↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
見た目チー牛、略して「ミタチー」の俺が、役に立つのか分からないチートスキルで誰かの明日を守る。  作者: parupuntist
第一章 痛がりの神童

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
9/12

第9話 祭りと、馬車

 三日、眠っていたらしい。起きたら、家の天井だった。黒く煤(すす)けた梁(はり)。藁(わら)の匂(にお)い。十五年見てきた景色。枕元にリタがいて、俺が目を開けた瞬間に、声も出さずに泣いた。ダンは何も言わずに部屋を出ていって、しばらくしてから戻ってきて、また何も言わずに座った。


 アイリは、部屋の隅で膝(ひざ)を抱えていた。食事と着替えのとき以外は、三日間そこにいたのだと、後で聞いた。


「怒ってる?」


 俺が訊(き)くと、リタは頷(うなず)いた。頷いてから、首を横に振った。リタは俺の頬(ほお)に手を当てた。確かめるみたいに、もう一度当てた。


「起きたら、うんと叱(しか)ってやろうと思ってたんだよ。三日も目を覚まさないんだもの。……でも、よかった」


「……ごめん」


「うん。……でも、あんた、傷はないのに苦しそうで。何をしてやればいいか、分からないんだよ」


 俺は、いつもの返事を飲み込んだ。


「水がほしい。あと、起こして。まだ、一人だと無理」


 ダンが背中に手を入れた。リタが椀(わん)を持ってきた。一口飲むあいだ、二人とも、そこにいた。


   *


 それから、村での俺の扱いが変わった。神童ではなくなった。英雄になった。外に出ると、村の誰かが必ず頭(あたま)を下げる。子どもが遠巻きに見てくる。薬師のばあさんは、俺の顔を見てから、手を取った。


「まだ、痛むかい」


「うん。傷はもうないんだけど」


 ばあさんは、俺の顔から目をそらさなかった。


「前に、何もないって帰しちまったね。あたしに見えなかっただけなのに。……座りな。どこがいちばんつらい?」


 ばあさんは椅子(いす)を引いた。うまく場所を言えずにいる俺を、薬草の仕分けにも戻らずに待っていた。


   *


 村長が、あの抉(えぐ)れ跡を「テオの傷跡」と呼び始めて、それが一週間で定着した。居心地が悪かった。神童と呼ばれていたときと、同じ種類の居心地の悪さだった。俺は何も偉いことをしていない。ただ、痛いのが治る体で、そこに立っていただけだ。


「これで、山が鳴っても安心だな」


 村長がそう言って、俺の肩に手を置いた。笑って頷きかけた。けれど、置かれた手の重さだけで、背中がびくりとした。


「次もできるかは、分からない。今度は、起きられないかもしれない」


 声が、思ったより小さくなった。村長の手が離れた。気まずかった。村を救った翌週には、もう期待を外している。でも、村長は俺を叱らなかった。斜面を見上げて、しばらく黙っていた。


「……沢の見回りを、決め直すか」


 広場に戻ると、村長は祝いの飾りを書きかけていた板を裏返した。そこに家の名前を、一軒ずつ書き始めた。


   *


 ギオが来たのは、その見回りが始まってからだ。空(から)の背負い籠(しょいかご)を抱えて、鍛冶場(かじば)の戸口で立ち止まった。


「薪(まき)を運ぶやつが足りねえって」


「ああ。助かる」


 ギオは籠(かご)の縁(ふち)を握り直して、床に目を落とした。


「あとさ、昔、殴って悪かった。お前ばっかり褒(ほ)められて、腹が立ったんだ」


「……痛かったよ、あれ」


「ああ。もう、あんなことしねえ」


 少し黙って、俺たちは同時に息を吐いた。ギオは籠を背負った。今度は、大人が見ているかを確かめなかった。


   *


 ダンは、しばらく俺に炉の前を任せなかった。代わりに、寝床の横へ椅子を持ってきて、金槌(かなづち)の柄(え)を削っていた。ある晩、木屑(きくず)を払う手を止めずに、ダンが言った。


「あのときは、怖かった。お前を連れ戻すことしか、考えられなくてな」


「でも、みんなを逃がしたじゃん」


 ダンは頷いて、出来上がった柄を俺に見せた。受け取ろうとすると、その目が俺の指先で止まった。


「お前に継いでもらうことばかり考えてたがな。鍛冶屋(かじや)になるかどうかは、お前が決めろ。ほかにやりたいことができたら、言えよ」


「……ダンは? 街の鍛冶屋、見に行かないの?」


「そうだな。俺も、一度は見に行ってみるか。一日くらい仕事を休んでも、いいだろ」


 笑い方が、少し下手(へた)だった。


 その夜、リタがまた椅子で眠りかけると、ダンが肩を叩いた。リタは俺を見た。


「お父さんに代わってもらうね。何かあったら、呼んでおくれ」


「うん」


 リタは寝床へ行った。行きかけて一度振り返ったけれど、戻ってはこなかった。


   *


 夏の終わり、自警団の男に、足の置き方を習い直した。剣は使わない。地面に引いた線の外へ、半歩ずれるだけだ。それだけで俺は何度も足をもつれさせた。男は折れた枝で、線を引き直した。


「剣は要らんと言ったが、避け方くらいは教えとくべきだったな」


「今さら?」


「今さらだ」


 俺は半歩、足を引いた。今度は転ばなかった。


   *


 その年の秋、また収穫祭が来た。広場に櫓(やぐら)が組まれた。今年も俺は縄を縛る係で、アイリは花を運ぶ係だった。去年と同じだ。去年と同じことが、今年もできる。それが、村が無事だったということの意味なんだと思った。ただ、今年のアイリは、途中で花籠(はなかご)を地面に置いた。


