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フルートで戦うことになりました  作者: 襟須遥
過去編

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9/12

9 番外編 嫉妬

 このお話は、リナが異世界に行く少し前のお話。前後編の2話予定です。


 中学二年生になった。


 教室が変わり、クラスの空気が少しだけざわつく中で、リナは窓際の席に座っていた。

 新しい学年、新しいノート、新しい教科書。

 けれど、胸の奥にあるものは、一年前とほとんど変わっていない。


 休み時間になると、周囲は自然と小さな輪を作る。

 机を寄せ合う音、笑い声、スマートフォンを覗き込む仕草。


 リナは、そのどれにも加わらず、譜面帳を開いた。


 五線紙に鉛筆を落とすと、音が頭の中で鳴り始める。


 ――この和音だと、少しだけ悲しさが強過ぎちゃうか。


 鉛筆を走らせ、丸を一つ足す。

 すると、頭の中の響きがすっと整った。


「なにやってるの?」


 とても綺麗で澄んだ声。


 話しかけてきたのは、――知らない子。

 リナが一人でいたので、気にかけてくれたのだろう。


 ……答えなきゃ。


「……シュリ、ほっときなよ。リナは作曲で忙しいんだって」


「え!作曲!すごいじゃん!」


「すごい?ただの音楽家気取りじゃん」


 話すことができなかった。

 シュリと話していたのは、吹奏楽部でリナと同じフルートを吹いている、アンナだ。


 そして、リナが一番苦手な子だった。


 聞こえないふりは、もう慣れていた。

 胸が少しだけ縮む感覚も、いつものことだ。


 話しかけるのは、苦手だった。

 嫌いというより、どう始めていいのか分からない。

 それなのに、突然話しかけられても、心の準備が整っていないから、言葉が出てこない。


 何か言えば、きっと違う未来もあったのかもしれない。

 でも、喉の奥が固まって、どうしても動かなかった。

 言葉は、音みたいに整ってくれない。


 チャイムが鳴り、譜面帳を閉じる。


 ――その後は特に何ともない時間が続き、学校が終わる。


 今日は部活はお休みのため、そのまま帰路につく。

 リナの家は学校から歩いて数分の所にある。

 家に帰ると、台所から声がした。


「おかえり」


 母の声は、いつもと同じ。


「……ただいま」


 リナは鞄を置き、手を洗う。


 リビングのソファに座り込むと、質問が飛んでくる。


「新しいクラス、どうだった?」


 一瞬、息が止まる。


「普通」

 

 それ以上でも、それ以下でもない言葉。


 母は少し笑う。


「仲の良いお友達とは、一緒のクラスに慣れたの?」


 悪意はない。


 本当に、ない。

 心配しているだけ。

 それが分かるから、余計に苦しい。


「……うん」


 小さな嘘。


 母は安心したように頷く。


「よかった。二年生だしね。去年より少しは慣れてるでしょ?」


 慣れてる。


 何に?


 一人でいることに?


 悪口を聞こえないふりをすることに?


 胸の奥で、何かが小さく軋む。

 嘘をついたからか、それとも本当のことを言えなかったからか、自分でも分からない。


「……うん」


 それ以上は言わない。


 悪意がないことも、心配してくれていることも分かってる。


 だからこそ、この現状に胸が引き裂かれそうな気持ちになる。



 翌日には部活動があり、授業が終わるとリナは音楽室に向かおうと席を立ち上がる。


「……あ、リナ」


 後ろから、軽い声。

 振り返ると、シュリがいた。

 あまり気負っていない笑顔が眩しい。


「ちょっといい?」


一瞬、心臓が跳ねる。


 ――何か、言われる?


