第7話 村
それから一年は、あっという間に過ぎた。こういう書き方は乱暴だが、実際そうだったのだから仕方がない。特別なことは何も起きなかったし、俺も特別なことを何もしなかった。朝起きて、炉に火を入れるダンを手伝う。鞴を踏む。真っ赤になった鉄が形を変えていくのを見る。昼は畑に行く。夕方は水を汲む。夜は飯を食って寝る。
冬は雪が屋根まで来て、春は山から水が降りてきて、夏は虫の音がうるさくて、秋は祭りがある。そういう日々が続いて、十四の秋になった。
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アイリは、十二歳になっていた。相変わらずよく喋らない。ただ、昔よりは喋る。俺には喋る。リンデ村には年頃の子どもが十人もいないので、いつの間にか俺とアイリはひとくくりで扱われるようになっていた。「テオとアイリ」と、村の連中は一つの単語みたいに言う。
からかわれることもある。アイリは、からかわれると何も言い返さないが、次の日には必ずまた鍛冶場の裏にいる。そういう子だ。ただ、最近は薪の陰で、拾ってきた葉っぱを広げていることがあった。
「それ、食えるやつ?」
「違う。薬になる葉っぱ」
「ばあさんに習えば?」
アイリは葉を重ねた。
「ばあさん、忙しいから」
アイリは、ばあさんの家のほうをちらりと見て、葉を片付けた。俺は、それ以上勧めなかった。
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秋、収穫祭の準備が始まった。リンデの祭りは、大したものじゃない。広場に櫓を組んで、村の外から来た行商人が屋台を出して、酒を飲んで、夜通し歌う。それだけだ。でも、一年で一番いい日ではある。俺は櫓の縄を縛る係だった。ダンが上で木を組んで、俺が下で縄を投げる。
アイリは花を運ぶ係で、両腕いっぱいに野花を抱えて、広場と丘を何往復もしていた。
昼過ぎ、行商人の荷車が村に入ってきた。この時期だけ回ってくる男で、毎年、外の話をたくさん持ってくる。リタが荷台の布を見ていると、男は片手を振った。
「今決めてくれ。日が落ちるまでに売らにゃ、次の村に遅れる」
「毎年それを言って、夜まで飲んでるじゃないか」
「飲むのも商売だ」
男は笑って、もう別の客に声をかけていた。今年の話はこうだった。王都で塔が建ったらしい。魔術師が三十人かかって一年で建てたという。東の国境で小競り合いがあったらしい。まだ戦争ではないが、そのうちなるかもしれない。南の街で、腕のいい鍛冶屋を探しているらしい。
最後の話のとき、村の連中が一斉にダンを見た。ダンは肩をすくめて、酒を飲んだ。そのあと、櫓の道具を片付けながら、俺にだけ言った。
「街じゃあ、俺よりずっと上手いのがいるだろうな」
「見てみたい?」
ダンは金槌の柄を、親指で撫でた。
「そりゃあな。ただ、ここの炉を空けるのもな」
俺が継ぐよ、と言えば、たぶん喜んだ。言いかけて、やめた。約束の中身より、喜んでもらえる顔のほうを先に考えていたからだ。
ダンは、それ以上訊かなかった。
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その夜、俺は広場の石段に座っていた。櫓の上の松明が風で揺れていて、影が地面をゆっくり泳いでいる。奥のほうでは大人たちがもう酒を飲み始めていた。アイリが、三段下に座った。膝に花を一本だけ残して、それをくるくる回していた。
「ダン、南の街に行くのかな」
と、アイリが言った。
「行かないと思うよ。ここの炉が気に入ってるから」
アイリは、しばらく黙っていた。それから、花を回す手を止めた。
「テオは? テオも、ここにいる?」
俺は少し笑って、ごまかそうとした。
「行かないって。どこにも行かないよ。ここ以外知らないし」
アイリは、俺を見なかった。松明のほうを見ていた。
「テオは、絶対どっか行っちゃう気がする。なんとなく、ずっと、そう思ってた」
火の粉が一つ、風に乗って高く上がっていった。俺は何か言おうとして、結局、何も言わなかった。笑ってごまかさずに、どうしてそう思うのか、訊くべきだった。でも俺は、入り口の手前で引き返す癖を、この世界に来ても一つも直していなかった。
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冬が来て、雪が降って、また春が来た。俺は十五になった。
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その年の春は、雨がおかしかった。三日、降り続いた。春の雨にしては冷たくて、重くて、途切れなかった。畑の土が飴みたいになって、道の低いところに水が溜まった。四日目の朝、雨が止んだ。みんな、やれやれと言いながら外に出た。ダンは炉の様子を見に行き、リタは洗濯物を抱えて出ていった。俺は井戸に水を汲みに行った。
桶に水が満ちる音を聞きながら、俺はふと、顔を上げた。音がした。遠い。低い。地面の下を、何か大きなものが転がっているような音。山が、鳴っていた。




