↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
見た目チー牛、略して「ミタチー」の俺が、役に立つのか分からないチートスキルで誰かの明日を守る。  作者: parupuntist
第三章 招待の条件

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
19/30

第19話 奇跡を待つ人たち

「まだ、何人の力になれるかは分かりません。ただ、こちらに暮らしながら、向こうに会いたい人がいる方は、少なくありません。帰りたかった人ばかりが帰ってくるわけではありませんから」


 貸元は、白河さんの問いへそう答えた。壁の時計が、十一時半を回っていた。帰る直前の祭りを思い出した。石畳(いしだたみ)の上に倒れたアイリへ、手を伸ばしたままだった。会いたいと言いかけて、俺は口を閉じた。


 カズヤは、片手で自分のひじをつかんでいた。


「また扉を開けられたら、好きに行けるんですか」


 カズヤが尋ねた。


「そこを、確かめる必要があります。もう一度扉を開けられたら、まず私が渡ります。行き来できる道を確かめて戻り、皆様をご案内するつもりです」


 貸元(かしもと)は会場の写真を出し、セツナのスマホを机へ置いた。灰色の床と、黄色い手すり。本番は一週間後、土曜の夕刻だ。それまでに人と設備をそろえるという。


「その日じゃないと、開かないんですか」


 俺が聞くと、彼は首を振った。


「月や星の巡りの話ではありません。私たちの準備です。白河様にご相談する前に、日時だけ決めてしまったことはお詫びします」


「準備って、何をするんですか」


 白河さんは、写真に手を触れなかった。


「私が白河様を救助できるよう、設備と動きを整えます」


 その言葉のあとの部屋が、妙に静かだった。俺は椅子を少し引いた。


「死にかけないと、扉は開かないんですよね」


 貸元の笑顔が、少し薄くなった。


「記録にある条件は、そうです」


「それを、また白河さんにやらせるってことですか」


「そのために、何が危険なのか、どの動作なら確実に手が届くのかを先に――」


「白河さんは協力しません。もう、あんな目には遭わせられません」


 俺の声が、貸元の言葉を切った。隣の椅子で、白河さんが動いた。


「先輩」


「あの事故で、どんなことになったか、見てるでしょう」


 貸元を見たまま言った。胸の奥が痛んだ。十五年たっても、体が覚えていた痛みだった。貸元はスマホの画面を伏せた。


「明日は、救助の動きを確かめるだけです。危険なことはしませんし、足場も落としません。安全な場所で、設備と私どもの動きを見ていただきます。それから、先の協力を断っていただいても構いません」


「だったら、ここで断っても――」


「先輩。少し、外でお話ししてもいいですか」


 二度目は、はっきりした声だった。俺は白河さんを見た。その目が、俺の返事を待っていた。


   *


 相談室を出ると、佐伯さんが待合の椅子にいた。帽子を載せたひざに、折り畳んだ紙を広げている。丸い字で名前と数字が書かれていて、その端(はし)に、小さな動物の落書きがあった。


「お迎え、まだですか」


 白河さんが尋ねた。あと少しだが、娘が孫の靴選びに付き合わされているのだという。佐伯さんは、スマホに届いた写真を見せた。同じような黄色い靴が、二足並んでいる。


「どこが違うか、分からんだろ」


「こっちは、かかとが光るんじゃないですか」


 白河さんが片方を指す。佐伯さんは眼鏡(めがね)を近づけた。


「ほんとだ。走れば分かるかな」


「買う前に分かってよかったですね」


「値段は、先に見てしまった」


 白河さんが小さく笑った。俺も笑いかけて、佐伯さんがスマホを持つ左手に目を落とした。さっきまで、伸ばすのも痛そうだった腕だ。


「そっちの手、もう痛くないんですか」


 俺が聞くと、佐伯さんは指を開いて見せた。


「もう痛くないよ。明日、孫を公園へ連れていくんだ。娘に休んでもらおうと思ってね。手をつなげるようになって、助かった。貸元には世話になったよ」


 佐伯さんが、治った左手を開いたり閉じたりした。助けられた人は、確かにいる。迎えの連絡が届くと、彼は紙を畳み、左手で帽子を持ち上げた。その手は、少しも震えていなかった。


   *


 店の横に、自販機が二台あった。白河さんは自分の財布を出し、飲み物の列を見上げた。


「先輩は、何にしますか」


「いい。今は」


「じゃあ、わたしだけ飲みます」


 冷たいペットボトルを両手で持って、彼女は少し横へずれた。俺たちの後から出てきたカズヤは、店の戸の近くに残った。セツナも中にいる。ガラス越しに、二人の立つ場所が分かった。


