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八話 実験

「さて、じゃあ超能力についての実験を始めようか」


 先生は髪を縛って、一冊の本を手に取った。覗き込んでみると、なにやら俺にはよくわからない言葉で書かれている。『超能力』と同じ、日本とやらの文字だろうか。


「その本は?」

「あたしの研究書。学生の時に超能力の研究をしててね。こっちに来てすぐの時、やることも無かったから過去の研究を全部書き起こしたのさ」


 ということは、先生は医者であり超能力の研究者でもあったらしい。凄い偶然だ。……だが、俺にとっては心強い。


「じゃ、そういうわけで……じゃ、まずは今できることを確認しようか。君が今使えるのは、サイコキネシス、テレパシー、サイコメトリー。それに、今は使えないけれどテレポートも使えるはずだね」

「はい」


 どれも魔法では再現不可能なことばかりだ。物を直接動かしたり、人の心を読んだり、瞬間移動をしたり。

 そんな魔法、聞いたこともない。


「超能力ってのも魔法と同じで体系化されていてね。こっちの魔法みたいに誰でも使えるってわけじゃ―――というか基本的には使える人は居ないって前提だったわけだから、どれが本当でどれが嘘なんだかわかんないんだけど、まあとにかく体系化されてるから。とりあえずあたしの知ってる限りは教えるよ」


 まずは誤解から解いておこうか、と先生は始めた。


「サイコメトリー、その手で触れた相手の心を読む能力についてだ」

「違うんですか?」

「違うよ。サイコメトリーは心を読むんじゃなくて思念を読む。そしてその思念は物にも移るんだ。やってみるといい」


 そう言って、先生が手に持っていた本を放り投げた。これに使えということだろうか?とりあえず従っておく。


「……うわ」


 脳に直接流れ込んでくる記憶。先生がそれを書いている時に考えていたことが分かって、間接的に本に書いている内容もわかる。


「出来たかな?その本には何が書いてあるか分からないだろう。でもその力なら内容が直接わかる。例えばそれが道具なら触るだけで使い方がわかるし、動物に使えばその気持ちが分かったりもするかもしれない」


 思った以上に汎用性の高そうな能力だ。


「ただ、一応注意しておきたいこともある」

「使わない方がいいものとかですか?」

「その通りだ。例えばトイレなんかに使ったら……どうなるかわかるね?あとは武器や革製品なんかも、殺された相手の思念が流れ込んでくるかもしれない。死の疑似体験なんてしたくないだろう?」

「……注意します」

「それから、思念に騙される可能性もあるね」

「どういうことです?」


 そうだな、と先生は近くにあったカップを手に取る。


「これは伝説の陶芸家が作ったカップで、実は売れば家が建つほどの金になるんだが」

「……あの、嘘ですよね」

「そうだね。でもサイコメトリーでこういう思念を受け取ってしまったらどうする?」


 なるほど。元の持ち主が本気でそう思い込んでいた場合、偽物を掴まされる可能性もあるということか。

 人の言うことは疑っても、人の本心を疑うのは難しい。レアケースだが、心に留めておくべきだろう。


「あとは、思念が存在しないもの……例えば、誰も触れたことのない木の実が食べられるかどうかとかは判別できないだろうね。植物に心がなければだけど」

「汎用性は高いけど、万能ではないってことですね」

「そうだね。濫用はしないことをお勧めするよ」


 先生はページを捲った。


「あとはテレパシーだな。多分これも人の心を読む能力だと思っているだろうが、実際は君の気持ちも相手に送れる」

「双方向ってことですか」

「そうだ。やってみるといい」


 先生はにやりと笑って、本を読んでいるエルクを指す。エルクは超能力のことはよく分からないので早々に諦めて離脱した。後で概要だけでも伝えてあげよう。


『エルク』

「うわあっ!?何!?」


 エルクが飛び跳ねた。テレパシーの感覚は結構独特なので、何の準備もしていない時に味わうとびっくりするだろう。


「何を言ったんだい?」

「名前を呼んだだけです」

「そこは愛の言葉でも囁かないと」


 誰がやるんだそんなこと。

 と思ったが、クライヴならやりかねない。この能力を持ってるのが俺でよかった。


『……』


 ……ありが


「カイン君?どうした?」

「はっ……いや、なんでも」

「……ふうん?ま、いいか」


 先生が微笑ましそうな目で見てくる。

 もうやだ、この人超能力者くらい心読んでくる。それとも俺が分かりやすすぎるのか?

