その問いに、セリアが頷いた。


「はい。私たち南部の意思です」

「……承知した」


レオンは深く頭を下げた。


「その信頼に、必ず応えよう」


老人から《豊穣印》が手渡される。

その瞬間、広間に拍手が響き渡った。


「レオン様!」

「ありがとうございます!」

「南部をよろしくお願いします!」


……おお。

すごいことになったな。

俺も思わず拍手した。


「キョーくん!」


チャピが嬉しそうに俺を見る。


「レオンさん、印をもらったね!」

「ああ!」


……そういや。


レオンは東部の印も持っていたよな。

ということは……。


「なあ、チャピ」

「なに?」

「これで二つ目か?」

「うん。あと一つで王様になれるね」

「……おお!」


すげえ。

もう王様まであと一歩じゃないか。


「我が君!」

「ん?」

「わたしたちも印を集めましょう!」

「……何でだよ!」

「我が君が王となれば、わたしは晴れて王妃に!」

「勝手に決めるな!」


……ったく。

周囲が拍手している中、俺たちだけ何をやってるんだ。

そんな騒ぎをしていると、レオンがこちらへ歩いてきた。


「……キョウマ」

「おお! おめでとう、レオン!」

「ああ。ありがとう」

「これであと一つだな!」

「……そうだな」


レオンは手元の《豊穣印》へ目を落とした。


「だが、王になることが目的ではない」

「……ん?」

「王となった後、何をするかが重要なのだと思っている」


……おお。

真面目だなあ。


「じゃあ、まずはこの水の問題を何とかしないとな」

「ああ。そのとおりだ」


レオンが頷いた。


「原因の調査は引き続き必要だ。南部への支援も止めるわけにはいかん」

「……そうだな」


俺は窓の外へ目を向けた。

遠くには、広大な農地が広がっている。

だが、茶色く枯れた畑は今も残されたままだ。

井戸の水も濁っている。

……根本的な問題は、何も解決していない。

それでも。

今日、この南部では多くの人々が希望を取り戻していた。

レオンはその希望を背負って、次の王を目指す。

……すごい奴だな。

俺はもう一度、レオンを見た。


「頑張れよ、レオン!」

「ああ。お前もな」

「俺はいつもどおり掃除するだけだ!」

「……そうだったな」


レオンが小さく笑った。


……さて。


南部ラグナードでの騒動も、少し落ち着いてきた。

だが、水の異常はまだ続いている。

俺は背中のルミナスを担ぎ直した。

……一体、何が原因なんだろうな。

結局、その答えは見つからないままだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。