#77-19「七日間の調査、届いた救援」
翌朝――。
俺たちは再び水路管理施設を訪れていた。
「……さて、今日はどこから調べるか」
机の上には、何枚もの図面が広げられている。
井戸の位置、水路の配置、地下水源の記録。
昨日も見たものだが、改めて確認してみる。
「キョーくん、何か分かりそう?」
「いや、まだだな」
俺は図面を指でなぞった。
「とりあえず、昨日濁った井戸をもう一度調べてみよう」
「うん!」
こうして、俺たちは調査を続けた。
まずは井戸の点検。
石組みに崩れはない。
水を汲み上げる設備にも、目立った異常は見つからない。
水そのものは十分にある。
……だが。
「……やっぱり濁ってるな」
桶に汲み上げた水は、相変わらず茶色かった。
「キョウマさん、水の中に何か沈んでいますね」
「ああ。泥みたいなものが混ざってる」
「これが原因なんでしょうか?」
「どうだろうな。何で混ざったのかが分からないしな」
……参ったな。
こんなとき、元の世界なら専門業者に水質検査を依頼するところだ。
だが、ここは異世界。
そんなものがあるのかも分からん。
「……よし。次の井戸へ行こう」
「はい!」
――三日目。
俺たちは街の外にある水路を調べていた。
「……こっちも駄目か」
水は流れている。
水門も正常。
だが、流れてくる水は濁ったままだ。
しかも厄介なことに、昨日まで濁っていた別の水路では、今日は綺麗な水が流れていた。
「……何だこれ」
「キョーくん、場所によって違うんだね」
「ああ。しかも昨日と今日で変わるんじゃ、原因を絞れないな」
俺は頭をかいた……おかしい。
どこかに原因があるはずなんだ。
だが、いくら調べても見つからない。
ばふっ!
ルミナスが背中で揺れた。
「……お前も分からんか」
ばふっ……。
……そうか。
お前でも駄目か。
――五日目。
状況はさらに悪化していた。
街のあちこちで井戸が使えなくなり、残された水源には長い行列ができている。
水の配給量も減らされていた。
「次の方!一人分ずつお願いします!」
職員たちが声を張り上げる。
その横では、セリアが住民たちに頭を下げていた。
「申し訳ありません。現在、他の地域からの支援を待っています。どうか、もう少しだけ……」
「もう少しって、いつまでだよ!」
「子供たちに飲ませる水も足りないんだぞ!」
怒鳴り声が上がる。
……無理もない。
俺だって、水が飲めなくなったら困る。
毎日使っていた水が突然使えなくなる。
それが何日も続けば、不満だって溜まるだろう。
俺はその様子を見ながら、拳を握った。
……くそっ。
何とかできないのか。
水路を調べた。
井戸も調べた。
古い記録も確認した。
それでも、原因が分からない。
「キョーくん……」
チャピが隣に立った。
「……どうした?」
「少し休んだら?」
「いや、まだ調べたい場所があるんだ」
「でも、ずっと動きっぱなしでしょ?」
「大丈夫だって。現場じゃこれくらい普通だ」
そう言って歩き出そうとすると、チャピが俺の袖を掴んだ。
「……無理しすぎ」
「……そうか?」
「そうだよ」
……参ったな。
そんな顔で言われると、反論しづらい。
「じゃあ、少しだけ休むか」
「うん!」
――そして、七日目。
水路管理施設の机に、俺は突っ伏していた。
「……分からん!」
思わず声が出た。
七日間。
井戸に水路、地下水源の記録。
調べられるところは、片っ端から調べた。
だが、何一つ原因を特定できていない。
「キョウマさん、お疲れさまです」
蓮が、貴重な備蓄水を入れた杯を差し出してきた。
「おお、ありがとな」
杯を受け取り、一口飲む。
……うまい。
水が飲めるって、ありがたいことなんだな。
「それで、何か分かりましたか?」
「いや、さっぱりだ!」
「……そうですか」
蓮が困ったように笑った。
俺はもう一度、図面を見つめた。
……何なんだ、これ。
設備に目立った故障はない。
掃除できる場所も、一通り綺麗にした。
それなのに、水は濁り続けている。
……一体、何を見落としてるんだ?
「……どこを調べりゃいいんだよ」
そのときだった。
ドタドタドタッ!
廊下から慌ただしい足音が聞こえてきた。
「セリア様!セリア様はどちらに!?」
……ん?
