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フルートで戦うことになりました  作者: 襟須遥
獣編

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8/12

8 選択


 意識の底で、音が鳴っていた。


 低く唸る獣の声。

 金属がぶつかる感触。

 その名残が、まだ身体にこびりついている。


 ――生きているのか。


 胸が、かすかに上下する。


 背中に、冷たい地面。

 肩から腕にかけて、焼けるような痛み。


 獣に弾き飛ばされた。

 盾ごと、視界が裏返って――

 そこで、記憶が途切れたはずだった。


 なのに。


 今、耳に届く音は、それとは違う。


 怒号でもない。

 悲鳴でもない。

 戦場の音ですらない。


 細く、長く、途切れずに続く何か。


 まぶたの裏で、光が滲む。

 呼吸が、少しずつ落ち着いていく。


 身体の奥に、温かいものが流れ込んでくる感覚。


 ――助けられた。


 理由は分からない。

 けれど、それだけは、はっきりと分かった。


 音は、まだ続いている。


 風の音に似ていて……。

 それでいて、確かに意図を持っている。


 何かを、支えるような。


 何かを、呼び戻すような。


 ――笛の音?


* * *


「姫、その感じだ。もう少し頼む!」


 カイルに言われなくても、そのつもりだ。


 そのつもりなのだけれど――。


 リナの演奏は長い事続いていた。


「あ、目を覚ました!」

「隊長!」


 みんなの期待とは裏腹に、リナの口元が、わずかに引きつる。


 ピクっと、唇の周りの筋肉が震えた。


 口の形が保てない。


 限界を迎え、リナはそっとフルートを唇から離す。


 周りの兵士達はリナよりも、目を覚ました自分たちの隊長の元に駆け寄る。


 ふと、足がふらつく。


「おっと……」


 そんなリナの肩を、カイルが支える。


「――終わったな」


「……はい、みなさん無事でよかったです」


 ローディスは、自分の部下からの話をしばらく黙って聞いていた。


 兵士たちが口々に語る内容は、断片的ではあったが、十分だった。


 岩山での遭遇。

 獣との邂逅。

 リナの演奏。

 カイルの奮闘。

 

