障害の話 後編
マクドナルドにて。
倹約家の山名くんは百円のお茶を注文していて、私にいたってはアップルパイの無料券を使って一銭も店に支払わないという始末。
それに気を遣ったのか、それとも見た目通り大食いなのか、田宮くんはポテトのLサイズやら大きなハンバーガーやらコーラのLサイズやら、たくさん注文していた。
「ポテト、お前らもつまんでいいよ」
「いえ。俺、小食なんです」
「私、借りは作らない主義なの」
田宮くんはおそらく親切で言ってくれたのだろうが、悪気なく突っぱねた私たちに絶句していた。
「さて。山名くんはなかなか内定が決まらないから、落ち込んでいるの?」
私は訊いていて、違うな、と思った。
山名くんは世間の理不尽さに耐えられる強くて優しい子だ。
「まあ、それもあります。一件落ちるごとに愕然としますよ、そりゃ」
「だよなー」
田宮くんが年下の少年をいたわるように頷いた。
「でも、この前、祖母に言われた一言で、ちょっと今まで自分を奮い立たせていた糸が切れちゃったっていうか……」
山名くんがちょっと斜め下に視線をずらした。
「祖母に言われたんです。『お前が結婚したら周りが不幸になる』って」
「どどど、どういうこと!?」
私は前かがみの姿勢で山名くんに詰め寄った。
「俺、長男なんですけど、もし俺が結婚して家を継いだら、俺が死んだあと、奥さんに財産がとられるじゃないですか」
「まあ……どこの家でもそうだよね」
「で、奥さんが再婚なんてしたら、俺の家の財産が、他の家のものになる」
私は反論する。
「そんなのどんな家だってありえることだよ」
「でも、俺が結婚しなければ、俺と弟が死んだ後に弟の子供が家を継ぐことになるんですよ」
「そんな未来の話……」
私は呆れた。
山名くんはお父さんの仕事が不調だって話は聞いていたけれど、お祖母ちゃん、というか、山名家の財産はそれなりにあるのだ。
本当なら山名くんは高等学校に進学できる。働きたいというのはLDだから、というのもあるのだろう。
「お前が、結婚して子供を作ればいいんじゃね?」
田宮くんの言葉に、私達は苦笑いする。
「発達障害者でも、子供を作って幸せな家庭を築いている人はいるよ。でもね、自分の障害が遺伝するかもしれない。そうなったときに、ただでさえ障害のせいでできないことが多い私たちが、障害のせいで普通の子より育てるのに苦労する子を育てきれるのかな……」
田宮くんは言葉を失った。
「しかも、奥さんは俺をあらゆる面でサポートしなければいけません。母親と妻の二役をこなさなきゃいけないんですよ。そんなに盲目的に俺のことを好きになってくれる人っていますかね?」
「いるんじゃない?」
「いるかもねえ」
私と田宮くんは同時に同じ言葉を返した。
「いや……だって山名くん、顔も格好いいし、性格も温厚だし、家事もそれなりにできるし。就職して賃金は少なくても安定して稼げるなら、恋愛結婚はできると思うよ。学歴とか障害とかあるから、お見合い結婚は無理だろうけど。ああいうのは会うより先に、条件をみるから」
私の言葉に、田宮くんも追い風的な言葉を投げかける。
「健常者のバカで肝心な時にヘタレな男と付き合うより、よっぽどいいだろ」
山名くんは、目を瞬かせる。
「え? でも、俺、漢字が読めないし……」
「障害がある奴とはどうしても結婚したくないって奴は確かにいるよ。でも、俺もそうだけど、結婚相手にもっと譲れない条件があるというかさ……」
「なあに?」
私はごくさりげなくを意識して尋ねた。
「相手が精神的に安定していて性格が面倒臭くないこと。まあ相手の障害のせいで面倒臭いサポートをするくらいならまだいいが、他人にいつも逆恨みしているようじゃな。あと、俺をどんなことがあっても受け入れてくれること。それと金銭感覚の一致だな」
「自分を受け入れてくれる? 健常者のあなたは、ある程度の人なら受け入れてくれるんじゃないですか?」
山名くんの訝しげな視線に、田宮くんは苦笑した。
「障害者は確かに自分を受け入れてくれる人を探すのに苦労するかもな。でも健常者だってそれは同じだぞ。俺なんてブサイクだし、オタクだし、性格も一般的には気持ち悪いし」
山名くんは、ほうっと息を吐いた。
「なんか……俺、今相当楽になりました。みんな苦労しているんすね」
山名くんは爽やかなタイプの男の子なので、立ち直りも早いのだ。
「俺! もうひと踏ん張りしてみます! 弟に俺の人生まで背負わせたくないから、なんとか自立してみせます!」
そう言って山名くんは去って行った。
「なんか……超真っ直ぐな奴だな」
まだ消費していないポテトを食べながら、田宮くんは呟いた。
「私ね、中一の時は学校に通わないで適応指導教室に通っていたんだけど、中二で学校に通い始めた時に軽い対人恐怖みたいになっちゃってて。病気ってほどじゃないけど。でもね、あの子が私の心の壁を、ぶっ壊してくれたの」
私は田宮くんに微笑んだ。
「あの子と私のクラスは特別支援級だから、学年が違っていても同じクラスなんだけどね、だからあの子は元クラスメイトで、後輩で、大切な恩人なの」
田宮くんは目を細めた。
「そっか。あいつにとっても大切な先輩なんだろうな」
「うん!」
私はポテトを頬張りながら頷いた。
「……借りは作らないんじゃなかったのか?」
田宮くんの訝しげな視線。
「忘れていた!」
やっぱり私は大バカだった。




