#77-20「救援、先にあるもの」
次の日の朝――。
街の大通りには、昨日運び込まれた水樽や食料が並んでいた。
兵士たちが荷物を運び、職員たちが住民を誘導している。
「……おお、すごいな」
昨日までとは、随分と雰囲気が違う。
あれだけ長かった行列も、少しずつ進んでいるようだ。
「キョーくん、おはよう!」
チャピが駆け寄ってきた。
「おう、おはよう!」
「今日も手伝うんでしょ?」
「もちろん!」
「……やっぱり」
何だよ、その呆れた顔は。
……まあ、昨日も休むって言いながら結局ずっと働いてたけどな。
「おはようございます、キョウマさん!」
蓮も大きな荷箱を抱えてやってきた。
「おお、蓮!もう仕事してたのか!」
「はい!人手が足りないそうなので!」
……こいつも働き者だな。
そのとき、背後から聞き慣れた声が響いた。
「我が君!」
……ん?
振り返ると、ノアが水樽を抱えて立っていた。
いや、抱えているというより、頭の上に軽々と持ち上げている。
「わたしも働いております!」
「……おお、偉いじゃないか」
「お褒めいただき光栄です!」
ノアが嬉しそうに笑った。
「では、ご褒美に我が君のお膝を――」
「仕事しろ!」
「まあ!厳しいご主人様!」
……ったく。
こいつは相変わらずだな。
そんな騒ぎをしていると、少し離れた場所から声が聞こえてきた。
「その水は南側の配給所へ回せ。食料は地区ごとに分けて運ぶんだ」
レオンだ。
何人もの兵士を前に、次々と指示を出している。
隣にはセリアも立っていた。
「こちらが各地区の住民数です。配給所の位置も記してあります」
「助かる。では、この人数を基準に必要量を割り当てよう」
「はい。ただ……」
セリアが少し表情を曇らせた。
「どうした?」
「街の外にある農村への輸送が、まだ十分ではありません」
「農村?」
「ああ。南部には街の外にも集落があるんだが、そこまで物資を運べていないらしい」
俺が近づいて尋ねると、セリアが頷いた。
「はい。街道の被害もあり、大きな砂走車が通れない場所もあるのです」
……なるほど。
街に物資が届いても、そこから先へ運べなければ意味がないわけか。
「それなら、小さい車両で運べばいいんじゃないか?」
「それも検討しています。ですが、使える車両と人員が不足していまして……」
「……そうか」
レオンが地図を覗き込んだ。
「セリア殿。この周辺で、特に水が不足している集落はどこだ?」
「こちらの三つです。すでに井戸が使えなくなり、住民たちは水を運ぶために何時間も歩いています」
「……分かった」
レオンは兵士へ向き直った。
「輸送部隊の一部を小型車両へ切り替える。街への配給は継続しつつ、郊外にも物資を回せ」
「はっ!」
「通行できる道を確認し、必要なら護衛をつけろ。無理に大型車両を通すな」
「承知しました!」
……おお。
対応が早いな。
「それと、セリア殿」
「はい?」
「今後の輸送は、そちらの職員にも協力してもらいたい。軍だけでは各集落の事情までは把握できん」
セリアが目を見開いた。
「もちろんです。職員たちに伝えます」
「ああ。必要な物資が必要な場所へ届くようにしたい」
……なるほど。
軍だけで全部やるんじゃなくて、現地の人たちと協力するわけか。
そのときだった。
「ちょっと待ってくれ!」
住民の一人が声を上げた。
「郊外に水を運ぶってことは、俺たちの分が減るんじゃないのか!?」
「そうだ!こっちだって足りないんだぞ!」
周囲がざわつき始めた。
……おいおい。
せっかく水が届いたのに、今度は取り合いか。
レオンが住民たちの方へ歩いた。
「心配する気持ちは分かる」
低く、落ち着いた声だった。
「だが、郊外にも水を必要としている人々がいる。街の外だからといって、見捨てるわけにはいかん」
「でも、足りなくなったらどうするんだ!」
「追加の輸送を手配する」
レオンは即答した。
「ただし、十分な量を確保できるまでには時間がかかる。それまでは皆で分け合ってもらう必要がある」
……。
住民たちは黙り込んだ。
レオンは続けた。
「私もできる限りのことをする。だが、今ある水を公平に届けるためには、皆の協力が必要だ」
しばらく沈黙が続いた。
やがて、一人の老人が口を開いた。
「……分かったよ。村にも孫がいるんだ。あいつらだって困ってるだろうしな」
「……そうだな」
「水が届くんなら、俺たちも協力するよ」
少しずつ、周囲の人たちが頷き始めた。
……おお。
すごいな。
さっきまで文句を言っていた人たちが、今は納得している。
「レオンさん、すごいね」
「ああ。俺だったら何て言えばいいか分からんわ」
「キョーくんなら、きっと一緒に水を運び始めちゃうよね」
「……まあ、そうだな」
チャピがくすっと笑った。
……何だよ。
別に悪いことじゃないだろ。
ばふっ!
