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フルートで戦うことになりました  作者: 襟須遥
災害編

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11/12

11 街


 その日は雨だった。


 火は満足に起こせないし、洗濯もできない。

 時間だけが重たく積もっていく。


「はぁぁぁ……」


 思ったより深い声が出た。


「そんなため息をついて、どうしたんだ?」


 振り返ると、そこには微笑みながら佇む男の姿。


「カイルさんこそ、そんなニヤニヤしてどうしたんですか?」


「姫のことが心配で様子を見に来ただけだ。ニヤニヤしてない」


 雨音がテントの屋根を叩く。

 その一定のリズムが、やけに静寂を強調していた。


「そういえば、食料を備蓄してある倉庫があるじゃないですか」


「ああ」


「残りがかなり少なくなってきてますけど、あれって誰かが持ってきてくれるんですか?」


「……たしか、何日かに一回、補給部隊が持ってきてくれるんじゃなかったか?」


 フードのついたコートを羽織ると、二人は食料倉庫へ向かう。


 ここの拠点は、岩壁にそって作られており、そこをくり抜いた簡素な倉庫に、食料が積まれている。


 隅のスペースにちょこんと収まる程度の。


「たしかに、これはおかしい。……ちょっと隊長の所に行こう」


「いってらっしゃい」


 そう言って立ち去ろうと足を動かす。


「……姫も来るんだ」


「えー……」


 嫌な予感がプンプンする。


「気づいたのは姫だ。説明も一緒にしたほうが、何か聞かれた時に早い」


 当然のように言われ、言葉に詰まる。


「……足手まといになりませんか?」


 そう言いつつも、本心では置いていかれるほうが嫌だったのかもしれない。


 カイルは小さく息を吐いた。


「ならない。少なくとも、自分はそう思わないから大丈夫だ」


 不意に胸の奥が熱くなる。

 褒められたわけでもないのに、認められた気がした。


「……わかりました」


 二人は雨の中を歩き出す。


 地面はぬかるみ、靴が沈むたびに鈍い音を立てる。

 テントの列を抜けると、中央に少しだけ大きな天幕が見えてきた。

 そこが隊長――アマギの指揮所だ。


 入口の布をめくると、湿った空気とは違う、張り詰めた空気が流れ出る。


「カイルか」


 中から低い声がする。


 地図が広げられた机。

 簡素だが整えられた空間。

 外の雑然さとは対照的に、ここだけは秩序が保たれている。


「どうした」


 アマギの視線が二人に向く。

 その目は静かだが、鋭い。


 カイルが一歩前に出る。


「食料の残りが僅かになっていて、補給部隊は来ていないのかなと思いまして」


「……そうか」


 短い言葉。

 しかし空気がわずかに冷える。


 リナは喉の奥がひりつくのを感じながら言葉を挟む。


「あ、あの……。補給部隊は、大体何日おきに来るんですか?」


 視線が自分に向いた瞬間、背筋が伸びる。

 アマギは記憶を辿るように目を細める。


「前回は一昨日のはずだな」


 その一言で、テントの中の空気が確実に変わった。


 一昨日。


 ならば、もう到着していていい。


 雨音が遠くで鳴り続けている。

 だが今は、それがやけに遠く感じた。


「遅れている可能性は?」


 カイルが問う。


「遅れるなら、そう連絡があるはずだ」


 即答だった。


 何かトラブルがあったのかもしれない。


 沈黙が落ちる。


 アマギはゆっくりと地図に視線を落とした。


「補給部隊は街道を経由する。途中で街を通るな」


 街。


 その言葉に、リナの胸が小さく波立つ。


「様子を見に行く部隊を出すか」


 アマギの声は静かだった。


 えっ……。


 リナは思わず口を開く。


「もし街で何かあったのなら、大人数で入るのは目立ちませんか?」


 言った瞬間、しまったと思う。


 だがアマギは怒らなかった。


 むしろ、わずかに目を細める。


「続けてみろ」


 試されている。


「連絡が来ないということは、補給部隊が狙われた可能性もあるかなと思いました。そ……その場合、相手から警戒されてしまうと思いました」


 話しながら恐る恐るアマギ隊長の目を見る。


「……まずは、情報を集めるのがいいと思いました……」


 再び沈黙。


 やがてアマギはゆっくり頷いた。


「……一理ある」


 カイルが横目でこちらを見る。

 その視線には、驚きと、わずかな誇らしさが混じっていた。


「では」


 アマギは決断する。


「カイル。お前が行け」


 そして。


「リナも同行しろ」


 また?