 俺は赤くなった顔をさりげなく隠す。

 先生は咳払いして、楽しそうに言う。


「良かったね。これでエルクの目の前で友達と猥談が出来るようになったよ」

「そこまでしてやりたいもんですか」

「君は友達と交わす猥談の楽しさを知らないな?」

「そんなこと……」


 目を逸らした。ある。クライヴとそんな機会があった。

 性教育を受けた後、二人で議論を交わしあったものだ。あいつも紳士ぶってるが、なんだかんだ男なんだな、と思ったものである。

 下品な話だが、男同士の関係はそういう話で盛り上がるものだ。

 ……懐かしいな。


 遠い目をする俺に、先生が少し慌てる。


「……失言だったかな。すまない。テレパシーの話に戻ろうか」

「……いえ」

「さて、使い方だが……仲間と作戦を立てるのもいいし、敵にだって使える。相手が今からどこを攻撃しようとしているのか分かれば、それだけで十分強いだろう?現代日本風に言うなら思考盗聴だね」


 意味がわからなかったのでテレパシーを使ってみる。


「……うん?」


 ……うへぇ。


「日本には色んな人が居るんですね」

「まあ、そうだね。あと今気付いたんだが……君、テレパシーを使う時に若干目が特殊な反応をするね」

「って、どんな?」

「なんていうのかな……瞳がぼやける?どういう原理でそうなってるのか分からないが、超能力を知っている相手に使う時は気にした方がいいかもね。……そんな機会があるかは分からないが」


 なるほど。何の制限も無いわけではないらしい。とはいえ、超能力のことを知っているのは現時点で俺と先生、あとはエルクに後で伝える程度だ。忘れてしまってもいいくらいだろう。


「あとは、テレパシーは心の表層しか覗けないってことだな。過去の記憶とか、そういうのは見れないはずだ。読み取る力はサイコメトリーの方が強いよ」


 先生はまたページをめくる。


「サイコキネシスは思ってる通り、遠距離から物体に運動エネルギーを与える能力だな。テレポートもただの瞬間移動。君は話を聞く限り少なくとも抱き抱えている人間は一緒に移動できるみたいだね。……ここに来た時はそれで負担が増えた可能性もあるが」


 その辺は特に誤解はないらしい。


「一旦今日はこの辺のおさらいをするだけにしておこうか。初日だしまだ疲れてるだろうから、ほかの能力を試すのは明日からにしておくか」

「はい……あ、そうだ。ちょっと困ってる事なんですけど」

「ん?」


「現状、身体強化魔法への対抗手段が無さそうなんです」

「あー……それね。あたしは体験したことはないが」


 身体強化魔法を使った人間の強さはクライヴとの模擬戦で分かっている。反応は出来ても、身体がついて来なければ意味がない。

 そして、それが続けばどんなに先読みしても、そのうち決定的な一撃を食らってしまう。


「そうだな……攻撃を目で追うことは出来るのかい?」

「なんとか」

「体を動かすのが無理って話か……なら、訓練は要るだろうが方法はある、と思う」


 先生は紙を持ってきて、そこに何かを描き始めた。リンゴの絵のようだ。微妙に下手で面白い。


「君のサイコキネシスは、手を使わずに念だけで対象を擬似的に触ることができる。言うなれば、空間上に見えなくて触れない『手』を発生させるようなものだ、と思う。だから腕の両端を持って左右に引っ張り、引きちぎるようなことも出来る。多分ね」


 ミルガイア侯爵との事を思い出す。確かにそんな風に力をかけた……かもしれない。


「だったらこの『手』で自分を掴んでしまえば、自分の体を強制的に動かすことも出来るんじゃないか?」

「あ……なるほど」


 早速やってみる。『手』で腕を掴んで、そのままパンチを……


「ぶ」

「ははは、練習あるのみだな」


 転んでしまった。力の加減を間違えたらしい。

 けれど、これなら普通に動かす以上の速さで動けるかもしれない。肉体を逐一考えながら動作させなければいけないのが難しいが……


「これで魔力があるように見せかけられるな」

「はい……あ、でも身体強化魔法しか使えない冒険者というのも結構異端で」

「ん?そうなのか……注文が多いな」


 基本的に魔術は教わったり勉強しないと使えない。身体強化魔法よりも自分の属性の簡単な魔法を習得する方が簡単なので、まずはそこから始めてステップアップする方法がポピュラーだ。


