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見た目チー牛、略して「ミタチー」の俺が、役に立つのか分からないチートスキルで君の明日を守る。  作者: parupuntist
第四章 奇跡の値段

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第30話 切れる前に

『二分だけだって、言われました』


 白河さんの声の後ろで、戸を三回叩く音がした。戸倉がいる。俺はスマホを耳へ押しつけかけ、スピーカーへ切り替えた。カズヤが紙とペンを取る。


「けがは、してない?」


『腕が少し痛いです。つかまれた所だけ。……先輩は』


「治ってる。今は、二人と座ってる」


 痛くないとは言わなかった。白河さんの息を吸う音がした。


『わたし、帰りたいです』


「うん」


『帰してほしいって言ったら、戸倉さん、自分は戻る部屋をなくしたくないって。それでわたしを閉じ込めるんですかって聞いたんですけど、開けてくれませんでした』


 カズヤのペンが止まった。セツナが、自分の包帯を見た。部屋を出るということを、彼女は日曜日に選んだ。


 戸倉は、まだ選ばない。


「近くに、ほかの人はいる?」


 俺が聞くと、白河さんは少し声を落とした。


『長谷川さんと、岸本さんと、藤沢さん。名前を聞きました。皆さんも、帰れるか心配してます』


 カズヤが三つ、丸を付けた。


『今いる所は、窓の外に鉄の足場があります。内側の壁も途中で、上の階が見えます。トイレには、表と違う、細い戸から行きました』


 何階、と聞こうとして、やめた。向こうで足音がしたからだ。


『明日(あした)、ここから移るって言われました。扉を開ける場所へ』


 白河さんの声が、少し震えた。俺は机の端(はし)から、自分の指を離した。


「一人で引き受けるって、言わなくていい」


『言いません』


 すぐに返事が来た。


『でも、寺田さんには、一緒に走っていた人に、一度でいいから会いたいって言われました。もう、亡くなった人だそうです』


 配送記録から消えた、もう一人の名前。そこへ、声が重なった。


『その人のためでも、わたしは帰りたいって、言いました』


「……うん。それでいい」


 会いたい気持ちは分かる。けれど、そのために白河さんを危険へ落としていいはずがない。この子が、誰かの願いまで背負う必要はなかった。


『白河さん。そろそろ』


 戸倉の声がした。俺は少しだけ、スマホへ顔を近づけた。


「帰ったら、一緒に何か食べよう。今度は、好きなのを選ぼう」


『先輩も、選んでください』


「分かった」


『ちゃんと、帰ってきてくださいね。わたしだけ帰れても、嫌です』


 俺は息を吸った。任せてくれ、とは言わなかった。


「三人で行く。三人とも帰るために、考えてる」


 向こうで、短く返事があった。戸倉がもう一度、彼女を呼んだ。


『待ってます』


 通話が切れた。


 白河さんの声がなくなったあとも、誰もしばらく動かなかった。カズヤが、三つの丸を指した。


「全員、そこにいる」


 契約の一覧と同じ、三人だった。傷を受け持つ人たちも、一緒に閉じ込められている。


「明日まで、そこで待つ必要はないッス」


 セツナが言った。


「分かってる。今いる場所を、探す」


 カズヤが設備を運んだ先の一覧を開いた。建物は一つじゃない。日曜の施設も、工事中のビルもある。車の番号と白河さんの話を外へ送り、俺たちも図面と写真を並べた。


 白河さんが言った細い戸の位置。上の階まで壁がない構造。窓の外の足場。セツナが、以前仕事で行った場所を一つ消した。


「ここは、もう壁ができてるッス。窓も開かない」


 カズヤが別の図面を寄せた。俺は二人の手が届くように、机の上の紙を動かした。白河さんが教えてくれた特徴と合わない建物を、一覧から外していく。彼女が閉じ込められている場所の候補が、少しずつ絞れてきた。


   *


 夜になっても、白いワゴン車は見つからなかった。映像通話の画面には、外の景色がほとんど映っていない。白河さんの電話も、そのあとはつながらなかった。カズヤが目をこすったとき、セツナが彼の手を止めた。すりむけた右の手のひらだった。


「そこ、汚れてるッス」


「ああ。忘れてた」


 彼女は、ぬれた紙を渡した。自分で全部ふこうとはしなかった。カズヤは紙を受け取り、傷の周りを押さえた。


「俺の手、両方押さえられた」


 彼が言った。


「白河さんに触れてなかった。それでも何とかできるかと思って、手、伸ばすことしか考えなかった」


「次は、自分が押さえてる手を外すッス」


「お前も、見えない所から来られたら無理だろ」


「だから、そこを見てほしいッス」


 セツナが、カズヤの顔を見た。


「自分が前を見てるときの、横の通路。カズヤ氏に頼みたいッス」


 カズヤは紙を折り、汚れた面を内側へ入れた。


「分かった。声に出す。見えなかったときも、見えないって言う」


 セツナがうなずいた。俺は、自分のスマホを机へ置いた。


「俺も、貸元(かしもと)に殴られ続けて時間を稼ぐ、はできない。返った傷が、あの三人へ行く」


 二人が俺を見た。


「だったら、殴らないで止める方法を決めよう」


 貸元がいなくなれば、追われなくなる。それは今も思う。でも、帰すことを先に考えたら駄目だ。まず白河さんを助け、事故を起こさせない。三人の傷を貸元へ戻させ、全員の契約を終わらせる。


