#77-18「澄んだ水、見えない原因」
水路管理施設を出ると、すでに大勢の人たちが慌ただしく動いていた。
大きな樽を運ぶ男たちや、荷車を準備する職員。
その周囲では、桶や水瓶を抱えた住民たちが不安そうに集まっている。
「……結構な人数だな」
「うん。みんな水が必要なんだよね」
チャピが心配そうに呟いた。
俺は荷車へ目を向けた。
……ん?
よく見ると、大きな樽が何本も並んでいる。
「なあ、あの樽って洗ってあるのか?」
「え?ああ、倉庫から持ってきたばかりですが……」
「中は確認したか?」
「いえ、まだですが……」
……おいおい。
「飲み水を入れるんだろ?だったら先に中を確認しないと駄目だぞ」
「は、はい!」
職員が慌てて樽の蓋を開けた。
中を覗き込む。
……うん……汚い。
底には埃が溜まり、内側には何かの汚れがこびりついている。
「これじゃ、せっかくの綺麗な水が台無しだな」
俺は背中のルミナスを手に取った。
ばふっ!
「よし、出番だ!」
ルミナスのふさが淡く輝く。
樽の内側へ向けると、水流が勢いよく噴き出した。
バシュウウッ!
こびりついていた汚れが瞬く間に剥がれ落ちる。
続いて、汚水を吸い上げる。
ゴオオッ!
「……よし、綺麗になったな!」
「な、なんですか今の!?」
「高圧洗浄とバキュームだ」
「……はい?」
「掃除だよ、掃除!」
……まったく。
異世界には便利な清掃機器が少なすぎる。
「キョーくん、楽しそうだね」
チャピが呆れたように笑った。
「当たり前だろ! これだけ掃除するものがあるんだぞ!」
「……そういうところ、本当に変わらないね」
ばふっ!
「お前も嬉しいか!」
ルミナスが元気よく跳ねた。
……さて。
綺麗になった樽を荷車へ積み込む。
しかし、そこで一つ問題があった。
「……重いな、これ」
大きな樽は空でもかなりの重量がある。
これに水を満たしたら、運ぶのは一苦労だ。
「キョウマさん、俺が運びます」
蓮が近づいてきた。
「おお、助かる!」
「任せてください!」
蓮は大きな樽を持ち上げ、荷車へ載せた。
……さすが勇者だ、便利だな。
「我が君!」
今度はノアが嬉しそうに駆け寄ってきた。
「わたしにもお仕事のご命令を!」
「おお、じゃあ樽を運んでくれ」
「かしこまりました!」
ノアが両手を広げる。
「では、この一帯の樽をすべて――」
「待て」
「はい?」
「普通に運んでくれ」
「……普通……ですか?」
なぜか残念そうな顔をされた。
……何をするつもりだったんだ、お前。
そんなやり取りをしていると、背後から声がかかった。
「随分と賑やかですね」
振り返ると、鹿の耳を持つ、南部ラグナードの領主が立っていた。
その後ろには数人の護衛が控えている。
「おお、さっきの!」
「先ほど管理施設にいらした方ですね」
「ああ。キョウマだ」
「お手伝いいただき、ありがとうございます」
「気にするな。困ってるんだろ?」
「……はい」
その表情が少しだけ曇った。
「今朝まで使えていた井戸も、次々と濁り始めています。残された水源だけでは、いつまで持つか……」
「原因はまだ分からないのか?」
「残念ながら」
……そうか。
俺は並んでいる樽を見た。
「とりあえず、今使える井戸から水を運ぼう。調べるのはそのあとだ」
「お願いいたします」
こうして俺たちは、水の運搬作業へ加わることになった。
北側に残された二つの井戸。
そこから汲み上げた水を樽に詰め、荷車で街へ運ぶ。
作業自体は単純だ。
だが、必要としている人数が多すぎる。
「次の樽、持ってきたぞ!」
「こちらへお願いします!」
「蓮!そっち頼む!」
「はい!」
俺たちは何度も井戸と荷車を往復した。
チャピは住民への配給を手伝い、リュカは職員たちと運搬の順番を調整している。
ノアも珍しく真面目に働いていた。
……いや。
「さあ皆様!キョウマ様の慈悲に感謝し、列を乱さず並んで下さい!」
「おい!変な演説するな!」
「もっと威厳のある言葉がよろしいですか?」
「普通に案内しろ!!」
……駄目だ。
こいつに任せると、なぜか俺が偉い人になる。
そんな騒ぎを繰り返しながらも、作業は少しずつ進んでいった。
やがて日が傾き始めた頃。
「……よし、これで何台目だ?」
俺は額の汗を拭った。
そのときだった。
「おい! ちょっと待ってくれ!」
井戸の方から大きな声が上がった。
……ん?
振り返ると、職員たちが井戸を囲んでいる。
「どうした?」
「水が……!」
中を覗き込む……茶色い。
ついさっきまで透明だったはずの水が、明らかに濁っていた。
「……おいおい」
「そんな……ここまで……」
「もう一つの井戸は!?」
「先ほどまでは大丈夫でした!」
「念のため、もう一度確認してこい!」
慌ただしく人が走り出した。
俺はもう一度、桶の水を見た。
……やっぱりおかしい。
さっきまで綺麗だった水が、こんな短時間で濁るなんて。
「キョーくん……これ、どうするの?」
「……ちょっと試してみるか」
俺はルミナスを手に取った。
桶の水へ、そっとふさを近づける。
ばふっ!
淡い光が広がった。
すると――濁っていた水が、みるみる透明になっていった。
「……おお!」
周囲から歓声が上がる。
「水が綺麗になったぞ!」
「すごい!」
「これなら飲めるんじゃないか!?」
……いや、待て。
「まだ飲むなよ。見た目が綺麗になっただけじゃ、安全かどうか分からないからな」
俺は桶を地面へ置いた。
ルミナスの力で、目に見える濁りは取り除けた。
だが、水の中に何が混ざっていたのかまでは分からない。
……それに。
俺はもう一度、井戸へ目を向けた。
暗い水面が、静かに揺れている。
……参ったな。
水を綺麗にすることはできる。
だが、何が混ざっているのかも分からないんじゃ、安心して飲ませることもできない。
俺は腕を組んだ。
「……そもそも、どこで汚れてるんだ?」
井戸を覗き込んでも、答えは見つからなかった。