「午後は、ばあさんのところに行く」


「花は?」


「残り、頼んでもいい?」


「いいけど」


「薬草を教えてくれるって。私から、お願いしたの」


 アイリは籠の取っ手から、ゆっくり手を離した。


「へえ。ついに弟子入りか」


「まだ、名前を覚えるだけ」


「でも、やりたかったんだろ」


 アイリは、大きく頷いた。そのまま立ち去るかと思ったが、アイリは俺を見上げた。


「テオも、どこかに行きたくなったら、教えて」


 俺は縄を持ったまま、手を止めた。


「どうして、俺がどこかに行くと思ったんだ?」


 去年、訊けなかったことだった。アイリは少し考えた。


「名前を呼ぶと、ときどき、よその人みたいな顔をするから。……でも、行かないって、すぐ言わなくていい」


「……分かった」


「私も、そのときどうしたいか、考える」


 アイリはそう言って、一度だけ取っ手に戻しかけた指を、引っ込めた。俺は籠を受け取った。花を落とさないように、両手で持った。


   *


 櫓の縄を縛りながら、俺は妙なことを考えていた。


 十五年。


 この世界で十五年、生きた。前の世界で生きたのが十七年だから、もうすぐ追いつく。リタの顔は、毎日見ている。ダンの背中も、炉の音も、全部覚えている。でも、俺はまだ、自分が「リンデ村のテオ」になれたのかどうか、分からなかった。英雄と呼ばれても、神童と呼ばれても、名前を呼ばれるたびに、半分だけ返事をしている感じが消えない。


 どこかで、まだ返事をしていない自分がいる。リタにもダンにも、まだ話していないことがある。アイリにも、よその人みたいな顔になる理由を、答えられていない。


 ――まあ、いいか。


 そう片付けるには、受け取った花籠が、すぐそばにあった。俺は一度、縄を緩めた。祭りが終わったら、もう少し話そうと思った。何から話せばいいかは、まだ分からなかった。


   *


 昼過ぎだった。行商人の荷車が村に入ってきて、広場の手前で止まった。今年は馬を二頭連れていて、一頭は若い馬だった。祭りの音に耳を動かして、落ち着かない。


「先に店を出したらどうだ」


 誰かが言った。行商人は首を振った。


「先に馬を外す。こいつ、人混みに慣れてなくてな」


「売り時を逃すぞ」


「来年も売りに来たいんでね」


 男は客に背(せ)を向け、車輪に留め木を噛(か)ませた。手綱(たづな)を短く持ち、若い馬を車につなぐ革帯へ手を伸ばした。俺はそれを櫓の下から見ていた。


 アイリが、広場を横切っていた。ばあさんのところへ行く前に、最後の一抱えを運んできたらしい。両腕いっぱいに野花を抱えて、足元が見えていない。顔を上げていない。その目の前に、荷車の進路があった。


 ――どこかで、見た。


   *


 若い馬が、何かに驚いた。何に驚いたのかは分からない。虫かもしれないし、影かもしれない。馬が跳ねた。もう一頭が引かれ、車輪が留め木を乗り越えた。


「どけっ!」


 行商人が手綱にしがみついた。店先へ飛び散った荷物を見もせず、踵(かかと)を石畳(いしだたみ)に擦りつけて踏ん張った。間に合わない。車輪が回り出した。石畳の上を、加速しながら。


   *


 考えていない。本当に、何も考えていなかった。俺の体は、勝手に前に出た。


   *


 手を伸ばして掴(つか)む、じゃない。腕を引く、でもない。そんな余裕はどこにもなかったから。肩から、思い切りぶつかった。


   *


 体当たり。自分でも笑えるくらい、雑な助け方だった。アイリの体が横に吹き飛ぶ。抱えていた花が、全部空に散った。彼女が石畳に転がるのが、視界の端(はし)に見えた。よかった。そう思った。


   *


 世界が、横に飛んだ。


   *


 白かった。


   *


 え。俺は、周りを見た。上も下もない。床の感触がない。見覚えがある。十五年ぶりの、白。


「……ここ」


 言いかけて、やめた。いや、待て。治るはずだ。俺は轢(ひ)かれても治る。山を一つ受け止めても治った。馬車ごときで、どうして。


『特定のシチュエーションに一致した』


 声じゃない声が、いきなりそこにあった。


「今度は、どこに行くんだ?」


『死にかけた元の体に戻る』


 意味が分からなかった。元の体。元の。初めて、この白い場所で、俺は必死に声を張り上げた。


「待ってくれ、まだ――」


 まだ、リタに何も言っていない。ダンに何も言っていない。アイリには、行かないって言ったのに。去年の秋、松明(たいまつ)の下で「テオは絶対どっか行っちゃう気がする」と言われたとき、俺は笑って「行かない」と答えた。どうしてそう思うのか、訊けたのは今日(きょう)だった。


 行きたくなったら教えて、と言われた。違う。行きたくなったんじゃない。その一言を、まだ、あの子に返せていない。


   *


 白が、濃くなっていく。遠くで、聞こえた気がした。石畳の上から、誰かが叫んでいる。


「テオ!」


   *


 半分だけだと思っていた名前だった。今は、その声のするほうへ、帰りたかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。