蛙の子は蛙
城を追放された私はいつの間にか森をさまよっていた。
皮肉なことだ。
あの『白雪姫』と同じ道を歩むとは。
森の中は想像していたより、暗かった。
あのお花畑みたいな脳みそをした、文字通りお姫様育ちの母にとってこの森の闇はきっと気が狂わんばかりの恐怖を与えただろう。
幸いなことに私はあの母親のおかげで暗闇に慣れている。
罰として、物置や城の地下牢の入り口に閉じ込められたことが何度もあるから。
でも、本当に怖いのは暗闇ではなく生きているものだ。
野生の動物や得体のしれない人間の方がずっと怖い。
だけれど不思議なものである。
人を怖がっている私は森の中に一軒の家を見つけ出したのだから。
その家はとてもよく手入れがされていることがよくわかった。
きちんと掃除がされ、必要な部分については補修がされている。
小さな家には花まで飾られていた。
ここは『白雪姫』が森の中でみつけた七人の小人の家だ。
なんども聞かされてきた物語の舞台。
私の始まりの場所。
私、アゲート姫のルーツ。
何度も想像して夢に見て、そして母がときどき寝る前に話してくれる真実の物語にもでてきた場所だった。
ここに私の本当の父親がいる。
とうとう、本当の父親に会うことができる。
特に恋しく思ったことはなかったけれど、会って一言くらい文句をいってやろうと思っていた。
父親であるドワーフにとってはただ、いきなりやってきた少女を守ってやる対価を要求しただけかもしれない。
だけれど、その少女は毒リンゴを食べたのち、彼女の物語は一躍有名になってしまった。
代償を求めたのに守ることもできず、王子と結婚した白雪姫のその後の人生まで悩ませ続けたことをわかっているのか?
そんなことを問いただしたかった。
そして、私の存在を知って少しでも後悔してほしかった。
白雪姫がどんな風に壊れ、その壊れた白雪姫から娘の私はどんなひどい仕打ちをうけたのか聞かせてやりたかった。
自分たちがした軽はずみな行為が、二人の少女の人生を狂わせたとしってほしかった。
私は深呼吸をして扉を叩く。
本当は少し震えるくらい怖かった。
逃げ出してしまいたかった。
「お前などしらない。白雪姫とはそんな関係ではない」
七人のドワーフたちはそうしらばっくれることもできるのだ。
後悔をするどころか、もしそんな冷酷非情な連中だったら……きっと私にもそんな冷たい血が流れているから、実の母親を石に変えてしまったのだろう。
結論から言おう。
私は実の父親であるドワーフに文句をいうことができなかった。
扉のむこうから姿を現したのは一人のドワーフの少年だった。
物語にでてくる七人の小人たちはもうその家に住んでいなかった……正確には落盤事故により彼らは皆死んでいた。
少年はそのことをとても悲しそうに教えてくれた。
どうやら、彼は彼らが森で拾った赤ん坊らしい。
白雪姫が王子によって救われたのち、七人の小人の生活はもとに戻っただけのはずなのに、なぜだかとても寂しいものになった。
そんなときに森で赤ん坊が見つかった。
今までだったら、そんなに興味をもたなかった小人たちは、一生懸命に彼を育てた。
彼のためにヤギを飼い。新鮮な乳を赤ん坊に与えた。
家もより清潔に保ち、そしてその赤ん坊が大きくなったときのためにより仕事に精をだした。
七人のドワーフたちのおかげですくすくと育った少年の生活は幸せだった。
だけれど、小人たちはより儲けの多い仕事をしようとして事故にあった。
「なんてお気の毒に」
その話を聞いた私は思わずそんな言葉がもれでた。
ずっと、文句を言いたい存在だったのに。
ずっと、憎むべき存在だと思っていたのに。母である白雪姫を憎む代わりに彼らにその恨みの矛先を向けていたのに。
もう彼ら、七人の小人は存在しないなんて。
それどころか、白雪姫の次に拾われた男の子はすくすくとこんなに幸せそうにそだったなんて……。
私は自分の中のいろいろなものが崩れさっていくのを感じた。
もう、アゲート姫ではない自分。
白雪姫から怒りをぶつけられる存在ではない自分。
将来文句を言ってやると思っていた、自分の本当の父親である七人の小人のうちの誰か。
そんな存在がみんなこの短い間に失われてしまったのだ。
気が付くと私は、そのことを目の前にいる少年に話していた。
少年はただ、静かに聞いてくれた。
そして、話が終わると。
「ねえ、アゲート。もしよかったら、ここに住まないかい? 君の話が本当ならばこの家の権利は君にだってあるはずだし、僕は独りぼっちで寂しいんだ」
「私、洗濯やお料理なんてできないわよ?」
「大丈夫。それは僕ができるから」
「でも、それじゃ悪いわ」
「じゃあ、アゲートは何が得意?」
少年に聞かれて私はしばし沈黙した。
得意なものなんて考えたことがなかった。
少し考えたあと、私はこういった。
「……じつは私、魔法が使えるみたいなの。あと、普通の人間よりもずっと力が強いの。きっと、ドワーフたちがやっていた仕事なら何かできると思う……」
確証はなかったけれど、口に出した途端、自分がいろいろなことができることに気づいた。今なら魔法もうまく使えるし、宝石がどこにあるかわかる気がした。
すると少年はとっても嬉しそうな顔をした。
「じゃあ、決まりだね。一緒に暮らそう。きっと楽しい毎日がはじまるよ」
そうして、七人の小人に拾われた少年と七人の小人の誰かの子供である私は一緒にくらしはじめた。
その暮らしは案外心地よく、私たちは生きるために協力し、そしていつしか結ばれた。
森に追放されても案外しぶとく生きることができるお姫様。
それは白雪姫と変わらない。
つまり、蛙の子は蛙ということなのだろう。
私と少年の子供の物語も近々お聞かせできるかもしれない。