「白河さんの返事を聞かずに、俺が協力しないって決めた。ごめん」


 俺が言うと、白河さんはキャップを開けかけた手を止めた。


「謝ってもらおうと思って、呼んだんじゃないです」


「でも、話を聞くかどうかまで、俺が決めることじゃなかった」


 声にしてみると、ずっと簡単なことだった。それが、机の前ではできなかった。白河さんはボトルを下ろした。


「怖いです。あの日のこと、よく覚えてないから、余計に。何も分からないうちに、先輩が倒れていたんです」


「……うん」


「また危ない目に遭いたいんじゃありません。それだけは、ちゃんと聞いてほしいです。さっきの人、普通のことを話してましたよね。明日、どこへ行くかとか、何を買うかとか」


 俺はうなずいた。ペットボトルを持つ指が、冷たそうだった。


「靴、値段見てたな」


「はい。……帰ってきた人たちも、普通に暮らしたいんですよね。向こうに会いたい人がいるなら、また明日の約束をしたいのかもしれません。わたしにできることがあるなら、まず説明を聞きたいんです」


 俺は自販機の列へ目を移した。向こうで見たことのない飲み物が、名前と値段をつけて並んでいる。あの村に戻れる道がある、と言われたら。俺は、説明を聞かずに背(せ)を向けられるだろうか。


「俺も、会いたい人はいる」


 白河さんが顔を上げた。


「向こうに?」


「うん。でも、そのために白河さんが、もう一度トラックの前へ出なきゃいけないなら、嫌だ」


 彼女は、ゆっくり息を吐いた。ボトルのキャップを、今度こそ開ける。


「それは、わたしも嫌です」


 俺は、やっと少しだけ肩の力を抜いた。


「できることを決める前に、何をするか、全部聞こう。それで、途中でも嫌になったらやめる」


「先輩も、やめたいときは言ってください」


「俺も?」


「怖いときに言うの、わたしだけなんですか」


 言い返せない。怖いことくらい、この子にだって言っていいはずなのに。つい隠したくなるところを、まっすぐ聞かれてしまった。


「……言う」


「はい」


 白河さんは一口飲んで、店の戸へ目を向けた。カズヤがこっちを見ていた。俺は手を上げた。


   *


 相談室へ戻ると、貸元は白河さんの椅子(いす)を引こうとした。彼女は、自分で引いた。


「確かめるだけなら、行きます。床を落としたり、わたしが怪我(けが)をするようなことは、しません」


 貸元は手を離した。


「承知しました」


「途中でやめると言ったら、止めてください。あとで困るとか、予定があるとか言われても、それは別です」


「はい」


 軽い返事だった。白河さんは、まだ座らなかった。


「言ったときに、すぐ、です」


 貸元が目を上げた。白河さんは、その目を見たまま待っていた。


「白河様が中止を求めた時点で、止めます」


 今度の答えを聞いてから、彼女は座った。カズヤが、机の端にスマホを置いた。


「今の条件、あとで食い違うの嫌なんで。録っていいですか。もう一度、俺から確認します」


「ええ、どうぞ」


 返事を聞いて、カズヤが録音を始めた。


「怪我をさせない。足場を落とさない。途中でもやめられる。明日の確認に行くことと、来週の本番に協力するかは、別。それでいいですね」


 一つずつ確かめるたび、貸元は、はいと答えた。


「葛西さんにも、お聞きいただきましたね」


「……はいッス」


 セツナが答えた。いつもの即答より、ほんの少し遅かった。俺は背中の痛むところへ手を回した。


「俺とカズヤも、一緒に行きます。別の部屋に移されたりは、しません」


 貸元はスマホを表へ返し、会場の写真を示した。


「見える場所にいていただきます。明日の午後です。住所と、確認する動作をお送りします。まず、ご家族にもお伝えください」


 机の下で、白河さんがバッグを持ち直した。カズヤは録音を止め、送られてきた写真を拡大した。黄色い手すり。灰色の床。奥のほうで、手すりが途切れている。その先は黒かった。


「ここ、床ないですよね」


 俺が指を置いた。セツナも、横から画面を見た。


「物を上げ下げする設備を入れる場所です。そちらへ立っていただくことはありません」


 貸元が答えた。左の袖口(そでぐち)に、白い包帯(ほうたい)が少しだけ見えていた。片桐さんがやめたいと言ったとき、この人はやめた。


 俺はそのことを思い出してから、カズヤに写真を送ってもらった。白河さんが立つ場所だけでなく、手すりのない所まで、自分のスマホでも確かめた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。