 つい身構えてしまう。


「……なに?」


 声が少しだけ硬い。


 シュリは、ほんの一瞬だけ視線を逸らしてから、また戻した。


「連絡先、交換しない?」


「……え?」


思っていた言葉と違って、反応が遅れる。


「ほ……ほら、同じクラスだしさ。勉強のこととか、聞ける人多い方がいいでしょ?」


 冷やかしかとも思った。

 でも、目はちゃんとこちらを見ている。


 悪意がない事がなんとなく分かる。


「……別に、私……」


 昨日、アンナと一緒にいる時に、良い印象を与えられた記憶がない。


 リナと一緒にいる事でシュリに被害があるかもしれない。


 いろんな言葉が頭に浮かぶ。


 けれど、シュリは急かさない。


「嫌ならいいよ。無理にじゃないから」


 その言い方が、少しだけ救いだった。


 無理にじゃない。


 リナは、ほんの少しだけ呼吸を整える。


「……いいよ」


 小さな声。


 シュリの顔がぱっと明るくなる。


「やった。ありがと」


 スマホを取り出し、画面を差し出す。


 指先が、少し震えているのを自覚しながら、リナも自分のスマホを出した。


 QRコードを読み取る。


 それだけのこと。


 それだけのことなのに、胸の鼓動が激しく脈打っているのが分かる。

 期待していいのかどうか、まだ判断がつかない。

 でも、手放したくないとも思ってしまった。


「これで、お友達だね」


 とびっきりの笑顔でそう言うシュリ。


「ありがとう」


 でも、なんでシュリは友達登録してくれたんだろう。


 その答えはリナには全く見当のつきそうにもなかった。


 シュリを見送ると、リナは音楽室に向かう。

 自分の席に向かうと、黙々と楽器を組み立て始める。

 話し声や音で騒がしい音楽室の中ではあるが、誰もリナに話しかける人はいない。


 これもいつものことだ。


 手がパチパチと叩かれる。


 それが聞こえた人から静かになり、音を出していた人も吹くのをやめる。


「今日は新歓の合奏だから、二年生準備しといて」


 部長がそう伝えると、リナも楽器を隅に置き、音楽室の机を外に出す。


「今日ってさ、ソロの人決めるんだっけ?」


「そうそう、誰になるんだろうね」


 そんな会話が飛び交う。


 音楽室が椅子だけになると、先生が入ってきて、みんなが自分の席に座る。


「みなさん、こんにちは。今日は新入生歓迎会に演奏する曲、その中にあるソロのパートを演奏してもらう人を決めます」


 周りがザワザワとし始める。


 新歓で演奏する曲には、楽器紹介の意味合いもこめて一人だけが演奏して目立つソロパートがある。


 リナのフルートパートにもソロパートがあるが、リナには縁のない話である。

 ソロパートは基本的に上手な人が行うからだ。


 毎回、先生は同じやり方をする。


 一人ずつ吹かせる。

 合奏の中でも、個別でも。

 そして最後に、指名する。


 選出の理由はあまり説明されない。


 色々な楽器が先生に指名されて、すぐに演奏者が決まっていく。


 ついにフルートの番だ。


 先輩から順番に演奏していく。

 やっぱり上手だ。

 

 二年生はリナとアンナの二人。

 先に演奏するのはアンナ。


 アンナは小学生からずっとフルートを吹いていたそうで、やはり上手い。


 苦手ではあるのだけど、羨ましい。

 

 次はリナの番。

 

