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第22話 満点令嬢の檻

「完璧です、ヘレナ様。減点ゼロ。まさに『金冠』にふさわしい満点の令嬢です」


評価官の絶賛を浴びながら、伯爵令嬢ヘレナは感情の欠落した硝子玉のような瞳で、機械のように正確なカーテシーを繰り返していた。

そこには喜びも誇りもない。ただ「減点されないため」だけに最適化された、美しい檻の中の人形がいた。


王都近郊のヴァルデン伯爵家で開催されている令嬢評価会。

二日目のカリキュラムである『茶会の歓談』の実技審査を見つめながら、特別作法教師として潜入しているリディア・グレイスは、銀縁眼鏡の奥で静かに息を吐いた。


「……見事な作法ですが、不気味ですね」


リディアの背後に控えていたセレスティナが、扇で口元を隠しながら極めて小さな声で囁いた。


「先生、分かりましたわ。この評価会で測られているのは、礼法や教養の深さではありません。親や婚約者にとって、どれだけ『都合よく従うか』という、絶対的な従順さのテストです」

「ええ。昨夜あなたが気づいた通りです、セレスティナ」


リディアは手元のダミーの評価簿に視線を落とした。

セレスティナの過去の点数とともに『破滅計画』が記されていた紙片。そして今日、目の前で繰り広げられている異様な審査の光景。それらが結びつき、金冠教育会の恐るべきシステムの実態が浮き彫りになっていた。


「この評価簿の正体は、高位貴族に向けた『婚約市場の価格表』です。自らの意思を持たず、家の利益のためだけに動く娘ほど高得点が与えられ、最高値で取引される。そして……」


リディアの視線の先では、先日の実技で失敗し『赤点』を付けられた令嬢が、絶望に顔を歪めて震えていた。


「点数が低く、商品価値がないと見なされた令嬢は、持参金とともに修道院へ送られ、厄介払いされる候補となる。……少女たちの人生を点数で切り売りする、悪魔の所業ですね」


「満点令嬢」と持て囃されているヘレナでさえ、その実態は最も高価な鎖に繋がれているに過ぎない。

休憩時間、リディアは一人で壁際の椅子に座るヘレナに近づき、静かに声をかけた。


「ヘレナ様。先ほどの実技、寸分の狂いもない見事な所作でした」

「……ありがとうございます、先生」


ヘレナの声には、抑揚が全くなかった。

彼女はリディアを見上げることもなく、ただ膝の上で完璧な形に組まれた自分の両手を見つめている。


「ですが、私にはこれしかありませんから。少しでも感情を見せれば、『従順の美徳』で減点されます。点数を落とせば、私という道具は家族から見捨てられ、あそこの彼女のように修道院へ送られるだけです」

「あなたは、ご自身の意思で生きることを諦めているのですか」

「意思など、私のような満点の商品には不要なものですわ」


諦観しきったヘレナの言葉に、リディアは微かに眉根を寄せた。

金冠教育会は、令嬢たちから自由を奪い、恐怖で支配し、家格を維持するための『部品』として量産している。このシステムそのものを破壊しなければ、本当の救済はない。


その日の夕刻。

評価会の日程が終わり、屋敷が静寂に包まれ始めた頃。

客室で待機していたミロが、犬の耳をピンと立てて鼻をひくつかせた。


「先生、見つけました」


ミロは声を潜め、リディアとレオンハルトを振り返った。


「昼間、評価官の大人たちが出入りしていた奥の廊下。あそこに、すごく厳重な鉄の扉があるんですけど……そこから、大量の紙とインクの匂いがします。ただの書類じゃないです。色んな大人が、コソコソ隠し事をした時の、冷たくて嘘くさい匂いです」


「おそらく、彼らが管理している評価簿の原本と、関連資料の保管庫ですね。よくやりました、ミロ」


リディアは立ち上がり、レオンハルトに視線を送った。

レオンハルトは無言で頷き、剣の柄に手を添えて部屋の扉を静かに開いた。


「殿下、足元にお気をつけて。私が先行します」


夜の闇に紛れ、一行は音もなく屋敷の奥へと進んでいく。

ミロの鋭い嗅覚が、巡回する警備の兵の匂いと足音を完璧に察知し、彼らとの接触を避けながら保管庫の前へと辿り着いた。


「鍵がかかっていますね。しかも、かなり複雑な構造のようです」

リディアが鉄扉の鍵穴を調べて呟くと、レオンハルトが静かに進み出た。

「お下がりください。力技になりますが、音は立てません」


レオンハルトは剣の柄頭を鍵穴の隙間に正確に打ち込み、特殊な技術で内部の機構を強引に、かつ無音で破壊した。

カチリ、と鈍い音がして、重い鉄扉が静かに開く。


保管庫の中は、埃っぽく、そしてミロの言う通り、膨大な量の書類の匂いが充満していた。

壁一面の棚には、王国中の貴族令嬢たちの名前が記された分厚いファイルがずらりと並んでいる。


「これすべてが、少女たちを値踏みした記録……」

セレスティナが息を呑む中、ミロはさらに部屋の奥にある、ひと際厳重な鍵のかかった木箱へと鼻を近づけた。


「先生、こっちです。この箱の中から、王宮のお城で嗅いだのと同じ、偉い人が使う特別なインクの匂いがします」


リディアはミロが指し示した木箱を開けた。

そこには、金冠教育会の紋章が入った書類ではなく、王室の正式な紋章が押された分厚い羊皮紙の束が収められていた。


「これは……王宮推薦状、ですか?」


セレスティナが不思議そうに覗き込むが、リディアの灰紫の瞳は、その書類を見た瞬間に剣呑な光を帯びて細められた。


「……いいえ、セレスティナ。これはただの推薦状ではありません」


リディアはその束の一つを手に取り、蝋燭の僅かな灯りに透かした。


「すべて、王宮の書記官の署名と印が偽造された『王宮推薦状の偽造原本』です。しかも、宛名が白紙のまま、大量にストックされている」


それは、金冠教育会が点数の高い令嬢を高値で売る際、あるいは多額の賄賂を受け取った際に、付加価値として自由に書き込めるように用意された、国家に対する明らかな反逆の証拠だった。

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