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フルートで戦うことになりました  作者: 襟須遥
災害編

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12/12

12 泉

「このままじゃあ、拠点に物資が届けられないぞ」


 宿の一室で、補給部隊の面々が顔を突き合わせていた。


「大体、なんで入れたのに出られないんだ?」


「病気の蔓延を防ぐために、街の出入りを止めたと言われました」


 女の声が、その空気を割った。


「俺たちが街に入った、その直後にだぞ……運が悪すぎる」


 苛立ちが空気に伝わる。


「で、どうする。アマギ隊長に知らせないと、向こうは気づかない」


「門番に事情を話せば――」


「通してくれるなら、とっくにやってる」


 言葉が途切れた。


 雨音だけが続く。


「……じゃあ、俺が行きます」


 若い兵が、顔を上げた。


「俺が、馬で門を抜けます」


「正気か」


「このまま待っても、状況は変わらないです」


 拳を握る。


「物資が届かなくて困るのは、俺たちじゃない。拠点だ」


 誰も反論できなかった。


「……止めても、行くんだろ」


「はい」


 短い返事だった。


 若い兵は部屋を出ると、街の拠点となっている宿屋を後にする。


 雨が強くなっている。


「……ふぅ」


 一呼吸つくと、意を決したように街の出口へ向かう。


「そこのお前!」


 声のする方を向くと、高貴そうな見た目の男がいた。


「家の外に出るなと言っているだろう」


「すいません」


 逃げるようにその場を立ち去る。


 あの男は街の上層部の者だろうか。

 そして、街の出入りだけでなく、外出そのものを禁止しているのか。


 ますます怪しさが増してくる。


 なんとしても、アマギ隊長の所にいかねばならない。


 少し遠回りしながら、馬小屋に辿りつく。


 手綱を掴むための手袋を着けると、馬を誘導する。


「何をしている!」


 その姿が門番の目の前につくと、やはり声をかけられる。


「実は、今すぐ伝令に行かなければならないんだ」


 こうなったら、正面からいくしかないか。


「ダメだ。外に出るのは禁止されている」


「これは、軍の指示だから、お前達のルールより優先されるはずだ」


「こちらはそんなのは聞いていない。誰一人として通すなと言われている」


 無理やり突き抜けるしかない……か。


 若い兵士は意を決したように、入り口へと進む。


 門番も強硬策に出ると思っていなかったのだろう、対応が遅れた。


 馬も兵士に続いて扉を通過する。


「おい、待て!」


 兵士はもう待つつもりもなく、馬の背中に乗る。

 すると後ろで金属が擦れる音が聞こえる。


 まさか、抜剣したのか。


 そう思うと同時に、門番が斬りかかってきた。


 ヒヒーンッ!


 馬が悲鳴のようにいななき、暴れ出す。


「落ち着け……!」


 パニック状態になっている。


 若い兵士は手綱を握る手袋を外して、首筋を撫でようとする。


 この橋さえ超えてしまえば、振り切れるはずだ。


「あと少しだけ、頑張れ……」


 その瞬間、馬の体が橋の手すりにぶつかった。

 ボキッという、木が折れる音と共に――。


 馬の体勢が大きく崩れる。

 外した手袋が、手から滑り落ちた。


「え?」


 疑問に思ったのも一瞬だった。


 視界が反転する。


 雨と、川と、灰色の空が混ざる。


 そして――、濁流へと叩きつけられてしまった。


 * * *


 リナは、宿屋の窓から街の様子を眺めている。

 雨の中、街は静まり返っており、中央の広場を通るのは見張りの人だけだ。


 カイルは今、補給部隊の人と話をしている。

 この街に起きている事について話し合っているらしい。


「伝染病……か」


 門番の人はそう言っていた。


 広場にある井戸が封鎖されているのをみると、原因は水質汚染なのだろうか。

 仮にそうだとしても、リナにできる事は何もない。


 ふと、ゆるやかな風に乗って、何かが聞こえた。

 人の声ではない、生き物でもない、“何か”。


 その異質さにリナは不気味な感覚がする。

 その方向を見ると、街の奥の方に建物が広がっている。

 建物の向こう側には木々が茂っているように見える。


「姫、遅くなってすまない」


「わっ!」


 突然入ってきたカイルにひどく驚いてしまった。


「大丈夫か?何かあったのか?」


「いえ、……カイルさん、あの先には何があるんですか?」


 指を指すのは、異質な“何が”を感じた方向だ。


「あそこは確か、泉があるはずだ。この街の象徴にもなってるんだ」


 リナの感じた物が、気のせいでないとするなら、泉に何かが起きているのだろうか。

 しかし、それをカイルに説明しても、きっと信じてもらえないだろう。


「……それが、どうかしたのか?」


「いえ、なんでもないです」


「そうか……」


 カイルは一呼吸をおいて、話を続ける。


「この後、自分はこの街の上層部と話をしてくることになった。姫はここで待っていてくれるか?」


「……分かりました」


「自分が留守の間、補給部隊のやつらに姫の警護をお願いしてある」


「はい。……カイルさん“も”気をつけてくださいね」


 カイルは一瞬眉間にシワを寄せたが、すぐにいつもの調子で返答する。


「おう、すぐ戻ってくる」


 カイルを見送ると、リナもフルートの入った矢筒を背負い、雨除けの上着を羽織る。

 そして、静かに部屋を抜け出す。


 階段で一階に降りると、ゆっくりと宿屋の出口を目指す。


「お嬢さん、どうしましたか?」


 女性の声だ。

 突然声をかけられて、思わず飛び上がってしまった。


「え、……あ、あの……」


 どう言い訳をしようか、頭がパニックになる。


「カイル隊長から、聞いてますよ。お嬢さんが、おとなしく待たずに何か企んでるって」


 バレてた。

 