 実際クライヴとエルクも身体強化魔法を学んだのは初級魔法を修めてからだった。つまり、難易度的には中級相当の魔術なのである。


「あ、そうだ。要は見せかけるだけなら一属性使えたら十分だよな?」

「はい」

「じゃあいい能力がある。パイロキネシスという、炎を発生させる能力だ。使えるかどうかは分からないが……」


 イメージして、やってみる。えーっと、火を出すイメージ。もうちょっと具体的な方がいいか?指先に火を……

 試行錯誤しながらなんとかやってみる……が、なかなか上手くできない。


「うーん……」

「んー……発生原理が違うのかな?実際は熱を発生させる能力なのかな。ってことは分子単位でサイコキネシスを使って分子運動を……」


 なんかよくわからないことをぶつぶつと言い出した。学者の話というのは専門性が高すぎてよくわからない。

 うん、と先生は頷いて話し始める。


「こういうイメージでやってみよう。サイコキネシスで箱を作って、空気を思いっきり押し潰すんだ。イメージだから、そうだな……この辺の空気を指先に乗るくらいまで固めるくらいでやってみてくれ」

「やってみます」


 サイコキネシスで空気を閉じ込めて……圧縮!


「おっ!」


 一瞬、火花が散った。


「火を起こすのは成功だな。ただ、多分圧縮空気が瞬間的に熱を持った結果、圧縮されて密度が上がった空気中の可燃性物質に引火しただけっぽいかな……うーん、火を発生させるってよりはやっぱ熱を生んで結果的に燃えるって感じかな?」

「火属性魔法っぽくはないですね」

「そうだな……まあ、物質を直接燃やしたりすればそれっぽくはなるんじゃないかな?例えば……この紙の上にさっきの火花が起きるようにしてみるんだ」


 一枚の紙を僕に手渡す。言われた通りやってみると、火花は紙に燃え移り、火が起きた。……ジジジ、という感じだが、まあ、火は起きた。


「やっぱり燃えやすい物質があればいけそうだな。気化した油やおならなんかを一緒に圧縮すればもっと派手に炎を発生させることも可能だろう」

「うわっ……おならって、なんか感動が無くなってきたな……」

「可搬性と臭いによる副次的ダメージを考えれば、割と現実的な方法だと思うがね。ただし魔法は尻から出る、ってやつだ」


 そして擬似的に火属性魔法が使えるようになった。

 が、ここで問題がひとつ。


「……で、土属性はどうしましょう」

「ん?どういうことだ?」

「俺の髪色は黒なので、本来適性は土属性のはずなんです。そんな俺が火属性しか使えないとなると……」

「居ないのか?そういう奴は」

「……まあ、やる意味は無いですね」

「スキンヘッドにするのはどうだ?」

「スキンヘッドの十歳は居ません」


 いやまあ、問題は解決するんだけど。

 基本的には自分の適性にあった魔法を使うのがいちばん簡単で効率が良い。そこで未だに風属性が初級しか使えない奴が本読んでるし。


「じゃあ、髪色を変えればいいんじゃないか?」

「え、そんなことできるんですか?」

「ああ。柑橘系の果物と染料さえあれば……まあ髪は痛むが、ついでに変装にもなるし……よし、私がやってやろう。風呂場に来たまえ」

「え、ちょ……」


 数時間後。

 俺の髪は真っ赤に染まっていた。

 ……いや、返り血とかじゃなくて。


「少し黒が残ってしまったな……まあこんなものか。定期的に染め直さないと黒い部分が伸びてくるから気をつけろよ」

「お……おお……見慣れねえ……」


 鏡に映る自分の姿に驚く。髪の色が変わるだけでこんなに印象が変わるのか……

 リビングに戻ると、本から顔を上げたエルクが俺を見て目を丸くする。


「え、なにそれ。カインそれ、どうしたの?」

「……いやなんか、成り行きで……」

「へえー……」


 やばい。なんかどちらかというと珍獣を見る目だ。かっこいいとか似合ってるとかより面白いが勝ってる目だ。

 エルクは立ち上がって、俺の周りをぐるぐる回りながら物珍しげに見てくる。


「すごーい!どう見ても火属性だ!」

「変だろ」

「変じゃないよ!ちょっと見慣れないけど……あ、でも奥の方の髪はちょっと黒いね……」


 エルクが正面から髪を触り出して、目が合う。

 鼻が触れ合うくらいの距離だ。


「え……と」

「……」


 エルクがとんとん、と自分の頭を指でつついた。

 テレパシーを使えということか?俺はエルクの頭を覗く。


『かっこいいよ』


 頬が熱を持つ。今、多分俺の顔は髪と同じくらいに真っ赤だろう。

 エルクの顔も真っ赤だ。


「……ガキども、あたしの家で盛んなよ?」


 先生の一喝が飛ぶまで、俺たちは互いから目を離すことが出来なかった。

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