過去の傷
母親を石に変えるほど恨んでいたかと聞かれたら、決してそういうわけではない。
母である白雪姫は悪い人ではない。
ただ、早くに実の母を失い、継母からはいじめられるどころか命を狙われたという生立ちもあり少々メンタルが不安定なところがある。
私のことを愛していないわけではない。
ただ、愛されて幸せそうに微笑んでいる私をみると無性に腹が立ってくるらしい。
白雪姫である自分は実際の母親から愛されなかったのに、娘のアゲートは自分からも周りからも愛され幸せに育っていると思うと、どうして自分は与えてもらえなかったものをその子供は与えてもらえるのか不公平に感じて苛立っているようだった。
娘である私を愛する気持ちはあっても、娘が実際に幸せそうにしている姿をみると昔のみじめな自分を思い出し発作のように泣き叫ぶことも多々あったという。
それでも、国民の前ではあの物語の幸せになった『白雪姫』としてほほ笑み続けることを求められ続けた。
そして、なにより私よりあとに子供を授かることがなかった。
それらのことは私の母である『白雪姫』をひどく追い込んでいった。
気が付くと、母が私を折檻するのが日常になっていた。
食事のときスプーンが皿にあたる音がしたから、桶がいっぱいになるまでスプーンで水を汲むことを命じられた。
私のドレスのボタンが外れていたのを見た母は「太ったせいね」といって、食事もできないくらいひどくきついコルセットでウエストを締め上げるようになった。
召使が私の髪を梳かすのを痛がると、母は大きな鋏を持ち出して「こんな髪はきっておしまい」といって、リボンで結んでいるところからジョキンッと鋏で切ってしまった。
どれも年頃の娘に対するしつけであるといいわけができそうな理由ばかりだが、残念ながらその折檻が始まったのは年頃というのには私はまだまだ幼い子供だった。
他の子供であればスプーンを持てることをほめられるし、ドレスのボタンがとれるのは成長の証、子供の髪は絡まりやすいからよい香油を買い与えようとするだろう。
だけれど、母にとっては私の成長や少女らしさはすべてが苛立ちの原因だった。
でも、『白雪姫』は決して娘の『アゲート姫』を愛していないわけではなかった。
それらの苛立ちの中にはちゃんとした娘に躾なければという思いもあった。ちゃんとした娘に育て上げ、早く良い結婚相手に恵まれこの国をでていってほしいと願っていた。
アゲート姫が白雪姫の子どもではあるけれど、王子との間の子供ではないということがばれる前に。
母はおそらく私を宿したとき、子供の作り方なんて知らなかったのだと思う。
実の母はなく、継母だってあの通り白雪姫を憎んでいた。
母はきっと身の回りを綺麗に世話してくれる人間はいても、生きるのに必要なことを教えてくれる人間はいなかったのだ。
ただ、やっと安心できる環境を得たとき、その場にいた男たちからするように求められたことをしただけだ。
料理や掃除と一緒で、女はそれができるべきだという価値観の男たちのもとに白雪姫は保護されただけなのだ。
誰も悪くない。
何も知らずにそれをして子供を作った白雪姫も。
女がそれをすべきだという価値観をもったドワーフたちも。
誰も悪くないから、私は誰を責めることもできない。
ただ、母からは些細なことで責められ、世間からはその容姿が国王夫妻に似ていないことを囁かれ、父からは見て見ぬふりをされる。
私は何も悪くないのに……。
そんな思いが続いていたある日のことだった。
いつものように、ちょっとしたことで母からお小言をうけ、私はとうとう爆発した。
でも、そういう経験がないから、上手く言い返すこともできず、ただじっと母である『白雪姫』を見つめた。
すると目のあたりからじんと熱くなる感じがして、気が付くと知らない光につつまれて母は石になっていた。
それだけの話。
私は別に母を石にしようなんて思っていなかった。
父である王は、私を恐れたのか城からの追放という名目で、私を自由にした。