「理由を聞いてもいいですか?」


 カイルが尋ねる。


「理由?兵士が少女を連れてるなんて、普通思われないだろ?」


 まぁ、確かにそうか。


 退屈な一日だったはずなのに、雨はまだ降り続けている。



 この拠点は街から歩いて半日ほどの所にあるようだ。


「また馬……」


「じゃあ、姫は歩いていくのか?」


 リナは顔をしかめる。


「カイルさんのイジワル」


 歩く馬の上なら、かなり恐怖感を克服できた気がする。

 周りの景色を堪能する余裕すら生まれているのだ。


 草原と丘陵しかなかったところに、所々人工物が見えてきた。

 何に使ってるか分からない小屋や、何か作物が育っている畑が見えてくる。


 雨はどんどんと強くなっている気がする。

 身体が冷えてきて、コートを着ていても徐々に雨の水が嫌に感じてくる。


「……ひどい雨になってきたな」


「はい」


「もうすぐ街が見えてくるはずだ」


「どんな所なんですか?」


「そうだな、街の周りを川が流れていて、賑やかな所だ」


 出発してから、かれこれ三時間ほど経っていただろうか。


 そして段々と外壁が見えてきた。


「ん?」


 何か不思議そうな声を出すカイル。


 カイルの声につられて、リナも前を見る。


 門が柵で閉じられている。

 その奥で佇んでいる人影。


「いつもとは違うんですか?」


「だな。いつもは門は閉じてない」


 雨の影響か、手前にある川は勢いが凄い。

 その川を渡るための小さめの橋を進むと、カイルが手綱を引くのが分かった。


「姫、ちょっと待っててくれ」


 馬が短くいななき、足を止める。


 カイルは馬から降りると、橋の方へと歩いていった。


 何かあったのだろうか。


 リナも前を覗き込む。


 橋の一部――手すりになっている木が、途中から折れている。


 雨で腐ったのだろうか。


 カイルはその近くで足を止めると、足元を見つめた。


 そして、何かを拾い上げる。


 ……手袋?


 濡れた革のそれを、カイルはしばらく黙って見つめていた。


 やがて何も言わず、それを懐へしまう。


 そのまま踵を返し、こちらへ戻ってきた。


「大丈夫ですか?」


「……いや、なんでもない」


 そう答えたカイルの声は、ほんのわずかに低かった。


 ふと視線を落とす。


 カイルの手には、同じ柄の手袋がはめられている。


 リナは胸の奥に小さな引っ掛かりを覚えた。

 

 カイルが馬に乗り、再び動き出す。


 門番は、カイル達の馬が近づいてきた事に気付くと、手でバツ印を作る。


 門番は軽装ではあるが、剣と思われる物を腰に付けている。


 カイルは再び馬から降りると、門に近づく。


「通りがかりの旅人だ。こんな雨だからな、早く中に入れてくれないか?……このままだと妹も風邪を引いてしまう」


 門番は明らかに困った様子。


「実はな、今街の中で病気が蔓延してて……」


「病気?」


「ああ。拡大しないように、誰も出入りさせないようにと言われてるんだ……」


「……そうか、そんなことが」


 このままでは街に入れない。


「ところで、そこの橋の手すりが折れているんだが、何か知ってるか?」


「い……いや、俺はちょっと分からねぇ」


 声が明らかに揺れた。

 リナでも分かる。


 この門番は何かを知っている。

 リナも馬からゆっくり降りると、カイルがどうするのか視線を送る。


 しかし、カイルはそれ以上追求はしなかった。


「……しかたない。違う街に行くしかないな」


 カイルはリナの方へと戻ってくる。

 そして――

 リナの背中を、軽く小突いた。


「……ゴホッ、ゴホッ」


 リナが小さく咳をする。


 門番の視線が二人の間を揺れた。


「いや、……あー」


 口を開いたのは門番だ。


「街の中に入らない方がいいとは思うが、どうしてもというなら……」


 そう言うと、閉じた門の脇にある扉を開けた。


「少しトイレに行ってくる」


 そう言い残すと、門番は姿を消した。


「これは、通っていいんですか?」


「見て見ぬふりをしてくれるのだろう」


「……あと、急に叩かないでくださいよ」


「すまんな」


 リナも馬から降りて、カイルと二人歩いて扉をくぐる。

 馬は門を通り抜けたすぐ右側に小屋があり、ここに置いておくことができるようだ。


「これからどうするんですか?」


「補給部隊が来てないか、手がかりを探す」


 前を見ると、石造りの建物が肩を寄せ合うように並んでいるのが目に入った。

 木枠の窓や張り出した二階部分は、絵本で見た中世の街そのままだが、その全てが固く閉ざされている。

 街に人の姿は無く、声すらも聞こえない。

 その雰囲気のせいなのか、焦げた薬草のような異臭が鼻をつく。


 初めて見るはずの異世界の街は、胸が高鳴るどころか、冷たい静けさに包まれていた。


「手がかりを探そうにも、人がいないんじゃ……」


「こっちだ」


 カイルは行く先の当てでもあるかのように、どんどんと先へと歩いていく。

 その歩幅に遅れないように、時折小走りになりながらもリナは付いていく。


 街の広場らしい空間の中央には井戸があり、それが紐で周囲を覆われている。


 その先へと進んでいくと、一つの建物にたどり着く。


 看板のような物があるが、なんて書いてあるかは分からない。


「ここだ」


 何が?

 そんなリナが疑問に思っているうちに、カイルは扉を開ける。

 鈴の音が響いたことで来訪者を伝える。


「誰だ?」


 建物の奥から男の声が。


「カイル……アマギ隊長直属の特務隊長だ」


「「ええ!」」


 男とリナの声が重なる。


「カイル隊長でしたか!」


「カイルさんって、隊長だったんですか!」


 こうして、補給部隊と無事に合流することができた。


 ――だが、補給部隊がここにいるとしたら、あの橋の所の手袋は誰のものなのか。


 この街に蔓延する病気とは。


 この雨は、まだ止む気配を見せていなかった。

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