夏休みの話
始まった! ついに始まってしまった! 夏休みが!
解放感とネジが緩んだ脳みそ。
きゃっきゃうふふと街を徘徊するギャルギャルしい女子。
山積みの宿題に四苦八苦する学生ならではの苦悩。
そして、終業式を終えてから二週間――土日を差し引いて十日――が経過しているのに、毎日のように制服に袖を通している、私。
理由は簡単だ。補習に参加しているのだ。
言っておくが、私の成績は、学年二百人中八位だ。
むしろ、成績が優秀な生徒ほど補習に参加している。
自由参加の補習ほど、勉強嫌いが寄り付かないものはないだろう。
最初の五日間の、英語の補習は良かった。田宮くんが参加していたから。
翌週の三日間の数学の補習だって、田宮くんの代わりに増谷くんが参加していたから、寂しくはない。
でも最後の二日間の国語の補習は辛かった。
先生が全然知らない人だったし、周りの生徒はみんな友達同士で来ていたので、完全なるアウェイ。
まあ、二日で済んだから、良かったけれど。
午前中はずっと補習だったけれど、午後も午後でずっと夏休みや塾の宿題をしていた。
一教科につき、一日から二日で宿題を終わらせて、宿題を課す科目は九科目なので、七月中には宿題を終えることができた。
他にも七月中の土曜日に、田宮くんと自由参加の学校行事のオープンキャンパスに出かけたし、七月に遊んだ思い出といえば、笹塚ちゃんとあと女子二人と映画館に行ったくらい。
笹塚ちゃんたちは結構遊んでいるようで、めちゃくちゃ羨ましかった。
でも! 八月にとっておきのイベントがある。
田宮くんと、ひさきちゃんと松美ちゃんと、増谷くんと川辺くんと、海に行くのだ!
楽しみで仕方がない。
***
「じゃあ、コウミの好きな人とは夏休み中に十回会う計算になるのね」
「うん」
中学時代の同級生、鹿島みちの言葉に私は頷いた。
田宮くんとは補習で五回、オープンキャンパス、海、図書委員会で三回、会う。
我ながらすごい回数だと思う。
みちは中学時代の不登校仲間で、お互い中学二年生からは学校に登校するようになったけれど、交流は今も続いている親友だ。
「みちは夏休み、遊んでいる?」
「全然。学生の本分は勉強でしょ」
みちはばさっと言い捨てる。彼女は志が高くて、医者になるために勉強しているのだ。
みちの部屋は綺麗に整頓されている。彼女は几帳面なタチなのだ。
そして広い。そこそこお金持ちのマンションに住んでいる。
「みちは揺るがなくていいなあ」
私は溜息交じりに呟いた。
「私はコミュニケーション能力がないから、たくさんの友達を作るよりも、傍にいてくれる数少ない人を大切にしようって決めたのに……」
みちはにやりと笑った。
「ああ~。クラスのリア充どもが羨ましくなってきているんでしょ」
「うん……」
「コウミ自身は、大学受験のために遊ばないで勉強してますオーラ出しているけど、内心青春したいと?」
「うん……」
「部活に入ろうにも、取り柄の無い生徒が途中から入るのもなんだかだし、だいたい親が厳しくて許可してくれないし」
「うん……」
「あー! 私もモテたーい!」
「そこまで私の心代弁してくれなくていいから!」
私は真っ赤になって叫んだ。
でも、全部本当のこと。モテたいです、はい。
「あたしだってモテたいわよ」
そういうみちは、長身で長い黒髪が特徴的な格好いい系美人だ。
でも高校では天然系のキャラを演じているらしい。
「みちはモテているんじゃないの? 性格可愛くて顔も可愛い優等生を演じているんでしょ?」
みちは顔は可愛い。優等生だ。でも、本来の性格は可愛げがない。
「う~ん。女子には可愛がられるけど、男子はなぁ。どうでもいい子って思われているみたい」
確かに、みちはあまり男子と喋らなそうだ。
「コウミはモテなさそうよね。理論的過ぎるもの」