 リナは観念して、声の主の方へと振り返る。

 そこにいたのは、ショートカットで

綺麗なお姉さんだ。


「私はラグナ、お嬢さんの望みは可能な範囲で聞いてあげるよう頼まれているんですよ」


 その言葉にリナは驚いたように目を丸くする。


「そうなんですか!」


 ラグナはニコッと微笑む。


「それで、何かお手伝いしましょうか?」


 どうしようか。

 自分でも根拠のない違和感に、このお姉さんを巻き込んでしまっていいものか。


 とはいっても、選択肢はないようなものか。

 リナが一人で行こうとしたら、おそらくラグナはリナのことを見送ってはくれないだろう。


 カイルがこの状況を予測していたのなら尚更。


「お願いします」


 その言葉を聞くとラグナはリナの頭を撫でる。


「大丈夫よ。何か気になるものがあったのかしら?」


「あ、はい。……泉の方に行きたくて」


「泉って、この街の北にある泉?」


「たぶん、それだと思います。そこから何か変な感じがするんです」


 この違和感をリナは自分でも説明できない。

 でも、ラグナには嘘は付きたくなかった。


「確かに、井戸の水源は泉だから、そこに何か原因があるってのは納得できるわ」


 ラグナはそう言うと、奥の部屋に行く。

 しばらくして、武器と雨除けを持ってくる。


「でも、そんなこと街の上層部の方達も気付いてるでしょうから、既に調査はしてそうですけどね」


 確かに、井戸を封鎖しているということは、水源に問題があることは確信があるのだろう。

 それでも、ラグナはリナに付き合ってくれるようだ。


「じゃあ、行きましょう」


 雨は依然と降り続けている。

 地面には水たまりが出来ており、家屋が浸水してしまうのも時間の問題かもしれない。


「こっちよ」


 ラグナは井戸の広場を避けるように、細い道へリナを案内する。


「リナさん……でしたっけ?」


「はい、そうです」


「カイル隊長とはどのようなご関係なんですか?」


 その発言は聞き方一つで色々な意味を持つものであった。

 ただ、ラグナのそれは色恋のものではなく、純粋に気になっているだけに聞こえた。


「うーん、話せば長くはなるんですけど……」


 どこまで話してよいものか悩む。


「カイルさん、少し前にお怪我してしまったんですけど、その時に少しだけお世話させて頂いたというか……」


 ラグナは関心した様子だ。


「そうなんですね。カイル隊長はあなたのことを大事にされていたので、本当にどこかの国のお姫様かと思いました」


 ラグナはクスッと笑いながら、先へと進んでいく。


「カイルさんが、一方的にそう呼んでくるんです。……私はやめて欲しいとは伝えたんですけど」


 そう言って、リナはふと考える。


 ――あれ、やめて欲しいって伝えたっけ?


「カイル隊長は、私みたいなただの隊員の名前も覚えてくれているんです。


 周囲に家がなくなり、木々が見えてくる。


「もうすぐよ」


 リナの違和感の正体は、もしかしたら音なのかもしれない。


 それは、風の音でも雨の音でも、木々の葉の音でもない。

 胸の奥をざわつかせるような、かすれた叫びにも似た響き。


 目の前に泉が現れた時、その音は強くなる。

 この場所から発せられているのだろうか。


 その瞬間、頭の奥の方でじんと軋む。


「うっ……」


 痛みと共に、気が一瞬遠くなる。


 仮に泉が原因だとしても、結局この感覚が何なのかは分からない。

 見た目は、どこにでもある泉にしか見えない。


 いや、少し枯れ葉や藻が広がっていて、手入れが行き届いてない印象を受ける。


「リナさん、あそこ」


 ラグナが声を上げる。

 彼女の指差す方向を見ると、岸だった。


 よく見ると、そこに何か倒れている。


 咄嗟に二人とも駆け寄る。

 そこに横になっていたのは、白髪の老人だ。


「おじいさん、大丈夫ですか!」


 ラグナが肩を叩きながら声をかける。

 反応はない。


「息はあるみたいです」


 口元と胸の動きを見ながら、リナはそう伝える。

 ラグナは老人の手足を触り観察する。


「とりあえず、いったん宿屋に連れて帰りましょう。……背負うから、手伝ってくれる?」


「はい、わかりました」


 雨は濁った泉をかき乱すように降り続いている。

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