第19話 バトルオブブリテン
ヨーロッパの空が、人類史上最も激しい炎に包まれた1940年の夏。
これは、絶体絶命の危機に立たされた島国イギリスと、空を覆い尽くすほどの軍勢を誇ったナチス・ドイツ空軍による、歴史上初となる「空軍同士の総力戦」の物語である。
のちに「バトル・オブ・ブリテン」と呼ばれ歴史に刻まれるこの戦いは、今もなお多くの人に悲哀と共に語り継がれている。
1940年7月。
ヨーロッパ大陸は、ハーケンクロイツ(鉤十字)の影に完全に呑み込まれていた。
無敵を誇ったフランス陸軍はドイツの「電撃戦」の前にわずか一ヶ月余りで崩壊し、イギリスはドーバー海峡を隔てて、たった一国でナチス・ドイツという巨大な怪物と対峙することになったのだ。
ドイツの最終目標は、イギリス本土への上陸作戦「アシカ作戦」。
しかし、世界最強のイギリス海軍が守る海を渡るには、どうしてもイギリス上空の「制空権」を握り、空からイギリス艦隊を無力化する必要があった。
フランス北部の飛行場群に集結したドイツ空軍の司令官、ヘルマン・ゲーリング国家元帥は、葉巻をくわえながら傲慢に笑い飛ばした。
「我が無敵の空軍を以てすれば、数週間でイギリスの空軍など地上から消し飛ぶ。上陸部隊の歩兵たちは、ただ海峡をピクニック気分で渡ればいいのだ」
出撃の合図とともに、フランスの空を黒い絨毯が覆い尽くした。
急降下爆撃機『Ju87 スツーカ』、双発爆撃機『He111』、そしてそれらを護衛する世界最高峰の戦闘機『Bf109(メッサーシュミット)』。
総機数は2500機以上。
対するイギリス王立空軍(RAF)の戦闘機は、稼働できるものをかき集めてもその半分以下しか存在しなかった。
圧倒的な絶望。
誰もが、イギリスの命運は数週間で尽きると信じていた。
「敵大編隊接近! 方位1-2-0、高度1万5千フィート、機影およそ100!」
イギリス本土、地下深くの防空作戦室。
タバコの煙が充満する中、女性のオペレーターたちが長い棒を使い、巨大なチェス盤のような地図上に敵の現在位置を示す木製のブロックを次々と動かしていく。
ドイツ軍の将軍たちが「数」に頼っていたのに対し、イギリス空軍には秘密兵器があった。
海岸線に沿って林立する巨大な鉄塔群――「レーダー」である。
当時の戦闘機は、目視で敵を探すしかなかった。
広い空で敵を探すために戦闘機を飛ばし続ければ、あっという間に燃料がなくなり、パイロットは疲労で倒れてしまう。
しかし、イギリスはこのレーダー網と地下の作戦室を電話線で結ぶ「ダウディング・システム」という防空ネットワークを作り上げていた。
敵がどこから、どれくらいの数と高度でやってくるのか。
イギリスはドイツ軍がドーバー海峡を渡る前にそれを察知し、敵の現在位置に最も近い基地から、ピンポイントで迎撃機を向かわせることができたのだ。
ドイツ空軍……ゲーリング空軍国家元帥はまだその重要性に気が付かない。
「第615飛行隊、スクランブル(緊急発進)!!」
警報のベルが鳴り響く。
芝生の滑走路脇で、トランプをして待機していたイギリスの若きパイロットたちが、飛び上がるようにして愛機へと走る。
無骨だが頑丈な『ハリケーン』、そして楕円形の美しい翼を持つ最新鋭機『スピットファイア』。
ロールス・ロイス社製マーリン・エンジンの甲高い咆哮が、夏の青空を引き裂いていった。
高度6000メートル。
ドーバー海峡上空。
雲を抜けたイギリス軍パイロットの視界に、空を埋め尽くすドイツ軍の爆撃機編隊が飛び込んできた。
「全機、突撃!」
スピットファイアが太陽を背にして急降下し、ドイツ軍の護衛戦闘機Bf109と激しく交差する。
レーダーで優位を取れるイギリス空軍。
空に無数の白い飛行機雲が絡み合い、機関銃の曳光弾(光る弾)が死の光線を引く。
すさまじいG (空戦でかかる重力)がパイロットの体を座席に押し付け、視界が真っ黒に染まる「ブラックアウト」と戦いながら、彼らは引き金を引いた。
Bf109は上昇力と速度に優れ、垂直方向の戦いを得意とした。
対するスピットファイアは旋回性能に優れ、水平方向の戦いで輝いた。
機体の性能も、パイロットの腕前も互角。
だが、空の上では目に見えない「もう一つの敵」がドイツ軍を苦しめていた。
それは「燃料の限界」だ。
フランスから海峡を越えて飛んできたドイツの戦闘機が、イギリス上空でドッグファイト(空中戦)を行える時間は、わずか15分から20分しかなかった。
15分の空戦と言うのは、戦闘機パイロットにとっては少し移動すれば過ぎてしまうあっという間の時間である。
計器盤の燃料計の針が下がるたび、ドイツ人パイロットの心に死の恐怖がよぎる。
「クソッ、もう帰りの燃料がない!」
焦って編隊から離脱しようと機体を傾けた瞬間、ハリケーンの8連装機関銃が火を噴き、Bf109は黒煙を吹いて冷たい海へと落ちていった。
