時代劇かと思ったら西部劇だった
玲姫の瞳には、一切の迷いも曇りもない。凛とした声が広間に響き渡る。
「私には、次代の継承者を選ぶという、女性だけに許された最大の利点と義務があります。
貴方が私に強いた淡海の領主のような、権力の駒に成り下がる男を夫に迎えることこそ
……若津の伝統と未来に対する冒涜です」
叔父のはガタガタと震える指で玲を突き刺し、広間に詰めかけた兵たちの疑念をかき消すように、
狂ったような大声を張り上げる。
「何を綺麗事を……!饒舌に正当性を語るな、父を殺した大逆の大罪人が!
あの日、お前が父に注いだその酒に、毒を盛ったのは他でもないお前自身だ!」
ファズは一蹴する。
「……犯人は得をしたやつだよ?……叔父さん。
この国の民の顔を一度でもちゃんと見たか?
街角の猫も痩せ細ってる。
支配されてる側が不幸なら、統治じゃなくて略奪だよ」
ファズはこの国とは何の関係もなく、見返りも一文の得もない。
それにもかかわらず、陰謀に巻き込まれた玲姫を救い、ここまできた。
その言葉の裏にある損得勘定抜きの純粋な正義感、民衆の幸福こそが統治の前提であると説く姿は、まさに真の「仁君の器」そのものだった。
そのファズの足元で、黒猫がハチミツ色の美しい瞳を細め、どこか誇らしげに低く鳴いた。
「――持てる者の義務じゃな」
「き、貴様……っ!どこの馬の骨とも知れぬ流れ者が、国家のあり方を語るな!
この生まれこそが、前世の尊い功徳の証しなのだ!強き統治者が秩序を敷かねば、
権力闘争と無秩序の混沌に呑まれるのだ!」
ファズはまっすぐに叔父を見据える。
「……ヒーロー志望の俺がこんなことを言うのも、少し変かもしれないけどさ。
ヒーローがいない国より、ヒーローを必要とする国の方が不幸なんだ。
誰か一人に縋らなきゃいけない……それをあんたは『秩序』って呼ぶのかい?」
玲姫の瞳の奥にあったのは、叔父への激しい憎悪の色ではない。
冷徹な決別と、路頭に迷う国への深い慈悲の光だけが宿っていた。
「私は……強大な統治者の慈悲に頼らずとも、民の一人ひとりが自らの意思で笑い合える国にしたいのです」
凛とした声が、緊張に満ちた天守の広間に響き渡る。
「誰かの顔色を窺い、誰かに救われるのをただ待つだけの人生ではなく、自分たちの確かな足で大地に立ち、隣人と手を取り合って生きていける……そんな、誰もが享受すべき当たり前の幸せを、私はこの国に取り戻したい」
そのあまりにも気高く、しかし泥臭いまでに民衆に寄り添った言葉の重み。
周囲の兵や家臣たちは息を呑み、動揺を抑えきれずにざわめいた。
初代城主・武王は、深き眼窩に妖しく揺らめく青い炎をちらりと這わせながら、視線を広間全体へと巡らせた。
「……もはや、これ以上言葉を重ねて論ずるに及ばず」
古の王は重々しく言い放つ。
「玲よ、お主は余に挑み、その身をもって正統な『力』を示した。
ならば、その叔父とやらも同じだ。口先だけの弁明ではなく、己が力でその王座の正当性を示してみせよ。
己の権力こそが継承されるべきだと主張するのならばな」
武王が突きつけたのは、あまりにも容赦なく、そして残酷なまでに単純な理だった。
「――王とは、ただ安穏と玉座に座する者にあらず。
己の器と意志をもって、あらゆる他者を屈服させる圧倒的な力を持つ者だ。
権謀術数や陰謀など、力の添え物にすぎん。
この若津における後継者争いとは、より強き者を選ぶためだ」
それは、己が血と剣でこの国を切り拓き、築き上げてきた若津の原初の理だった。
「……くっ、私は……!」
言い訳を絞り出そうとする叔父の声を遮るように、玄信は『天叢雲剣』を引き抜いた。
「……初代様が、武力をもって自らの正統性を証明せよと仰せだ」
「そうか、武力か」
叔父は笑いながら懐に手をいれた。反射的にファズは玲姫と叔父の間に飛びこんだ。
ガンッ――!
甲高い射撃音。デリンジャー(小型拳銃)を隠し持っていたのだ。
次の瞬間、鉛の玉がファズの防弾ベストに叩きつけられる。
防弾ベストのポケットから、チタンの歯車が転がり落ちた。
黒猫が、面白そうに喉を鳴らした。
「(西部劇の)懐中時計のようじゃな?」
ファズが呆れたように返す。
「時代劇じゃなかったのかよ……」
叔父の逆転の一手も防がれ、すべては決した。
自らの圧倒的な非力さと重ねてきた罪の重さに耐えかねた叔父は、もはや武器を取り落とし、崩れ落ちるようにその場に膝をついた。彼は一切の言い訳を諦め、己の敗北と罪科を認め、悄然と幽閉の身となることを受け入れる。
老家臣が静かに寄り添い、震える叔父の肩を支えながら、ゆっくりと重い扉の向こうへと連れ出していく。遠ざかる足音とともに、若津城を長年蝕み続けた暗雲は、ようやく音を立ててその幕を閉じたのだった。




