相互確証破壊という名のブラフ(ハッタリ)
もちろんブラフ(はったり)である。
解決が必要な場所へとワープする能力なのだ。
神足通を発動させたらミサイルが落ちるコム・ストックの街か、
キューブの爆発したラムダ基地に転移するだろう。
「なら、試してみるか?さっきの防弾扉を、俺がどうやって壊したか……その目で見たはずだ。
俺の能力(恩寵)は、お前の想像力の外側にある。神を試す代償は、あんたの命だ」
ファズの右拳に、再び黄金の粒子が静かに集まる。神の断罪にも似た輝きを放つ。
ニコロの顔面から完全に血の気が引き、支配者としての余裕は無惨なまでに崩れ去った。
ニコロは理解する。
この状況は相互確証破壊(双方が確実に死ぬ)よりタチが悪い。
ファズが先に仕掛ければ、ラムダ基地が灰になる。
ニコロが先に仕掛ければ、コム・ストックの街とラムダ基地が灰になる。
どちらのシナリオでも、ファズ本人は無事だと主張している。
ファズのブラフ(はったり)だが、真偽を知ることはできない。
「……命が惜しいなら、条件は二つだ。一つ、ローズを今すぐ無傷で解放しろ」
ファズが一歩、重々しく足を踏み込む。
「――二度と、あの街に手を出すな。俺は本気だ。お前の命とこの基地……天秤にかける時間は、あと十秒だ」
「……っ!」
ニコロの震える指が、ミサイルの発射スイッチから力なく離れ、だらりと落ちた。
冷徹な支配者のプライドが、理解不能な「一人の男の暴力と決意」の前に完全に屈した瞬間だった。
「……連れて行け。だが、お前はどこに行ってもトリス・メギストスの天耳通(神通力)で盗聴されるぞ!私を脅迫したんだからな!」
忌々しげに絞り出したニコロの声は、もはや支配者のそれではない。
思いもよらない天災に見舞われた敗北者の、惨めな呻きだった。
ニコロの合図により奥の小部屋のロックが解除され、拘束を解かれたローズがよろめきながら姿を現す。
ファズを見つめる彼女の瞳に、ポロポロと涙が溢れ出した。
「……ファズさん!」
「無事か、ローズ。……さあ、コム・ストックの街へ帰ろう」
しっかりとローズの肩を支え、ファズは一度も振り返ることなく執務室を後にした。
背後では、ただ粉砕された防弾扉の残骸と、青白いキューブの残像を、ニコロが呆然と見つめ続けていた。
※コム・ストックの街へ
レジスタンスの二人――イアンとモーガンにコム・ストックの街まで送られた。
「無事で良かった」
イアンがどこか親しみやすく、人好きのする笑みを浮かべて肩の力を抜く。
「二人のおかげで無事に間に合ったよ。ニコロには、コム・ストックの街から手を引かせた」
「……あの執政官を、屈服させたというのか……?」
隣にいたモーガンが、信じられないものを見るかのような驚愕の眼差しでファズを見つめていた。
一人の人間が、圧倒的な「力」を誇る要塞のトップを退けた事実。
その光景は、モーガンの胸に消えない深い衝撃を刻み込んでいた。
「兄ちゃんっ!!」
路地を駆けてきたのは、セージだった。彼はファズの姿を見つけるなり、弾丸のような勢いでその腰に飛びつき、力いっぱい抱きついた。
「兄ちゃん、ありがとう……!本当に姉ちゃんを連れ戻してくれたんだね!」
「ああ。約束しただろ」
セージは溢れ出る涙を腕で拭う。
無事に帰還したローズもまた、弟の頭を優しく撫でながら、ファズに向かって深く頭を下げた。
ファズが持ち帰ったキューブを出迎えてくれたタコおじさんに渡す。
しばらくすると、街灯が一斉にまばゆく点灯した。
これまで「暗闇」が当たり前だった寂れたスラムに、再び光が隅々まで満ち溢れていく。
街の住人たちが一斉に窓を開け、信じられない「奇跡」に息を呑んでいる。
ローズを連れ戻し、街に光を再び灯した。
このヒーローを誰もが遠巻きに、しかし最大級の敬意と感謝を込めて見つめていた。
「郊外にある先史文明の遺構
――あの都市鉱山と、俺が撃墜した巨大戦艦RB2には何か関係があるのだろうか……?」
光に包まれる街を見渡しながら、ファズの思考はすでに「先」へと向けられていた。
RB2は『混沌の海の向こう』から来た、ならその先により高度な文明があるはずだ。
もし次のRB2が『調査』じゃなくて『侵略』のために現れたら?
メトロ・ポリスにはシェルターがあるが、この街はどうなる?
「……ファズさん、あなたはこれからどうするの?」
ローズの静かな問いかけに、ファズは物思いから意識を引き戻した。
「……行き先は、あそこのネコに聞いてくれ。次はRB2の故郷に行くかもな」
そう言ってファズが指差したのは、崩れた瓦礫の山の上で、
光を浴びながら悠然と毛繕いをしている一匹の黒猫だった。
「何それ?行き先をネコが決めるの!?」
セージが思わず呆れたように声を上げ、ローズも困ったような微笑みを浮かべた。
「報酬を受けとらんのは、ヒーローの美学かや?」
と黒猫が問いかけてくる。
「RB2の撃墜でケガをしたらローズが介抱してくれた。
そのローズを誘拐してキューブを渡せって言われたから、両方渡さなかっただけだよ。
どこで報酬を受け取ればいいんだ?」
どうやら、ファズは本気だったようだ。
「お人好しめ」
と黒猫が吐き捨てるように言った。
どこかで誰かの悲鳴が上がるなら、そこへ駆けつける。
そのためにバースト神から第二の生を受け、『恩寵』を授かったのだ。
「……ふふ、ファズさんらしいですね。でも、忘れないでください。
この街は、あなたがくれた光の中で生きていきます。……いつかまた、絶対に帰ってきてくださいね?」
「ああ、そうだな。……とにかく、助けが間に合ってよかったよ」
ファズは軽く手を挙げ、セージの頭を一度だけ乱暴に撫でると、くるりと背を向けた。
『絶望を止める誰か』になるために、新たな旅路へと歩み出す。
足元で魔方陣が展開し、黄金の粒子に包まれた。