 そして、リナの音が、ローディスを癒した事。


 ローディスは、ゆっくりと息を吐く。

 視線を上げ、まずカイルを見る。


「……よくやりきったな」


 短い言葉だったが、そこには重みがあった。


 カイルは一瞬だけ背筋を正し、すぐに苦笑する。


「自分にはちょっと荷が重かったですね」


 ローディスは、小さく微笑んだ。


「十分すぎる成果だ。俺が倒れている間、隊を率いて戦い、見事にやりきった」


 次に、視線がこちらへ向く。


 オーラという物だろうか、緊張感が一気に増すのを感じる。


 ローディスは、ほんの一瞬だけ言葉を選び――。

 それから、はっきりと口を開く。


「……礼を言う」


 その場にいた兵士たちが、息を呑む。


「君の音がなければ、俺はここにいなかっただろう」


 リナは、目を見開き、すぐに首を振った。


「いえ……私は、できることをしただけです」


「それが、俺はもちろん、みんなの命を救った」


 ローディスは、そう言い切った。


「そういえば……」


 思い出したように、カイルが話し始める。


「姫は、あの獣の事を知ってたのか?」


 問われて、言葉が喉で止まる。


 どこまでなら、話していいのか。

 どこからが、踏み込んではいけない線なのか。


 その境目が、はっきりしない。


「……詳しいわけでは、ありません。直接見たのも初めてでした」


「そうか……。正直なところ、自分はもうあんなのとやり合いたくないな」


 追求されないことで、正直ホッとした。


 でも確かに変だなと思う。


 カイル達がクマの事を知らなかったとなると、元々この世界にいなかった可能性すらある。


 ――リナと同じように。



 ローディスたちと別れ、岩山を後にした。


 来た時と同じ馬。

 来た時より、ずっと遅い歩み。


 カイルは手綱を引きながら、馬を歩かせている。

 その背中越しに、揺れを感じるたび、身体の重さを思い出す。

 フルートは再び矢筒に戻し、リナが抱えていた。


 しばらく進んだところで、カイルが進路を変えた。


「……姫、少し遠回りしてもいいか?」


 慣らされた道を外れ、なだらかな坂へ入っていく。

 馬は自然と歩調を落とし、蹄の音が柔らかくなる。


 会話は続かない。


 カイルからは質問攻めされたり、クマとの戦いの話をしたり、そういうのがあるかと思っていた。


 それはクマとの激闘で疲労したためか、それともリナがなにか踏み込みすぎてしまったのか。


 考え始めると、答えのないところへ沈んでいく。


 やがて、視界がひらけた。


 小高い丘の上。

 馬を止め、カイルが前を指す。


「……姫、前を見てくれるか?」


 言われるがまま、顔をあげて見る。


「わぁぁ……」


 夕方の光に照らされ、谷が一面に広がっていた。

 山の稜線が幾重にも重なり、風が高い草を揺らしている。


 二つの太陽は同時に地平線に姿を隠そうとしていた。


 そうやって沈むんだ――。


 リナの中では、二つは順番に沈むものだと、勝手に思い込んでいた。


 胸の奥が、ぎゅっと縮んだ。


 ――きれい。


 それだけなのに、なぜか視界がにじむ。

 理由が分からないまま、涙が溢れた。


 拭っても、止まらない。


「……たまに来るんだ」


 カイルは前を見たまま、言った。


「頭がごちゃごちゃしてる時にな。ここに来るとさ、無心になれるんだ」


「……分かります」


 リナも、沈んでいく夕日を黙って見つめるのが好きだった。

 答えが出なくても、少しだけ楽になるから。


 静寂が包み込む。


 やがて、カイルが軽く息を吐いた。


「自分な。取り返しのつかないミスをしたんだ」


「……え?」


 意外な言葉に、涙が止まる。


「今回みたいな、大きいやつと戦ってた時だ。その場では“これが一番だ”って判断した」


 少しだけ、肩をすくめる。


「その結果は……自分を庇ってな、友人が死んだ」


 リナの顔が強張る。


 アマギの言葉が、脳裏をよぎる。

 ――戦地で、友を亡くした。


「それで分かったんだ」


 カイルは笑った。

 いつもの軽い笑い方。でも、どこか歪んでいる。


「“自分で選んだ”って事実はな、後から、容赦なく殴ってくる」


 沈む太陽をじっと見つめたまま、カイルは言葉を繋げる。


「誰かが傷ついた瞬間だけじゃない。時間が経ってからも、全部終わった後にそいつは来る」


 リナは、無意識にフルートが入った矢筒を抱きしめていた。


「例えば……姫の音で、勇気をもらった誰かが前に出るだろ?」


「で、もし……その結果、その誰かがやられてしまったとしたら」


 一瞬、言葉が止まる。

 想像しただけで身震いがする。 

 

「姫は優しい。だから“自分のせいだ”って、絶対思う」


 それは、断言だった。


「それが……まず、怖い」


 ぽつりと落ちた言葉。


「……私、やっぱりマズいことを……」


「いや、そうじゃない。今回は、姫の選択が無かったら、自分はきっと生きていない。全滅もあり得た」


 そして、少し間を置いてから、カイルは続けた。


「間違いなく、姫の力は、人を助ける事ができるものなんだ」


 その言葉は、救いだった。

 だけど、今は素直に喜べない。


「でさ、隊長の指示とはいえ、姫を実際にこの場に連れてきたのが自分だろ?」


 リナは、はっとする。


「来なけりゃ、姫はこんな覚悟しなくてよかった。危ない目にも、遭わなかった」


 カイルは、苦笑した。


「だからさ。姫の選択に感謝して尊重したい気持ちと、その選択肢を置いた自分を殴りたい気持ちが、今ちょうど殴り合ってる」


 お調子者らしい言い方なのに、笑えなかった。

 カイルが思い詰めていたように見えたのは、こういうことだったんだ。


 ちらりと、こちらを見る。


「……何があっても一人で背負うな。それだけは、約束してほしい」


 リナは、しばらく黙って頷く。


 そして、ゆっくりと言った。


「……もし私が、間違えていたら、ちゃんと止めてください」


 カイルは目を丸くし、次の瞬間、吹き出した。


「それじゃあ、姫の側にずっといなきゃだな」


「えっ」


 そう言われて、急に恥ずかしくなる。

 顔が赤いのがバレてないだろうか。


 夕闇の中で、二つの太陽は完全に沈んでいた。


 自分の心を隠すように、リナは静かにうつむいた。


* * *


【次章予告】


人の心は、戦場よりも厄介かもしれない。


助けたいという思いが、誰かを追い詰める。


街で起きた、ささやかな歪みにフルートの音が静かに響く。


* * *

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