第6話 役に立たないチート
結論から言うと、二年かけて、ほとんど何の役にも立たないことが分かった。順番に説明する。
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まず、俺から誰かを殴っても、何も起きない。当たり前といえば当たり前だ。俺が誰かを殴るとき、傷を負うのは相手であって俺じゃない。返す傷がない。試しに木を全力で殴ってみたことがある。木は無事で、俺の拳が痛かった。拳が裂けるほど強く殴れば木も裂けるが、それはつまり、俺の拳の分しか壊せないということだ。普通に斧で殴ったほうが早い。つまり、こういうことになる。
傷を負わずに大きな一撃を出すことは、できない。
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次に、返る先を選べない。これに気づいたのは、九つの冬だった。村の子どもが投げた石が、俺の額に当たった。痛かった。血が出た。塞がった。そして、地面に転がっていたその石が、真っ二つに割れていた。投げた子どもは、無傷だった。
俺を傷つけたのは石であって、子どもではない。だから石に返る。それだけの話だ。そのときの俺は、まだそれを「便利じゃないな」くらいにしか思っていなかった。後になって、これがどれだけ厄介な性質なのかを思い知ることになるのだが、それはまだずっと先の話だ。
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三つめ。これが一番きつい。傷は治る。痛みは、治らない。正確に言うと、痛みは正規の分量できっちり走る。指を切れば、指を切った分だけ痛い。骨が折れれば、骨が折れた分だけ痛い。傷が塞がるのは、その一秒後だ。だから俺は、痛みの記憶だけを人の何倍も溜め込んでいくことになる。
周りから見れば、俺は転んでも怪我をしない子どもだ。俺の中では、転んだ回数だけ、ちゃんと痛い。
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四つめ。等倍は、等倍だ。一割も増えない。殴られた分だけ返る。それ以上は一ミリも返らない。だから、俺より強い相手には、そいつが俺に負わせた傷と同じだけを返せる。それは悪くない。でも、俺より弱い相手には、弱い分しか返せない。
そして、俺を傷つけない相手には、何も返せない。
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まとめると、こうなる。俺のスキルは、傷を負わずには撃てず、返す相手を選べず、痛みは全部自分持ちで、しかも増えない。役に立つのか分からない。本当に、分からない。
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村の子どもたちの中で、俺の評判は妙な形で固まっていった。きっかけは十歳のとき、ギオという男の子と喧嘩したことだ。ギオは俺より一つ上で、体がでかくて、声もでかかった。その日、ギオは薪を一人で二往復運んでいた。俺は軒先で、村長に頼まれた数の書き違いを直していた。
「やっぱりテオは違うなあ」
大人の誰かがそう言った。ギオが抱えていた薪を落としたのは、そのすぐあとだった。
「お前、座ってただけじゃねえか」
「まあ、そうだけど」
俺は笑った。褒められたのを自慢する気はなかった。むしろ、たいしたことじゃないと言ったつもりだった。ギオの顔が、もっと赤くなった。ギオが俺を殴った。俺は倒れた。口の中が切れて、血の味がした。その瞬間、ギオが自分の口を押さえてうずくまった。指の隙間から血が出ていた。
立ち上がった俺を見て、ギオは怯えた顔をした。俺はもう一度、殴られた。ギオは、もう一度うずくまった。三度目で、ギオは泣き出して、走って逃げた。俺は勝った。勝ったのだが、その場にいた誰も、俺が強いとは思わなかった。
――だって、俺は一発も殴り返していない。
ただ倒れて、ただ血を流して、ただ立ち上がっただけだ。それも、毎回きっちり痛がって。
「テオは、痛がりだ」
誰が言い出したのかは知らない。でも、その日から俺は、そう呼ばれるようになった。痛がりの神童。賢いのに、痛がる。喧嘩をしても、殴り返さない。ただ痛そうにして、そのうち相手のほうが勝手に怪我をする。気味が悪いと言われたこともある。でも、そのうちみんな慣れた。村というのはそういう場所だ。変な奴も、一年もいれば風景になる。
俺もそれでよかった。
まあ、いいか。
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剣は、まったく伸びなかった。十二のとき、村の自警団の男に少しだけ教わったことがある。素振りをした。型を覚えた。頭では完璧に覚えた。でも、打ち合いになると一本も取れない。俺の体は普通の子どもの体で、俺の腕は普通の子どもの腕だ。相手より速く動けるわけでも、重く打てるわけでもない。
そして、俺は打たれても怪我が残らない。だから俺の稽古は、いつも同じ形になった。打たれる。痛い。治る。木剣が折れる。三本目の木剣を折ったところで、自警団の男は稽古をやめた。
「お前さん、それ、剣を覚える必要あるかね」
言われてみれば、なかった。俺は礼を言って、それきり剣を握っていない。当たらない練習より、当たったあとのことを考えるほうが早かった。痛いのは俺だけなのだから、そのほうが話が簡単だった。
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一度だけ、リタに訊かれたことがある。十三の秋だった。夕飯のあと、洗い物をしながら、こっちを見ずに。
「テオ、痛いのは平気なのかい」
平気じゃない。全然、平気じゃない。でも、俺は笑って言った。
「すぐ治るから、まあ、いいかなって」
リタは何も言わなかった。しばらくしてから、皿を置いて、俺の頭を一度だけ撫でた。手が濡れていて、冷たかった。
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布団に入ってから、俺は天井の梁を見ていた。十三年前に、動けないまま見上げていたのと同じ梁だ。リタもダンも、俺を大事にしてくれている。それは分かる。でも、怪我だけは別だ。転んでも治る。殴られても治る。落ちても治る。俺まで、平気な顔をしてしまう。
便利な子どもだ。手がかからない。そういうことに、してきた。誰かが俺の前に立って、代わりに殴られるところを、俺はまだ見たことがなかった。そうしてほしいと、言ったこともなかった。




