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見た目チー牛、略して「ミタチー」の俺が、役に立つのか分からないチートスキルで誰かの明日を守る。  作者: parupuntist
第二章 待ち合わせ

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第15話 あと半歩

 セツナがカズヤの背中を押した。彼の足が裏口のほうへ一歩進む。さっきまで立っていた所へ、箱が落ちた。


「カズヤから離れろ」


 俺が言うと、セツナは手を引いた。


「今のは、箱を避けてもらっただけッス」


「勝手に触んな」


 カズヤは足元の箱を見て、彼女へ顔を戻した。助けてもらったのかもしれない。ここまで追い込んだのも、同じ相手だった。


 二人を追って搬入通路へ入った。幅は、二人がすれ違えるくらいだ。壁へ寄せた台車の向こうで、カズヤが引き戸を大きく開けている。裏通りまで、あと数歩。俺もそこへ向かった。


 後ろから、布が両腕へ掛かった。


 セツナが、自分の薄い上着を俺の腕へ巻いていた。布の端を引かれ、ひじが胸へ寄る。爪も拳(こぶし)も、触れてこない。


「これ以上、暴れないでほしいッス」


「連れていくの、やめろって言ってんだ」


「今日、本人をお連れするように――」


「だから、それ俺の都合じゃないだろ!」


 俺は前へ踏ん張った。セツナの足が、支えにした左脚を払う。体が倒れる。彼女が布を引いても、床はすぐ下にあった。左ひじが、硬いところへ当たった。


 指先まで、痛みが抜けた。俺のひじの下で床が欠け、その破片が、台車の車輪へ転がった。セツナには何も返らない。俺を傷つけたのは、床だ。


 石を投げた子には、傷が返らなかった。それと同じだ。目の前のセツナが、俺の弱点を使っている。一秒先の動きまで見て。


「……こうすれば、返らないって?」


 俺が顔を上げると、セツナは布をにぎり直した。


「傷つけずに連れていけると思ってるッス」


「今、傷ついたんだけど」


 彼女の視線が欠けた床へ落ちた。その間に、カズヤが台車を押す。


「ミタチー、ここ空ける。出てこい」


 看板の木枠が壁へ寄った。通れる。そう思ったとき、車輪が床の欠けた所へ落ちた。台車は止まり、荷物だけが揺れた。


 木が鳴った。看板を留めていた細い押さえが外れる。裏口側にいるカズヤへ、木枠の上端が倒れていった。


「手を離して!」


 セツナが叫び、俺の腕の布を緩めた。彼女からカズヤへ届く道には、俺がいる。俺は床を蹴(け)った。立ち上がった勢いで、カズヤの左腕をつかむ。


「外!」


 カズヤを戸口へ引き、左腕から手を離した。背中を押して外へ出す。俺は左足を通路に残し、背中を看板へ向けた。あの角(かど)が来る。どこを痛めるのかまで、分かってしまった。


 怖かった。


 右の肩甲骨(けんこうこつ)の下へ、木枠の角が食い込んだ。息が全部押し出される。声も出ない。背中の奥で、骨がきしんだ。


 俺の傷が、触れている木枠へ返った。肩の横で木片が跳ね、看板の片側が下がる。支えを失った大きな板が、壁をこすった。


「こっち!」


 裏通りにいたカズヤが、俺の上着を引いた。俺も壁へ左手をつき、あと半歩、外へ出る。すぐ後ろで、看板が床を打った。


 引き戸の向こうには、壊れた板が残っていた。カズヤの頭(あたま)があった場所を、俺たちはもう離れていた。俺の背中も形を取り戻している。痛みだけが、外までついてきた。


 裏通りの壁へ手をついた。ひざを伸ばすと背中が痛む。曲げても痛む。どちらかだけにしてくれと思ったが、選ばせてもらえなかった。カズヤが俺の顔をのぞき込んだ。


「おい。返事しろ」


「……してる」


「今、したんだよ」


 その声が、少し震えていた。俺は背中へ回しかけた手を止めた。


「怪我(けが)は、ない。治った」


 カズヤは俺の上着をにぎったまま、手を離さなかった。


「……今、痛くねえのかよ」


「……痛い」


 言うと、カズヤが息を吐いた。安心した顔ではなかった。壁の下へ俺を座らせ、自分も隣にしゃがんだ。十五年思い出せなかった顔が、また一つ増えた。


 セツナが、脱いだ上着を腕に掛けて引き戸から出てきた。カズヤがすぐ立った。


「まだやんのか」


 彼女は首を振らなかった。俺の顔と、店内の壊れた板を見た。それから、両手を体の横へ下ろした。


「このやり方は、やめるッス」


「じゃあ、もう帰れよ」


 カズヤが言った。セツナは返事をせず、ポケットからスマホを出した。血のにじむ左手首を庇(かば)い、右手で耳へ当てる。


「自分ッス。無理にお連れするのは失敗したッス。ご本人は話せる状態ッス。でも、このまま動かすと、また周りを巻き込むッス。ここまで痛みが残るとは――」


 言葉が止まり、電話の声を聞いていた。俺には何を言われたか分からない。顔を上げると、セツナと目が合った。彼女はうなずき、面会の約束を取り直すと答えて電話を切った。勝った気は、しなかった。


 向こうはまだ、仕事を続けていた。


   *


 店員が持ってきてくれた椅子(いす)へ移るころ、警察の人が来た。俺とカズヤとセツナは、別々に事情を聞かれた。セツナは名前も連絡先も答え、俺の腕を取って連れ出そうとしたことを否定しなかった。店には映像が残っていた。壊れた物も、そのまま残っていた。


 傷が消えても、起きたことは消えない。父さんにも電話をした。迎えに来ると言われ、今度は断らなかった。ただ、その前にカズヤと話したい。近くのファミレスへ移ると伝え、店の名前も送った。


 俺たち三人とも、現場での聞き取りは終わった。警察の人は、さらに確かめたいことがあれば、それぞれへ連絡すると言った。店の外へ出ると、通りの明かりがつき始めていた。カズヤが、椅子の脇で立ち止まった。


「歩けるか」


「ゆっくりなら」


「じゃあ、ゆっくりでいい。……先に話すことがある」


 俺は、差し出された手を見た。さっきまで、俺を逃がそうとしていた手だった。今度は、立つために借りた。

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