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フルートで戦うことになりました  作者: 襟須遥
過去編

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10/12

10 番外編 交差


 やっちゃったなぁ……。


 家に帰るなり、制服のままベッドに倒れ込み、天井を見つめる。


 アンナとは一年生からずっと仲が良かった。

 本音を隠さずに言えるところが、眩しかった。


 視線の先、壁のショーケースには表彰状とトロフィーが並んでいる。

 小学二年生から四年まで、声楽コンクールで三連覇したときのものだ。


 けれど、それはもう遠い話。

 音楽への道は自分から閉じたはずなのに。


 小さく息を吐き、引き出しから一枚の写真を取り出す。


「リナ……話せて良かった」


 去年の文化祭。

 アンナに誘われて見に行った吹奏楽部の演奏。

 彼女の横で俯きがちにフルートを構えていた女の子。


 あの音を、今でも覚えている。


 綺麗とか、上手いとか、そんな言葉じゃ表現できない。

 胸の奥を掴まれるみたいな、あの響き。


「また見てるの?」


 振り向くと、姉がドアのところに立っていた。


「……うん」


「その子と話せたの?」


「話せた。でも、リナの事をアンナが悪く言うから揉めちゃって」


 姉は少しだけ眉を上げる。


「珍しいね。シュリがそうなるなんて」


 自分でもそう思う。


 あんなふうに感情をぶつけたのは、いつぶりだろう。

 最後にちゃんと覚えているのは、四年前の出来事だろう。


「わたし……どうしたらいいんだろう」


 問いかけたけれど、答えはもう分かっている。


「うーん、それは、シュリがどうしたいかじゃない?」


 姉は軽く言って、時計を見る。


「ごめん、バイト行かなきゃ」


 慌ただしく出ていく背中を見送りながら、写真を握りしめる。


 わたしがどうしたいか。


 リナとちゃんと話したい。

 巻き込んでしまったことを謝りたい。

 リナの音が好きだって、ちゃんと伝えたい。


 そして――


 もっと、そばにいたい。


 同じクラスの名簿に“リナ”の名前を見つけた時、本当に飛び跳ねそうになった。


 だから、昨日の始業式、我慢できずに話しかけた。


 連絡先も交換できた。


 なのに、これじゃあ……。


 こんなはずじゃなかったのに。


* * *


 今日の練習は個人練習のみで、アンナとは一回も口をきくことはなかった。


「お疲れ様でした」


 そう呟き、フルートケースを肩にぶら下げながら、音楽室を後にする。


 脳裏にずっとシュリとアンナのやり取りが再生されている。


 せっかくシュリと仲良くなれそうな気がしたのに……。


 メッセージを確認すると、シュリからの物があった。


 思わず胸が狭くなる。


『リナ、今日は驚かせちゃったよね、本当にごめん!』


 え……。


 想像していたのは、"アンナが機嫌悪くなるから、お友達はおしまいにしましょう"のような言葉だった。


 でも、そうでは無かった。


『今部活終わった所。私、シュリに迷惑をかけちゃってるって思って……』


 勢いで本心をぶつけてみる。


『え!なんで?そんなことないよ』


 やっぱりシュリは優しい。

 私にまで気を遣ってくれる。


『明日の土曜日って部活休みって聞いてたんだけど、リナは何か用事ある?』


 なんだろう、一日中ベッドで過ごす用事はあるが、なんて送ろうか……。

 そう考えているうちに、次のメッセージ。


『用件言わないのはズルいよね。あのね、リナとお話したくさんしたいの。わたしの家でもいいし、リナのうちでもいいし、家の中が気まずいなら外でもいいし……どうかな?』


 話したい?私と?

 でも……、なぜ?


 そんなリナの心の声を分かっているかのような、次のメッセージ。


『わたし、なんでリナとお友達になりたいのか、ちゃんと理由があるんだ!』


 え?


 私と友達になりたい……理由?


 シュリは本当に眩しい。


 明るくて、可愛くて、クラスの人気者で、リナの欲しい物をなんでも持っている気がする。


 それでも――。


『シュリちゃん、ありがとう。私そこまで言ってもらえたことないから、とっても嬉しい。家だと緊張しちゃうから、外でもいい?』


 送信ボタンを押す指が震えているのが分かる。


 シュリの事を信じてみたい。


 それがリナの素直な気持ちだった。


 家に着き、玄関を開ける。


「おかえりなさい」


「ただいま」


「リナ、何か良い事あったの?」


「え、……なんで?」


「だって、顔にそう書いてあるもの」


「……知らない」


 ニヤニヤしている母親を放って、自分の部屋に行く。

 なんで、こういう時だけ妙に鋭いのか。


 ベッドにダイブして、メッセージを確認する。


『やった!じゃあ、10時頃に駅に待ち合わせでも良い?行きたいカフェがあるんだ!』


『うん、良いよ。駅までバスで向かうから、少し遅くなったらごめんね?』


『そんなの、全然大丈夫だよ!』


 明日、お出かけに使える洋服あったっけ?