「お前もそう思うよな!」
ルミナスが元気よく跳ねた。
……よし。
「レオン!」
俺は声をかけた。
「ん?」
「俺たちも郊外への輸送を手伝うぞ!」
「……お前たちもか?」
「ああ!どうせ原因はまだ分からないしな。今できることをやろうと思って」
レオンがしばらく俺を見ていた。
「……そうか。では頼もう」
「任せろ!」
こうして俺たちは、水樽を積んだ小型の砂走車に乗り込み、郊外へ向かった。
――数時間後。
道の両側には、広大な畑が広がっている。
だが、その景色は以前よりも悪くなっていた。
枯れた作物。
茶色く変色した畑。
水路には相変わらず濁った水が流れている。
「……ひどいな」
思わず呟いた。
「キョウマさん……」
蓮も畑を見つめていた。
「これだけ広い土地で作物が育たなくなったら、大変ですよね」
「ああ」
水だけじゃない。
このままじゃ、次の収穫も期待できない。
……根本的な原因を何とかしないと。
俺は水路へ目を向けた。
……だが、分からん。
一週間調べても分からなかったものが、今すぐ分かるわけでもない。
「……くそっ」
小さく呟く。
そのとき、前方から声が聞こえてきた。
「水だ!」
「水が来たぞ!」
見ると、小さな集落から大勢の人たちが駆け寄ってきていた。
老人や子供たち。
皆、手には桶や水瓶を抱えている。
「本当に持ってきてくれたのか!」
「ああ!順番に配るから並んでくれ!」
俺が声をかけると、住民たちは次々と列を作り始めた。
中には、涙を流している女性もいた。
「ありがとうございます……これで、子供に水を飲ませられます……」
「……ああ」
俺は頷いた。
……よかった。
本当によかった。
だが、同時に思う。
この水も、いつかはなくなる。
また運んでこなければならない。
畑だって、このままじゃ駄目だ。
……やっぱり原因を直さないとな。
俺はもう一度、遠くの畑へ目を向けた。
――その日の夕方。
街へ戻ると、レオンとセリアが配給所の前で話していた。
「郊外への輸送はどうなっていますか?」
「今日の分は届け終えた。明日以降も継続する」
「……ありがとうございます」
セリアが深く頭を下げた。
レオンは静かに首を振った。
「まだ十分ではない。王都の備蓄にも限りがある。東部からの追加輸送も手配しているが、届くまでには時間がかかるだろう」
「……そうですね」
「それまで、今ある物資をできる限り公平に届けたい」
セリアはしばらく黙っていた。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「……レオン様」
「何だ?」
「あなたは、なぜそこまでしてくださるのですか?」
レオンが少し首を傾げた。
「……どういう意味だ?」
「ここはあなたが守る東部ザルガードではありません。それに、あなたも王位候補の一人です。ご自身の地域を優先することもできるはずです」
「……そうだな」
レオンは静かに頷いた。
「だが、同じグランディアの民だ」
「……!」
「東部も南部も関係ない。困っている者がいるなら、助ける。それだけだ」
……おお。
なかなか格好いいこと言うじゃないか。
セリアは何も言わず、レオンを見つめていた。
その表情が、先ほどまでとは少し違って見えた。
「……そうですか」
やがて、小さく微笑んだ。
「レオン様。明日もよろしくお願いいたします」
「ああ。こちらこそ頼む」
二人が軽く頭を下げ合った。
……さて。
俺もそろそろ休むか。
そう思って歩き出したところで――。
「キョウマ!」
レオンに呼び止められた。
「ん?」
「お前にも礼を言っておこう。今日は助かった」
「何だよ、急に」
「郊外の住民たちも喜んでいたそうだ」
「まあ、俺は運んだだけだからな!」
レオンが小さく笑った。
「……お前はいつもそう言うな」
「実際そうだろ?」
「……そうかもしれんな」
……何だよ、その意味深な言い方は。
まあ、いいか。
俺は肩を回した。
……疲れた。
今日もよく働いたな。
だが、まだ終わったわけじゃない。
水を運ぶことはできる。
食料を届けることもできる。
それでも、井戸の水は濁ったままだ。
……いつまで続くんだ、これ。
俺は遠くに広がる畑を眺めた。
夕日に照らされた大地は、ところどころ茶色く枯れている。
「……何が起きてるんだろうな」
小さく呟いた。
ばふっ……。
背中のルミナスが、静かに揺れた。
俺はその柄を軽く叩いた。
「……まあ、明日も頑張るか」
原因はまだ分からない。
それでも、このまま放っておくわけにはいかない。
――少なくとも、俺はそう思っていた。