何やら騒がしいな。
俺が顔を上げると、一人の職員が部屋へ飛び込んできた。
「どうした?」
「救援です!救援部隊が到着しました!」
「……救援?」
「はい!王都から大量の物資を積んだ砂走車が!」
……おお!
ついに来たのか!
「キョーくん!」
チャピが勢いよく立ち上がった。
「行ってみよう!」
「ああ!」
俺たちは職員の後について、施設を飛び出した。
街の大通りへ出ると、大勢の人たちが同じ方向へ走っていた。
その先には――。
「……おお!」
巨大な砂走車が何台も停まっていた。
荷台には水樽や食料の袋が山積みになっている。
そして、その周囲には鎧を着た大勢の兵士たち。
「……軍隊か?」
「キョーくん、あれ!」
チャピが先頭の砂走車を指差した。
一人の男が、兵士たちへ指示を出している。
銀灰色の髪。
狼の耳。
濃紺の軍服。
……あれ?
「……レオン!?」
俺の声に、男が振り返った。
「……キョウマ?」
一瞬だけ驚いたような顔をする。
だが、すぐにいつもの真面目な表情へ戻った。
「お前もここにいたのか」
「いや、それはこっちの台詞だ!何でお前がいるんだよ!」
「南部への救援だ」
「救援?」
「ああ。王都へ派遣していた部隊から、南部が深刻な水不足に陥っているとの報告を受けてな」
レオンは背後の砂走車へ目を向けた。
「私も王都へ向かい、物資を集めて運んできた」
「……すげえ量だな」
「まずは飲料水と食料だ。足りなければ追加で輸送する」
……おお。
こいつ、やっぱり仕事が早いな。
そのとき、兵士が駆け寄ってきた。
「閣下!荷下ろしの準備が整いました!」
「よし。水は住民への配給を優先しろ。食料は保管場所を確認してから運び込め」
「はっ!」
「それと、輸送中に損傷した樽がないか確認しておけ」
「承知しました!」
次々と指示が飛ぶ。
兵士たちは迷うことなく動き始めた。
……なるほど。
これが軍の指揮官か。
「レオン様!」
今度はセリアが護衛を連れて駆け寄ってきた。
「この度は救援に来ていただき、本当にありがとうございます!」
深々と頭を下げる。
レオンは静かに首を振った。
「礼には及ばない。今は一刻も早く物資を届けることが先決だ」
「……はい!」
セリアは大きく頷き、職員たちへ指示を出し始めた。
周囲では住民たちが歓声を上げている。
「水だ!水が来たぞ!」
「食料もある!」
「これで子供たちに食べさせられる……!」
泣き出す女性。
何度も頭を下げる老人。
その光景を見て、俺は思わず息を吐いた。
……よかった。
本当によかった。
「キョウマ」
「ん?」
レオンがこちらを向いた。
「お前は何をしていた?」
「俺か?井戸が濁ってる原因を調べてたんだ」
「それで、原因は?」
「……分からん!」
「…………」
レオンが黙った。
……いや、そんな顔するなよ。
こっちは七日間頑張ったんだぞ!
「一週間調べたんだが、どうにも分からなくてな」
「……そうか」
レオンは少し考え込んだ。
「私にも水の異常を解決する方法は分からん」
「……そうなのか?」
「ああ。だが、必要な物資を届けることはできる」
レオンは住民たちへ目を向けた。
「原因の調査も重要だ。しかし、まずは人々の生活を守らねばならん」
「……ああ」
俺も頷いた。
……そうだよな。
原因を直すことも大事だ。
でも、今困っている人たちを助けることも同じくらい大事なんだ。
「……よし!何か手伝えることはないか?」
「お前が?」
「ああ!樽の清掃でも荷運びでも、何でもやるぞ!」
「……相変わらずだな」
レオンの口元が、ほんの少し緩んだ。
「では、荷下ろしを手伝ってくれ」
「任せろ!」
チャピが呆れたように笑う。
「もう! キョーくんってば、少しは休んでよ!」
「今度こそちゃんと休むから!」
「絶対嘘!」
……バレたか。
俺はルミナスを担ぎ直し、荷車へ向かった。
七日間調べても、原因は分からなかった。
だが、目の前には水を待っている人たちがいる。
……まずは、できることをやろう。
それにしても。
俺はレオンの背中を見た。
次々と兵士へ指示を出し、物資を運ばせている。
……王様になるってのは、こういうことなのかもしれないな。
いや、俺にはよく分からんけど。
とにかく今は――。
「おーい!そっちの樽、俺が運ぶぞ!」
……現場仕事に戻るとしよう。




