第4話 神童
結論から言うと、俺は神童と呼ばれた。当然だと思う。中に高校二年生が入っているのだから、四歳で文字が読めても数字が数えられても、何もおかしくない。でも、村の人たちはそう思わない。俺が一度聞いた話を三日後にそのまま返すと、リタが目を丸くする。俺が荷車に積んだ薪の数を数えて言い当てると、近所の男たちが顔を見合わせる。村長が家に来て、ダンと長いこと話し込んだ日もあった。
「街へやれば、いずれ村の役にも立つ」
村長はそう言った。ダンは膝に置いた両手を見ていた。
「こいつに、炉を見てもらうつもりだったんだが」
「それより大きな仕事があるかもしれんだろう」
ダンは黙った。俺も黙った。俺はすぐ隣でパンを食べていたのだが、二人とも、俺には何も訊かなかった。テオは賢い。テオは違う。テオは、村の外に出すべきかもしれない。そういう言葉が、少しずつ俺のまわりに溜まっていった。
*
居心地が悪かった。誤解のないように言っておくと、褒められるのが嫌なわけじゃない。俺はそこまで面倒な人間じゃない。ただ、期待されている中身が、俺の中にないのだ。前の世界での俺は、ただの高校生だった。成績は中の上。特技なし。将来の夢なし。誰とでも喋れるのが取り柄で、その取り柄も、要するに「どこにも深入りしない」というだけのことだった。
なんとなく、いい奴。なんとなく、賢そう。それが俺の全部だ。なのにこの村では、その「なんとなく」が神童として扱われる。前借りした期待の上に座らされている感じが、ずっと続いていた。
だから俺は、賢い顔をするのをやめた。字が読めることは隠さない。訊かれれば答える。でも、自分から見せびらかすことはしない。そのうち村の連中も慣れて、「テオはちょっと賢い子」くらいの扱いに落ち着いた。それでちょうどよかった。
まあ、いいか。
――このころには、もう普通に言えるようになっていた。
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八歳になった夏。俺は鍛冶場の裏で、アイリに会った。最初は、犬か何かだと思った。薪を積んである陰に、丸まった何かがいたからだ。近寄ってみたら、女の子だった。膝を抱えて、顔をうずめて、動かない。髪が埃っぽくて、裸足で、膝小僧に新しいかさぶたがあった。俺より二つ下の、六歳の子だった。
俺が声をかけると、顔を上げた。泣いてはいなかった。
「ここ、あったかいから」
最初に言ったのが、それだった。言い訳でも、挨拶でもない。ただ事実を報告するみたいな言い方だった。鍛冶場の裏は、炉の熱が壁を伝ってくるので、一年中ぬるい。俺もそれを知っていたから、そこに座っていた理由には納得した。
「名前は?」
「アイリ」
それだけ言って、また膝に顔を埋めた。後で知った話だが、アイリの母親は彼女を産んですぐに死んでいて、父親は山師だった。山に入って鉱石を探す仕事だ。何日も家を空ける。その父親も、三年前に山で死んだ。落石だったという。それからは近所の家が持ち回りで寝床と飯を用意していたらしい。けれど昼間のアイリは、誰の家でもない場所を転々としていた。そのうちの一つが、うちの鍛冶場の裏だった。
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それから、アイリはよく来るようになった。来る、というほど大げさなものでもない。気がつくと薪の陰にいる。俺が炉の火を見ていると、いつのまにか三歩後ろにいる。声をかけると「うん」と言う。かけないと何も言わない。喋らない子だった。でも、いなくならない子でもあった。
ある日、リタがパンを二つ持ってきて、片方をアイリに渡した。アイリは受け取って、両手で持って、しばらく見てから食べた。その日から、うちの夕飯の皿は一つ増えた。アイリは、食べ終わるとすぐ皿を集めた。背伸びをして流しに届こうとして、リタに抱えて下ろされた。
「いいよ、私がやるから」
「でも、ごはん、もらったから」
リタは少し黙ってから、アイリが座っていた椅子を、もう一度引いた。
「そんなの、気にしなくていいんだよ。ほら、座って。スープ、まだあるから」
アイリは椅子を見ていた。鍋にはまだスープがあったが、おかわりは言わなかった。ダンは自分の椅子を炉のほうへ寄せた。四人で座るには、少し狭かった。
俺は、何も訊かなかった。父親のことも、母親のことも、どうしてこんなに喋らないのかも、一つも訊かなかった。訊かないのが優しさだと、そのときの俺は思っていた。本当は、ただ、入り口の手前で引き返していただけだ。
*
その夏の終わりだった。炉の灰を捨てに行く途中、俺は石畳につまずいて、派手に転んだ。両手をついた。膝を擦った。立ち上がって膝を見たら、皮が剥けて、血が滲んでいた。
痛い。
普通に痛い。俺はそれを見下ろして、はあ、とため息をついた。この程度のことで一日が台無しになるのが、子どもの体の嫌なところだ。
――そう思いながら、もう一度膝を見た。
血が、止まっていた。