どんな戦闘でもそうだ……焦った者は死ぬのだ。
ドイツはレーダーという物を甘く見過ぎていていた。
逆にイギリス軍は「自分たちの庭」で戦っている強みがあった。
たとえ撃墜されてもパラシュートで脱出すればイギリスの農村に降り立ち、夕方には新しい機体に乗って再び空へ舞い戻ることができたのだ。
しかし、8月末になると、戦局はイギリスにとって絶望的なものになりつつあった。
ドイツ空軍が、攻撃の目標を「イギリスの戦闘機基地」に絞ってきたのだ。
連日の猛爆撃により、滑走路は穴だらけになり、管制塔は吹き飛ばされた。
何より深刻だったのは、パイロットの疲労だ。
1日に3回も4回も出撃を繰り返し、基地に戻れば戦闘機の翼の下で泥のように眠る。
優秀なベテランパイロットたちは次々と戦死し、代わりにやってくるのは飛行訓練を終えたばかりの10代の少年たちばかりになっていた。
ドイツ空軍パイロットは強かった。
「あと一週間この攻撃が続けば、RAF(イギリス空軍)の防空網は完全に崩壊する」
それはイギリスという国家の『死』を意味した。
イギリスの誰もが限界を悟った時、歴史の歯車を狂わせる「ある事件」が起きる。
8月24日の夜、道に迷ったドイツの爆撃機が、誤ってロンドンの市街地に爆弾を落としてしまったのだ。
これに激怒したイギリスのチャーチル首相は、報復としてドイツの首都ベルリンへの夜間爆撃を命じた。
「我がベルリンに爆弾を落としただと!?」
激怒したのはヒトラーだった。
彼は屈辱で我を忘れ、ゲーリングに絶対の命令を下す。
「イギリスの飛行場などどうでもいい! ロンドンに千倍の爆弾を降らせ、灰の海に沈めろ!」
9月7日。
ドイツ空軍の攻撃目標は、イギリスの飛行場から「ロンドン市街地」へと完全に切り替わった。
のちに「ザ・ブリッツ(ロンドン大空襲)」と呼ばれる悲劇の始まりである。
街は炎に包まれ、夜空は赤く染まり、無数の市民が地下鉄の駅に避難して恐怖の夜を明かした。
だが、このヒトラーの「怒りに任せた目標変更」こそが、虫の息だったイギリス空軍を蘇らせる奇跡となったのだ。
基地への爆撃がピタリと止んだことで、イギリスは穴だらけの滑走路を修理し、疲れ切ったパイロットたちを休ませ、工場で作られた新しい戦闘機を補充する「貴重な時間」を得たのである。
ロンドン市民が命を散らし、炎に焼かれている間、イギリス空軍は驚異的な回復力でその牙を研ぎ直していた。
そして運命の日。
1940年9月15日。
「今日こそロンドンに止めを刺す」と意気込み、海峡を越えて飛来したドイツの大編隊を待ち受けていたのは、絶望の光景だった。
全滅したはずのイギリス空軍の戦闘機が、空を埋め尽くしていたのだ。
空戦において、戦闘機の優位は絶対である。
爆撃機がなぜ戦闘機に勝てないか…………重い荷物を背負った商人が、身軽な剣士に勝つことが出来るだろうか?
戦闘機とそれ以外の航空機との間には、それほどまでに絶望的な機動力の隔たりがあるのだ。
ドイツ最強の戦闘機(メッサーシュミットBf109E )とイギリス最強の戦闘機(スーパーマリンスピットファイアMk.Ia )の実力は拮抗していた。
そしてドイツ空軍の戦闘機乗りたちは、鈍重な爆撃機を守りながら戦うという「足枷」を嵌められていた。
対してレーダーの誘導を完璧に受けたスピットファイアとハリケーンの大群が、全方向からドイツの爆撃機に襲いかかる。
「馬鹿な! イギリスの戦闘機はもう残っていないはずではなかったのか!」
ドイツのパイロットたちの悲鳴が無線に響き渡る。
護衛のBf109は燃料切れで次々と引き返し、丸裸になった爆撃機は次々と火だるまになって墜落していった。
この日、ドイツ空軍はかつてない大損害を出した。
無敵を誇ったドイツ空軍の心が、完全にへし折られた瞬間だった。
秋風が吹き始める頃、制空権の奪取は不可能と悟ったヒトラーはアシカ作戦(イギリス上陸作戦)の無期限延期を決定する。
ドイツ軍の無敗神話が、初めて打ち砕かれたのだ。
しかもドイツ空軍という世界最強空軍が打ち砕かれたのだ。
イギリスは生き残った。
圧倒的な物量と恐怖の前に、知恵と勇気、そして泥臭い意地で立ち向かい、自由世界の防波堤としての役割を果たしたのである。
のちにチャーチル首相は、自らの命を燃やして国を救った若きパイロットたちを称え、下院議会でこう語った。
「人類の闘争の歴史において、これほど多数の者が、これほど少数の者たちに、これほど大きな恩義を受けたことはかつてない」
空を飛び交った名もなき若者たちの血と汗は、こうして歴史に深く刻み込まれ、バトル・オブ・ブリテンという伝説となって今も語り継がれているのである。
もし、ヒトラーの介入が無ければ……もしドイツ空軍の目標がイギリス軍レーダーであったなら……今の世界秩序の根底すら入れ替わっていたのかもしれない。