「もし、間に合わなくて扉が開いたら?」


 カズヤが聞いた。


「それでも、あの人たちを先に助ける」


 俺は答えた。


「貸元を安全に送るための場所には、しない」


 俺が代わりに痛がれば、全部済むわけじゃない。貸元が渡るかどうかは、そのあとだ。扉が閉じれば、そこで終わり。開け直すために、もう一度誰かを落とすことだけは、絶対にしない。


 カズヤが、机に広げた図面の一角を指した。


「ここ。現物を見ないと決められねえけど、使えるかもしれない」


   *


 翌日の土曜日は、朝から空(そら)が低かった。候補の建物へ向かっている間も、俺たちは連絡を待った。一つ目の建物は、資材が運び出されたあとだった。二つ目には車が多く、人の出入りをすぐには確かめられなかった。昼を過ぎて、小松さんからセツナへ、写真と建物の住所が届いた。


 小松さんは作業車の写真を、工場へ来る業者にも見せていた。その一人が似た車を見つけ、建物の写真と住所を送ってくれたのだ。カズヤが昨日の写真を出す。セツナが、届いたばかりの写真を横へ並べた。


 両方の黄色い荷台に、同じ会社名がある。右下の角のへこみも、塗装の剥(は)げた形も似ていた。


「これ、昨日の車かもしれない」


 住所を地図で開くと、設備の搬入先にもある建物だった。向かうと、裏の出入口へ白いワゴン車が入っていく。カズヤが番号を読み上げた。昨日と同じだ。今度は、移された先を見失わなかった。


 見つけた場所と写真を外へ送り、俺たちは隣の建物の階段へ上がった。こちら側の窓から、壁の張られていない上階が見える。貸元が約束した夕刻が、近づいていた。


 五階の中央には、色の違う床がある。その向こうは、まだ手すりだけだ。右の壁際に、人が座る区画。左の奥には、資材用の金網の囲いが見えた。


 画面を拡大する。金網は天井まで続き、四隅が鉄骨へ留めてあった。戸も金網で、外側に留め金がある。


 中には、もう資材がなかった。人が立てる床が、はっきり見えた。


「図面と同じ。中央の足場から、八メートル」


 カズヤが言った。


「俺が中へ入って、貸元と替わる」


 俺は、彼の右手を見た。


「その前に、貸元へ触らないといけない」


「分かってる。触って、向こうを見たまま、ここまで走る。途中で隠されたら使えない」


 カズヤは、中央の床から囲いまでの線を指でなぞった。間に、動かせる仕切りが立っていた。閉められれば、見えなくなる。


「自分が、そこを開けておくッス」


 セツナが言った。


「交換したあと、カズヤ氏が出るのは中央ッス。貸元氏のいた場所に、護衛が残ってるかもしれないッス」


「こっちへ抜ける」


 カズヤが、階段へ続く細い通路を指した。月曜に廊下で試したのと同じだ。カズヤ自身が金網の中へ入り、貸元と位置を替える。扉の向こうや、人の体の中へ送る力じゃない。


 ただ、今度の相手は逃げる。カズヤが触る前に、両手を押さえようとしてくる。


 分かっているからこそ、俺たち三人で道を作らなければならなかった。


 セツナがかばんから錠(じょう)を取り出した。途中の店で買った、まだ誰にも触らせていないものだった。彼女は鍵を別のポケットへ入れ、錠の本体を布で包んだ。


「戸倉氏に、触らせないッス」


 一つの錠を登録して、二十メートルの範囲で開け閉めする。触っていない錠まで開けられるわけではない。金網の向こうが見えていても、それは変わらない。


「交換できなかったら、普通に押さえる。この縄も使う」


 カズヤは、工場へ持っていった短い縄を確かめた。


「捕まえたあとも、貸元の両手を自由にしない。自分で傷を作って、客へ送るかもしれないから」


 セツナがうなずいた。俺は録音を確かめる。配下にも聞かせたい。でも、これだけで全員が止まるとは思えない。大橋には次の支払いが、百合子さんには店が、寺田には会いたい相棒がいる。それでも、約束が本当なのか、本人へ問い直してもらえるかもしれない。


「白河さんたちを出す道は、こっち」


 カズヤが図面を裏返し、階段の位置を示した。貸元へ近づく道と、人を逃がす道。どちらか片方だけでは、終われなかった。


 外で動いてくれている人へ、三人の名前と、今分かった配置を伝えた。電話の向こうから、待つように言われた。俺たちは窓を見た。五階の床へ、白河さんが連れてこられていた。貸元が、その横へ立つ。作業服の男が、中央の床の周りに置かれた柵(さく)を動かし始めた。


「今、始めようとしてる」


 俺は電話へ言った。通話をつないだまま、カズヤへスマホを渡した。彼が階段の位置を伝えている間に、俺はかばんの口を閉じた。全部うまくいくと思っていたわけではない。


 怖かった。


 昨日、俺たち三人がいて、守れなかった。


「俺、まだ手が震えてる」


 カズヤが言った。セツナが、彼の手を見た。


「自分も、怖いッス」


 右手の指先が、少しだけ動いた。一秒先が見える彼女も、ここから無傷で帰る方法を知っているわけではなかった。


「だから、声を出すッス。無理なときも」


「俺も出す」


 カズヤが答えた。俺は、白河さんの声を思い出した。わたしだけ帰れても、嫌です。約束したのは、彼女を帰すことだけではなかった。


   *


 階段を下りると、雨が降り始めていた。未完成のビルを見上げた。五階の窓が、白く光っている。まだ、作業灯の光だった。俺は二人を見た。


 カズヤがうなずいた。セツナが、裏の入口へ続く道を確かめた。


「行こう」


 雨の中へ、三人で出た。

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