 深呼吸して集中する。


 曲のテンポはゆっくり。

 パレードのような賑やかな曲ではあるけども、その中で休憩するような落ち着いているメロディを。


 周りのタイミングに合わせて演奏を始める。


 しまった。


 音を間違えてしまった。


 慌てて軌道修正して、元のメロディに繋げる。


 そして演奏が終わる。


「フルートのソロはリナでいこう」


「え?」


 何を言われたのか理解できなかった。


「え、なんで?」


「音間違えてたよね?」


 そんな声で周りがザワザワする。


「なんでリナなの?訳わかんない」


 アンナは怒りを隠せずに、静かに呟いている。


「リナ、あとで準備室に来てくれるか?」


 戸惑ったリナの顔を見て、先生そう言ってくる。


「は、はい」


 そこで合奏は休憩となり、リナは怯えながら音楽準備室に行く。


 準備室の扉を閉めると、外のざわめきが少し遠くなる。


 リナは俯いたまま立っていた。


「さっきのソロな」


「……すみません」


 反射的に言葉が出る。


「音、間違えました」


 先生は少しだけ間を置く。


「ああ。間違えてたな」


 はっきり言われて、胸が縮む。


 でも、じゃあなんで私が……。


「でもな」


 その一言で、呼吸が止まる。


「直し方が凄かった」


 リナは顔を上げる。


「三年生やアンナもみんな上手だった」


 淡々とした声。


「でも、リナの音にはみんなに無い感情があった」


 胸の奥がじん、と熱くなる。

 認められたことよりも、見られていたことに驚いた。


「失敗は直せばいい。だけど、音に感情は簡単には乗らない」


 短い沈黙。


「期待してるぞ」


 その言葉は、思っていたより重かった。


 嬉しい、よりも先に、怖いが来る。


 期待。


 それは、裏切れないもの。


「……はい」


 うまく笑えたかどうか分からないまま、準備室を出る。


 音楽室に戻ると、視線がいくつかこちらを向いた。


 すぐに逸らされるものもあれば、逸らされないものもある。


 アンナとは、目が合わせられない。

 何を言われるかと考えるだけで嫌になる。


「リナ、あんた先生に何をたらし込んだのよ」


「え、な……なにもしてない」


「じゃあ、なんでリナが選ばれてるの?普通に考えておかしいって」


「アンナ、落ち着きな」


 先輩がアンナを宥める。


「先生には先生の考えがあるのよ」


 リナは椅子に座り、楽器を持つ。


 指先が少し冷たい。


 ――なんで、私なんだろう。


 部活が終わり、家に着くと、リナは自分のベッドに飛び込む。


 あ、そうだ。


 スマホを取り出し、新着のメッセージを確認する。


 シュリの名前が表示されてる。


『リナ、部活お疲れ様〜』


『シュリさんも、お疲れ様です』


『敬語なんて使わないでいいんだよ〜。それに、わたしは部活やってないよ』


 シュリは友達と言ってくれたけど、本当に受け入れてしまって良いのだろうか。

 リナは、放課後のシュリの顔を思い出す。


 あの時のシュリは、まっすぐな目をしていた。

 冷やかしとか、冗談とか、そういうのではなく、本当に真剣な気持ちが表れていた。


 意を決して、リナは文章を打ち込む。


『そうなんだ。シュリちゃんは、一年生の時は何か部活はやってたの?』


 タメ口。

 大丈夫かな?


『わたしは、帰宅部のエースだよ』


 思わず笑ってしまった。

 ニヤニヤしながらリナは文を打つ。


『なにそれ笑』


 他愛のない会話だったが、今までに味わったことのない充実した時間だった。


「リナ、ごはんよ」


 そう呼ばれて、リナは弾むような足取りで台所に向かったのだった。



 始業のチャイムが鳴り響く。


「そういえば、新歓の曲のソロパートやるんだって?」


「えっ……」


 シュリからこの話題が出ると思わずに、思わず固まってしまう。


「……なんで?」


 シュリの顔が急に近づいて来る。


 ビックリして思わず目を閉じてしまう。


「アンナがね、リナがソロパートに選ばれた事を根に持ってて、わたしに愚痴を言ってきたの」


 シュリはリナの耳元で小声で話す。


「そんなの、少し考えれば分かりきってるのにね」


「えっ」


 シュリの言った事がさっぱり理解できない。


「はーい授業始めるぞー」


 話が切り上げられてしまった。


 アンナはシュリに、昨日のソロパート決めの事を話したのだろう。


 でも、少し考えれば分かりきっている?

 何が?



「ちょっとリナ、シュリに何を吹き込んだの!」


 授業が終わるやいなや、突然の怒鳴り声。


 アンナだ。


「ちょっと、やめてよアンナ。わたしはリナと仲良くなりたいから仲良くしてるだけ」


 その後ろから、シュリが一歩前に出る。


「いったいリナの何がいいのよ!」


「そういうアンナは、リナの魅力をなんで分かってあげないの?」


 教室が、静まり返る。


 机のきしむ音さえ、やけに大きく感じる。


「こっちはフルートを七年もやってるの。リナより下手な訳ないでしょ」


 アンナの声は震えていた。

 怒っているのに、どこか不安そうで。


「わたしはアンナが下手とも言ってないし、リナが上手とも言ってない!リナの方が魅力的な音を出してるって言っただけ!」


 私が魅力的な音を?


「それに、大体そんなに歴があるくせに、これっぽっちの音の違いも分からないの?」


 シュリの声が荒くなる。


 だめだ。


 このままだと、取り返しがつかなくなる。


「シュリちゃん、ありがとうね。私の事を庇ってくれたんだよね」


 声は小さく震えていた。

 聞こえてくれたのかも分からない。


 アンナは視線を逸らし、シュリも何も言わない。


 二人はそれ以上口を開かず、それぞれの机へ戻っていった。


 リナだけが、取り残される。


 味方ができたはずなのに。

 胸の奥は、少しも軽くならない。


 嬉しい。


 こんなふうに誰かが、自分のために怒ってくれたことなんて、今までなかった。


 でも――。


 苦しい。


 シュリの声が、荒くなった瞬間が目に焼き付く。

 あの声は、本気だった。


 だからこそ、自分がその隣に立つには、あまりにも弱すぎる気がした。


 私のせいで、ぶつかった。

 私がシュリと仲良くしたから。

 私がソロに選ばれたから。


 一体自分はどうするのが正解だったのだろうか。


 謝るべきだった?

 お友達を断るべきだった?

 ソロを辞退していれば、丸く収まった?


 答えは出ない。


 まるで世界の音も色も全て変わってしまった気がした。


 でも、その変わってしまった世界の中で。


 胸の奥だけは、確かに前より強く鳴っている。


 それが希望なのか、不安なのか――

 まだ、分からない。

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