「いや……、学校では、バカを演じているけど、板にハマりすぎて、バカすぎて引かれた……」
私は本来は、自分にも他人にも厳しい性格なのだった。
ただ、正直な言葉はときに他人を傷つけるし、感じの良いバカを演じていれば、アスペルガー症候群特有の空気の読めない言動をしても、八割方許してもらえるかな、と思って高校ではそうしている。
――――のだが。
板にハマりすぎた。演じすぎた結果、自己暗示で本当にバカになってしまった。
自分にも他人にも厳しくて、中学時代、特別支援学級の担任の先生から扱い辛そうにされていた私は見る影もない。
「えー!! マジで!? 演じ切れているの?」
驚くみちに頷くと、みちはますます目を丸くした。
「でも、どうしてわざわざバカを演じるのよ。モテないに決まっているじゃない」
私は項垂れる。
「入学時はモテる以前の問題だったから」
「まあ、あんたってモテない女というよりは、モテない男の女版みたいなところがあるから、ね。
勉強しかしてこなくて、ダサくて気も利かないケチな男が、モテたいとかほざいていたら、何言ってんの? って思うでしょ?」
その通りだ。私は単純バカだし、女子力がないし、モテたいとか何言ってんの? って感じだよな。
「ちなみに、田宮くんとはどんな感じなの?」
みちがちらりとこちらを見つめてくる。
「あーもう! 田宮くんは笹塚ちゃんとばっか喋っていて、私には冷たいのー!」
普段はプライドが邪魔して言えない本当のことを言った。
「話しかけてくれないし! 笑いかけてくれないし! 遊びに誘ってくれないし!」
「でも、補習とかオープンキャンパスとか、誘えば来てくれるんでしょ?」
「まあ……」
仕方なしに頷いた。
「あたしだったら、誘われても絶対に行かないわよ。よっぽどのいい人か、暇な人か、あんたのことを好いてないと」
田宮くんはいい人だし、暇そう。でも私のことが好きかはわからない。
「なんで向こうからは誘ってくれないんだろう……」
「臆病で女子を誘えないヘタレか、単純にコウミが好かれてないんじゃないの?」
どっちも同じくらいありうる……。
プルルルルルルルルルルルルルルルルル!
突然私の携帯電話が震えた。
「いいよ、出て」
みちがちょっと愛想笑いをしてくれたので、私は立ち上がって部屋の端っこに移動した。
「もしもし」
『俺だけど、田宮』
低い声の主は田宮くんだった。
『今、平気?』
「平気平気!」
本当は友達の家にいるけれど!
『お前、CDとか聴く?』
いきなりの言葉に、私は訳が分からないながらも答える。
「あんまり持ってない、よ」
『東方のアレンジのCD、よかったら貸すよ』
田宮くんの申し出は嬉しかったけれど、唐突過ぎて頭が追い付かなかった。
「ど、どうして?」
『お前、東方のアレンジ好きみたいだし、だいぶ前土産を貰ったし』
「でも、私、壊しちゃうかも……気持ちはありがたいけど」
『壊してもいいよ。川辺なんてわざと俺の部屋の時計を、改造しようとして壊したから。壊さないようにしようと思うだけマシだ』
「でも……」
『お前はどうしたいの?』
田宮くんに尋ねられて、私は考えた。
「……借りたい、です」
『じゃあ、今度貸すよ。またな!』
プツッ! ツーツーツー。
「誰から?」
みちに尋ねられて、ぼうっとした頭のまま答える。
「田宮くんから……」
「なんて?」
「CD貸してくれるって」
「なんで?」
「だいぶ前にお土産あげたから……」
みちはあんぐりと口を開けた。
「不思議な人ね……」
「いつもは普通の人なんだけどね……」
今日は本当にどうしたのだろう。
「普通に好かれてんじゃない」
みちの苦笑いに、私は首を傾げたのだった。
もちろん、初めて向こうからかかってきた電話の履歴は保護操作をしておいた。
※参考
「東方Project」同人サークル上海アリス幻樂団




