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第31話 王都社交教育会

「まあ、あの方のドレス、少し流行遅れではありませんこと?」

「ええ。それに歩き方もぎこちない。きっと、金冠の評価も低いに違いありませんわ」


豪奢なシャンデリアが眩い光を投げかける、王都社交教育会の大広間。

王国の未来を担う令嬢たちが集う華やかな祭典であるはずのその場所は、実のところ、冷酷な値踏みの視線が飛び交う巨大な市場だった。


扇の陰で交わされるのは、友愛の言葉ではなく、他者の価値を値踏みし、自らの優位性を確認するための残酷な品定め。

そこには、地方の茶会で見られたような無邪気な悪意すらなく、ただ徹底してシステム化された冷たい序列が存在していた。


「……随分と、息苦しい場所ですね」


黒いドレスに銀縁眼鏡という、この場にはおよそ不釣り合いな装いの作法教師、リディア・グレイスが、静かに広間を見渡した。

彼女の背後には、護衛の近衛騎士レオンハルト、助手のセレスティナ、そして獣人の少年ミロが続いている。

ついに一行は、金冠教育会の本丸――オクタヴィア公爵夫人が支配する敵地へと足を踏み入れたのだ。


「あら、どなたかと思えば」


不意に、背後から甘ったるい香水の匂いとともに、嘲笑を含んだ声が響いた。

振り返ると、扇を手にした数人の高位貴族の令嬢たちが、セレスティナを囲むようにして立ち止まっていた。


「セレスティナ・ヴァルモント様ではありませんの。婚約を破棄され、修道院へ送られたと伺っておりましたが……」

「まさか、平民の作法教師の下働きにまで身をやつしていらっしゃるとは。元侯爵令嬢の面影もありませんわね」


令嬢たちは、かつて自分たちを見下していたセレスティナの落ちぶれた姿を見て、これ見よがしにクスクスと笑い声を上げた。


「……」


セレスティナは、扇を握る手を微かに震わせた。

過去の彼女であれば、顔を真っ赤にして怒鳴り返し、相手を家柄でねじ伏せようとしていただろう。

レオンハルトが静かに一歩前に出ようとしたが、セレスティナはそれを手で制し、ゆっくりと扇を開いて優雅なカーテシーをして見せた。


「ええ、皆様の仰る通りですわ。かつての傲慢で愚かだったわたくしは、もう死にましたの。今はリディア先生の元で、真の礼儀とは何かを一から学んでおります」


「な、何ですって……?」


挑発に乗らず、自らの過ちを認めた上で気高く微笑むセレスティナの態度に、令嬢たちは毒気を抜かれたように顔を見合わせた。


「……つまらない方になってしまいましたのね。行きましょう、皆様」


捨て台詞を吐いて去っていく令嬢たちの背中を見送り、セレスティナは小さく息を吐いた。


「よく耐えましたね、セレスティナ」

「先生に叩き直された成果ですわ。あの方たちの言葉など、昔のわたくしが犯した罪に比べれば、痛くも痒くもありません」


セレスティナは顔を上げ、もう過去の影に怯えない、毅然とした表情を見せた。


だが、敵の洗礼はこれで終わりではなかった。


「おい、そこの獣人」


広間の奥へ進もうとした一行の前に、金冠教育会の紋章をつけた案内役の男が立ちはだかった。

男はミロを汚いものでも見るかのように一瞥し、シッシッと手を振った。


「獣人がこのような高貴な広間を歩くなど許されない。お前は裏の荷物搬入口へ回れ。獣人用の待機所があるはずだ」


「なっ……!」


ミロはカッと頭に血を上らせ、犬の耳を逆立てた。


「僕は荷物じゃない! 先生の助手として、正式に招待されてここに来たんだぞ!」

「口答えするな! たかが獣人の分際で、人間と同等に扱われるとでも思っているのか!」


男が警棒に手をかけ、威圧的に怒鳴りつけた。

ミロが拳を握り締め、飛びかかろうとした瞬間――。


「彼に触れることは許しません」


リディアが静かに、しかし絶対的な冷たさを伴った声で男の前に進み出た。


「な、なんだ、あんたは……」

「わたくしは、この招待状の宛名にあるリディア・グレイスです。彼は王国の自由民証を所持する、わたくしの正規の同行者です」


リディアは銀縁眼鏡の奥の灰紫の瞳で、案内役の男を射抜いた。


「王宮の規定に準ずるこの教育会において、正式な招待客の同行者を不当な理由で裏口へ回す規定がどこにあるのか。条文を挙げて説明していただけますか?」

「そ、それは……っ」


男は言い淀んだ。金冠教育会の内部ルールとして獣人を差別してはいるものの、公の規定として明文化できるはずがない。


「……チッ。勝手にしろ。ただし、広間の隅から一歩も出るなよ」


男は忌々しそうに舌打ちをすると、踵を返して歩き出した。


「大丈夫ですか、ミロ」

「……はい。ありがとうございます、先生。でも、やっぱり腹が立ちます」


ミロは悔しそうに犬の耳を伏せた。

レオンハルトが、ミロの肩にポンと大きな手を置く。


「怒っていい。だが、今は耐える時だ。彼らのルールの中で、彼らの首を絞める証拠を掴むために」

「……うん。分かってるよ、レオンさん」


案内役の男に連れられ、一行は広間の最も奥、華やかな円卓が並ぶ中心から遠く離れた場所へと案内された。

そこは、太い柱の陰になっており、舞台の様子もろくに見えないような、粗末で小さなテーブルだった。


「ここがお前たちの席だ」


男は意地悪な笑みを浮かべ、テーブルの上の札を指差した。


「高貴な貴族の方々と、平民の作法教師が同じ席に座るわけにはいかないからな。そこは身分の低い者が座る、最下位の『作法教師席』だ。お似合いだろう?」


それは、オクタヴィア公爵夫人からの明確な侮辱だった。

王女であるリディアを、あえて最も身分の低い席に座らせることで、彼女の権威を否定し、精神的に屈服させようというのだ。


「……無礼な。殿下に向かって、このような席を用意するなど」


レオンハルトが低い声で怒りを滲ませ、剣の柄に手をかけた。

だが、リディアは静かに彼を制止した。


「構いませんよ、レオンハルト。わたくしは作法教師として招かれたのですから、作法教師席に座るのは当然のことです」


リディアは全く動じることなく、その粗末な椅子に静かに腰を下ろした。


「それに……上に立つ者には見えない景色が、下に置かれた席からでなければ見えないものがあるのです」


リディアの灰紫の瞳が、会場全体の不自然な配置を静かに読み解き始めていた。

その時、足元にしゃがみ込んでいたミロが、柱の奥の壁の隙間から漂ってくる微かな匂いに気づき、ハッと鼻をひくつかせた。


「先生……! この壁の奥から、前の町で嗅いだ『地下保管庫』の匂いがします」


最下位の作法教師席。

そこは奇しくも、金冠教育会が最も隠したかったであろう、王都の地下へと続く秘密の入り口のすぐそばだった。

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