 慌ててクローゼットを確認する。


「リナー、ご飯できてるよー」


「いまいくー」


 お気に入りの洋服のセットを取り出して、明日着る用に準備する。


 よしっ。


 ダイニングへと向かうと、食器が既に並んでいる。


「お母さん、明日ちょっと友達と遊んでくる」


「あら、珍しいわね。デート?」


「女の子」


「そう、気をつけてね」


「うん。……いつもありがとうね」


 母は一瞬だけ目を丸くして、それから柔らかく笑った。


 シュリとのやり取りのおかげだろうか、日常のひとつひとつが、少し柔らかく見えた。

 家族が食事を用意してくれることも、当たり前じゃないんだと、ふと思った。


 食事が終わった後も、シュリとのメッセージのやり取りは遅くまで続いた。


 ――早く会いたいな。


 期待に胸を膨らませながら、いつのまにか眠りに落ちていた。



 ――朝、いつも通りに目が覚める。


 今日は学校の校舎そのものが使用禁止らしく、その影響で部活もお休み。


 リナは練習しようとフルートを組み立てると、管の中に息を吹き入れる。


 風の吹き抜けるような音が鳴ると、いつもの基礎練習を始める。


 不安や動悸を和らげるために、思わず吹くこともあるが、今日は緊張を和らげるためにも必要だった。


 ふと、メッセージが来ていることに気付く。


『おはよう。今日は楽しみにしてるね!』


『おはよう。うん、私は少し緊張してる』


『そうなの?大丈夫だよ!会っちゃえば緊張もほぐれるって!』


 シュリのメッセージを見て、元気が出る。


 最後に一音だけ。

 そう思い、音を出そうとする。


 だが――


 フルートの管から出たはずの音が、空中でねじれ、電子音のようなノイズに変わった。

 耳ではなく、脳の裏側を直接爪で引っ掻かれるような違和感――。


 ――今の、何?


「……リナさん」


 耳ではない。

 頭の奥に直接触れられるような感覚。


「ごめんなさい。こんな形で話すつもりはなかったんですけど」


 男の声。少し若い。


「……なに?」


 息が浅くなる。


「時間がなくて。説明も、うまくできないかもしれません」


 辺りを見回すが、誰もいない。

 スピーカーが作動してる訳でない。


「誰っ?」


「えっと、名前はミツルです」


 知らない。

 何者?


 恐怖でリナは、思わずフルートを手に取り、部屋の隅に縮こまる。


「このままだと、あなたは事故に巻き込まれます」


 心臓が大きく跳ねる。


「え……?」


「本来の時間軸では、今日、あなたはバスに乗るはずだった」


 視界が徐々に白く染まる。


「なにこれ……」


「映像を送ります。未来の記録です」


 景色が変わる。


 上空からの町の様子だ。

 見慣れた道路が見えてくる。


 走っているバス。

 その窓に人の顔が映る。


 私の顔だ。


 突如、バスが小刻みに左右に揺れたかと思うと、大きく蛇行し始める。


 他の車と衝突し、そのまま横転。

 ガラスが破裂する。


 炎があがる。

 そして視界がオレンジで埋め尽くされる。


「やめて!」


 ノイズで視界が埋まる。


「こんなことに……」


 声がわずかに震える。


「だから僕は、あなたを“切り離した”」


「……切り離した?」


「事故の未来から、あなたの存在を外したんです。本来は、干渉はダメなんですが……」


 言葉が途切れる。


「あ、まずい……調整が……」


 声に途切れが多くなる。


「本当にごめんなさい。でも……あなたを助けたかった」


 足元が消える感覚。


「待って……今日はシュリちゃんと……」


 しかし、視界は白に塗りつぶされた。

 


 少しだけ早く着きそうかな?


 時計を確認すると、約束の時間より十分ほど早く着きそうだ。


 リナはバスで来るって言ってた。

きっと、この通りを走ってくるだろう。


 歩道橋の中央で少し立ち止まりながら、そんな事を考えていた。


 再び前を向いて歩こうとしたその時、シュリの耳に轟音が突き刺さる。


「え?」


 さっきまで見ていた道が、炎に包まれていた。

 交通事故だろうか。


「おい、今見たか?」

「バスが横転したぞ」


 同じく歩道橋にいた男性二人組が、そう話している。


「なっ!」


 シュリは歩道橋の端に駆け寄る。

 よく見ると、確かに横転しているのはバスのようにも見える。


 顔から血の気が引くのを感じる。


「リナ!」


 ポケットからスマートフォンを取り出そうとしたが、慌てて落としてしまう。


 拾った所で、さらに大きな爆発音が響く。

 シュリは目を見開いたまま、動けない。

 下を向いた状態のまま、言葉を失う。


 どうか、あれにリナが乗っていませんように……。


『リナ、今どこ?』

『事故に巻き込まれてないよね?』

『リナ返事して!お願い!』


 通話の呼び出しもする。


 無情にも反応はない。


 シュリの泣き声だけが、その場に響いていた。

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