傷の話 後編
中学に進学すると同時に、障害者のための特別支援学級に私は在籍するようになった。
一年生の時は不登校だったけれど、なんとか二年生からは過呼吸を起こさずに学校に通えるようになった。
でも、差別してくる通常学級の生徒も、好き勝手に振る舞う特別支援学級の生徒も、私は嫌で嫌でたまらなかった。
人間には優しさは、ない。
本気でそう思うようになっていた。
だから私は放っておいてほしかった。
一人で本を読んでいればそれでいいと思っていた。
でも。
「お前、東方好きなの?」
この目の前の一年生は、私を放ってくれないようだった。
「私と関わらないで。痛い目に遭うよ」
私は山名公明くんからふい、と目を逸らして冷たく言い放った。
別に嫌われたって構わない。
こうすれば山名くんもこの場から立ち去ってくれるだろう。
そう思ったが、ちらりと山名くんの顔色を窺うと、山名くんはへにゃっとした笑顔をこちらに向けた。
「コウミさん、俺に痛い目を合わせる程強くないでしょ?」
その返答に私は真っ赤になって叫んだ。
「何よそれ! ていうか、コウミさんって呼ばないで!」
「ほら、耳まで真っ赤になって泣きそうな顔している」
くすくすと笑う山名くんに苛ついて、私は席を立って教室を出て行った。
「ああ! 待ってよ! コウミさん、東方好きなの?」
「チルノのファイルはいとこからのおさがり! 東方って何よ!」
捨て台詞のつもりで吐いても、山名くんはどんどん後を追ってくる。
「じゃあさ、アレンジを聴いてみて! 絶対ハマるから! おススメは……」
心底うるさいなー。
***
結論を申し上げよう。
東方のアレンジにハマってしまった。
家に帰って、気が向いたのでネットで聴いてみたのだ。
それからというもの、毎日、山名くんと喋るようになった。
最初こそ私の態度はツンツンしていたが、どんどん軟化していった。
「コウミさん、今年は受験生だねー」
ちょっと改まった顔をする山名くんに、私は微笑んだ。
「うん……! ちゃんと志望校に合格できるように頑張らなくちゃ」
「コウミさんは頭いいから大丈夫だよ」
正直、特別支援学級に在籍している生徒は内申がつかないので、高校選びも大変だ。
「そんなことないよ。山名くんみたいに部活動をしていたら違ったんだろうけど……。すごいね」
「いや、俺はただのバカだから……」
山名くんは快活に照れ笑いを浮かべた。
「おい! ふざけんな!」
教室の端から、男子の怒鳴り声が聞こえた。
「俺の落とした消しゴム、踏むなよ!」
すごくくだらない理由で、喋ることができないほど重度の障害を持っている女の子に怒鳴りちらす男子を、私はいさめた。
「いいじゃない、それくらい。許してあげなよ」
「うるさい、コウミ! なんでこんな誰からも愛されないような奴庇うんだよ!」
身体の大きな男子に怒鳴られて内心びくびくしながらも、悟られないように声を張り上げた。
「そんなこと言っちゃいけないよ」
「はあ? 普段おとなしいくせにこういう時だけうるさいよな。正義感強いつもりか? 偽善者!」
「それでもダメなものはダメなの!」
私がそう言うと、男子はカッとしたように拳を振り上げた。
私は目を瞑る。
ガンッ!
鈍い音がして、目を開ける。痛みはない。
私の代わりに、山名くんが殴られていたのだった。
「女を殴るんじゃねえよ」
クラスの中心人物の山名くんの言葉に、男子は俯く。所詮、こいつはそういう奴なんだ。
山名くんは年相応に体格がいい。だから、喧嘩すれば男子に勝てるはずだ。
でも、彼は自分が傷ついても誰も傷つけない。
重度の障害児に優しい。軽度の障害児にも優しい。
虐めてくる健常者にさえ優しくて、最終的には健常者の信頼も勝ち取る力を持っている。
彼はいつも笑顔で。
私の中で優しさの象徴なのだ。
彼自身は障害のせいで文字が読めないし、そのせいか、どこか控えめな性格だけど。
周囲を明るくする天性の素質がある。
私も彼に救われた一人だ。
もう愚痴っぽいのはやめよう。
助けてもらうばかりじゃない。
私は空気が読めないし、常識もないバカだけど。
周りを明るくする、感じの良いバカにならなれるはず。
そして、誰かを幸せにできた時。
私は許されるのだ。
***
そんなこんなで早一年。
私は無事都立高校に入学して、感じの良いバカを演じている。
今の所誰かを幸せにするなんて大層なことできていないし、生き方に疑問を感じることもある。
窓の外を見ると、朝日が眩しかった。
ああ。
田宮くんは、本当の私と今の私、どっちが好きなんだろう。
なんてね。




