第14話 入口の向こう
「ミタチー氏ッスよね」
プリンの女の子が、俺を見て言った。自動ドアが開いて、ゲームの音が流れてきた。
「……カズヤの知り合い?」
「葛西セツナっていうッス。貸元氏の所まで、ご案内するよう言われて来たッス」
知らない名前が二つ出てきた。俺は、スマホを上着のポケットへ入れた。
「貸元って、誰」
「ミタチー氏に連絡した人ッス。帰ってきた人の面倒を見てるんで、分からないことも聞けるッスよ」
帰ってきた。扉の向こうで、ゲームの勝利を告げる音が鳴った。俺はまだ、入口に立っていた。
「あの連絡、お前の知り合いからなのか」
「はい。自分は、お連れするよう頼まれただけッス」
「頼まれたのは、お前だろ。俺は会うって返してない」
セツナは、少しだけ首を傾けた。嫌がられた場合の言葉を、用意していなかったように見えた。
「説明を聞けば、分かるッス」
「行く前に説明してくれ」
彼女はプリンを袋へしまい、入口脇の壁際へ置いた。両手が空く。俺は半歩、自動ドアの内側へ下がった。
店の奥からカズヤが歩いてくる。俺の右には景品機械の列。その脇に、裏口へ続く細い通路があった。カズヤのところまで行けばいい。俺は入口へ背を向けた。
「その話、俺の友達も――」
左手首を、取られた。
左手首を取ったのは、セツナの右手だった。左手で俺のひじを支え、彼女が踏み込む。俺が引こうとした足の先には、もう靴があった。立ったまま体を回され、また自動ドアへ向かされる。
「ちょ、離せ」
「痛くするつもりはないッス。歩いてくれれば、そのまま出られるッス」
「俺、出るって言ってない」
夏の終わりに自警団の男から教わったとおり、足を交差させずに横へずれようとした。けれど、そこにはもうセツナの足がある。俺のひざが曲がった。ひじを支えられ、頭を下げさせられる。
怪我はない。返す傷も、なかった。
「何やってんだ」
カズヤが近くまで来ていた。セツナが彼を見た一瞬に、俺は左手を胸へ引いた。手首を爪がする。熱い線が走り、セツナの左手首にも、同じ場所へ赤い線が浮いた。
指が緩んだ。俺は手を抜き、景品機械の脇へ逃げた。俺の傷は、もう閉じかけている。セツナの手首には、血がにじんでいた。
「……傷がつくと、やっぱり返るんスね」
彼女は左の袖を上げ、指を一度曲げた。
「知ってたのか」
「報告は受けてるッス」
病院の廊下にいた、ヘルメットの男を思い出した。今ここに、同じ男はいなかった。
「店員さん、呼んで」
カズヤが近くの客へ言った。男の人がカウンターへ走る。カズヤが俺へ来ようとすると、セツナが二人の間へ入った。
「カズヤ氏は、下がっててほしいッス」
「俺の名前も知ってんのかよ」
「関係ない人を巻き込みたくないッス」
「もう巻き込んでんだろ」
カズヤは足を止め、近くの客を入口へ退かせた。俺はその横を抜けようとした。セツナの肩が、先に道をふさぐ。逆へ切り返す。今度は、彼女の手が俺の肩を押さえていた。
払おうとした手が、空を切った。速い。それだけじゃない。俺が逃げると決めた場所へ、こいつは先に来る。
「……何だよ、それ」
「一秒先が見えるッス。見てるものだけッスけど。だから、無理に動かれると、危ないッス」
「動かしてるのは、お前だろ」
セツナの口が閉じた。手は、離れなかった。
景品機械のガラスが背中へ近づいた。中のぬいぐるみは、全員こっちを向いている。ぶつかって傷つけば、ガラスへ傷を返せるかもしれない。でも、すぐそばに客がいる。割れた破片は、俺以外にも飛ぶ。
ためらったところで、両腕を胸の前へまとめられた。肩とひじが、傷つかない向きに押さえ込まれる。傷はない。それでも、苦しかった。
「離してください!」
店員が入口側から走ってきた。セツナは俺を抱えたまま、その人を見た。客の逃げる先も、自動ドアだ。そこへ俺を連れていく道がなくなった。
「裏から出るッス」
セツナは俺の肩を押し、景品機械沿いの通路へ向いた。奥には、裏通りの光が見えている。店員が先へ回り、声を張った。
「そこ、荷物があります! 無理に通さないで!」
俺は足を引きずりながら、彼女に押されるほうへ進んだ。少なくとも、客からは離れる。背中へガラスをぶつけるよりは、その先にある壁のほうがましだった。
カズヤが奥へ走り、店員と一緒に台車を壁へ寄せようとした。上には景品の箱と、交換用の大きな看板。裏口の引き戸は、荷物で半分隠れている。
「そこ、触らないでほしいッス」
セツナが言った。カズヤは台車から手を離さなかった。
「お前の許可が要るのかよ」
店員の肩が、一番上の箱へ触れた。箱が傾く。セツナの目がそちらへ動き、俺の腕が自由になった。
彼女は、もうカズヤの背後へ踏み込んでいた。箱が台車を離れる。下がろうとしたカズヤの背中へ、セツナの手が伸びた。




