第四十一話:書けない理由
若者は申請書を前にして、動かなかった。
余白率三割。
事故基準内。
停止ゼロ。
条件は満たしている。
「書けるはずです」
若者は言う。
「そうだ」
「でも、書けません」
筆先が止まる。
当区間の設計思想
その一行だけが、埋まらない。
「三割の理由を書けばいい」
俺は言う。
若者は首を振る。
「三割は、固定じゃありません」
「雨なら増やします」
「晴れが続けば減らすかもしれない」
「急ぎの重なり方で変わります」
それをどう書く。
三割、と書けば三割になる。
二割、と書けば二割になる。
数字は枠になる。
若者がつぶやく。
「余白は、数字じゃない」
静かな言葉だ。
「余白は、選択です」
筆を置く。
「選択を固定したら、余白じゃなくなります」
外では新商会が拍手を受けている。
整った設計。
管理された確率。
若者は紙を見つめる。
「制度に入ると、楽です」
「報告すればいい」
「守ればいい」
「守れなければ、罰がある」
はっきりしている。
「外にいれば、全部自分の責任です」
その通りだ。
若者は深く息を吐く。
「怖いですね」
「そうだ」
沈黙が続く。
火は弱い。
揺れていない。
若者が言う。
「思想って、何ですか」
少し考える。
「守りたい順番だ」
若者は目を上げる。
「速さより何を守るか」
「利益より何を残すか」
「それが順番だ」
若者は紙に何か書きかけて、止める。
「順番は、毎日変わります」
「なら固定できない」
うなずく。
制度は固定を求める。
選択は揺れる。
若者が小さく笑う。
「書けないですね」
申請書は白い。
条件は満たせる。
だが、思想が合わない。
外では代表の声が響く。
「安定供給を保証します」
保証。
その言葉は強い。
若者は紙を畳む。
「まだ、出しません」
俺は何も言わない。
枠に入らないという選択も、
選択だ。
火は静かに燃えている。
制度は整っている。
自由は揺れている。
街道は止まっていない。




