大将の価値の測り方
その必死の叫びに応じるように、どよめいていた包囲網が左右にすぅっと割れた。
姿を現したのは、使い込まれた漆黒の長槍を携え、身じろぎもせず一分の隙もない構えを見せる一人の武芸者だ。
彼は玄信の姿を真っ直ぐに見据えると、静かに、しかし武人としての礼儀を込めて一礼した。
「……元若津指南役、玄信殿。一手、ご指南お願い申す」
男が踏み込み、その長大な槍を鋭く繰り出そうとした――その刹那だった。
玄信の左手が素早く腰の後ろへと伸びる。
次の瞬間、鋼の棒手裏剣は、武芸者の槍よりも遥かに速く、その肩口を正確無比に射抜いた。
巨体をそのまま床へと縫い付けた。
「ぐっ……!き、貴様……正々堂々と……ッ!」
床に叩き伏せられ、苦悶の声を漏らしながら武芸者が恨めしげな視線を向ける。
それに対し、玄信は微動だにせず、冷ややかに言い放った。
「卑怯だとは言うなよ。そもそも、槍の方が刀より長くて有利なんだからな。
命のやり取りで、間合いの利を捨てる馬鹿がどこにいる?武士の仕事は勝つことだ」
――相手が長い槍で先手を取ってきたのだから、こちらが隠し持っていた投擲武器で不意を突こうとも、非難されるいわれなど微塵もない。
最強と信じていた凄腕の用心棒が、一瞬で無力化された。
その光景を目の当たりにし、周囲を取り囲んでいた私兵たちの戦意は完全に砕け散ったのだった。
「……先生がやられたぞ!」
「化け物だ……勝てるわけがない、逃げろ!」
一人が恐怖に駆られて背を向けた瞬間、それは雪崩のように瞬く間に伝染し、兵士たちは持っていた武器をガラクタのように放り出し、我先にと出口へ殺到して逃げ出していく。
「ま、待て!どこへ行く!戻れ、私を置いて逃げるな、戦えぇ!!」
残された領主が絶叫するが、その命令はもはや誰の耳にも届かず、空虚に響くだけだった。
蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う兵士たちの背中を冷めた目で見つめながら、玄信は哀れみすら抱かない冷徹な瞳で呟いた。
「……いいか、領主。大将の器と価値ってのはな、かき集めた兵の数じゃねぇ。
喜んで命を預けてくれるやつの数なんだよ。……お前には、一人もいなかったってことだ」
嵐のような喧騒と殺気が去り、広間にはしんと静まり返った沈黙だけが残された。
「……はぁ、出る幕が無くて本当に良かった」
ファズが心底ホッとしたように息を吐き出す。
その手から、発動する機会を失った『バーストストライク』の黄金の粒子が、きらきらと霧散するように消えていった。
その呟きに、玄信はふっと強張った表情を和らげ、どこか感心したような笑みを浮かべる。
「背中を気にせずに戦えるってのは、これほど心強いもんだとは知らなかったな」
二人が交わした穏やかな信頼のやり取りを背に受けながら、玲が一歩、また一歩と冷たく足音を響かせて歩み出た。
彼女は、広間の床で恐怖に全身をガタガタと震わせている領主へと歩み寄り、威厳を込めた視線で最後通告を突きつける。
「領主。……約束通り、『勾玉』を譲ってもらいます。これ以上、若津と私の誇りを汚す真似は――許しません」
逃げる気力すら奪われた領主は、怯えに引き攣った顔で情けないうめき声を漏らしながら、震える手で懐の袖の下をまさぐり、約束の品――その一部が微かに欠けた、神器『勾玉』を取り出して玲へと差し出したのだった。




